第七話『構造の検証』
「これより、本事件の現場である建物内部の構造、特に『鉄格子の檻』および『竈』に関する客観的証拠の精査を行います。検察官、弁護人、それぞれ手元の図面に基づき立証を進めてください」
私の指示に伴い、法廷中央の魔術投影機に、破壊される前の『お菓子の家』の内部設計図が立体的に浮かび上がった。
(裁判官の心の声):
「小鳥たちの証言によって、外回りの誘導工作という容疑は晴れた。だが、この家の中に『人間を閉じ込める檻』があった事実は微塵も揺らいでいない。弁護側はこれを監禁罪の証拠とし、検察側は防獣用のケージだと主張している。この物理的な矛盾にどう決着をつけるか」
まずは弁護人が立ち上がり、図面の一点を指し示した。
弁護人:
「裁判長。前回の公判で、検察側はあの檻を『害獣からお菓子を守るための保管用ケージ』と強弁しました。しかし、提出された【現地調査報告書(乙第19号証)】の寸法をご確認ください。檻の高さは一・八メートル、幅は二メートル。内部には子供用サイズの木製ベッドが固定され、床には防寒用の羊毛の敷物まで敷かれていました。ネズミや狐を拒むためのケージに、なぜ人間が生活するための設備が最初から整えられているのですか!」
傍聴席の一般市民:
「……ベッドに敷物まで……? それは完全に人間を閉じ込めるための部屋じゃないか」
「やっぱり、あの包帯のお婆さん、子供を捕まえてどうにかするつもりだったんだよ」
傍聴席の空気が再び被害者ホレ氏への不信感に染まっていく。
しかし、検察官は慌てることなく静かに起立した。
検察官:
「弁護人の指摘は、表面的な意匠のみに捉われた浅薄なものです。検察側は、王国の公認医療ギルドに所属する『小児医療専門医』の鑑定書(甲第22号証)を提出いたします」
検察官は書面を掲げ、私に向かって明瞭な声で論理を展開し始めた。
検察官:
「本件の背景には、第一回・第二回公判で立証された通り、凄惨な王国飢饉(口減らしの現実)があります。被告人両名が保護された当時、彼らは重度の飢餓状態、すなわち骨と皮だけの重篤な栄養失調に陥っていました。医療の常識として、長期の飢餓状態にある児童に対し、急激に固形物や大量の食事を摂取させることは、消化器官の不全を引き起こし、最悪の場合、心不全などで死に至らしめる極めて危険な行為です。これを医療用語で『再栄養症候群(リフィーディング症候群)』と呼びます」
法廷内が、検察官の専門的な解説に静まり返る。
検察官:
「被害者ホレ氏は、目が不自由ながらも、二人の体を触ってその異常な痩せ細り方に気づいた。だからこそ、衛生管理が行き届いた清潔な隔離部屋――弁護人の言う『檻』にヘンゼルを収容し、外部の野生動物や病原菌から隔離した上で、まずは流動食に近いスープやお菓子を少しずつ与え、体力を回復させようとしたのです。ベッドや敷物は、衰弱した児童を横たわらせるための純然たる医療的配慮です。監禁などという悪質な意図は微塵も存在しません!」
(裁判官の心の声):
「……再栄養症候群。なるほど、飢餓児童への急激な給食が命に関わるというのは医学的真実だ。魔女がヘンゼルを隔離し、少しずつ食べさせていた行為は、児童を太らせて食うためではなく、急激なショック死を防ぐための『医学的に正しい隔離保護ケア』であった可能性がある。……だとすれば、あの頑丈な鉄格子と、外掛けの閂はどう説明する?」
弁護人がすぐさま机を叩いて鋭く反論した。
弁護人:
「学説としては理解できますが、それならなぜ『内側から絶対に開けられない外掛けの閂』が必要なのですか! 善意の医療行為なら、鍵をかける必要などないはずだ!」
検察官:
「被告人両名は、実の親に二度も裏切られ、極限の人間不信と精神的パニック状態にありました。もし拘束しなければ、錯乱して夜の猛獣が蠢く森へ再び飛び出し、確実に命を落としていたでしょう。あの閂は、自傷行為や無謀な脱走を防ぐための、不可欠な『身体保護用の安全弁』です!」
「そんなの、後付けの言い訳よ!」
突如、被告人席からグレーテル・フォン・アウエルバッハが悲痛な叫び声を上げた。
手続きを無視した不規則発言。検察官が厳しい表情で起立しようとするが、私はそれを手で制した。
裁判官:
「検察官、着席しなさい。……被告人グレーテル。ここはあなたの感情をぶつける場所ではありません。しかし、あなたがそこまで激昂するからには、その『善意の隔離』という解釈を根底から覆す、別の恐怖の撃事実があるのですね。証言台へ進みなさい」
ヘンゼルは泣きじゃくる妹の肩に優しく手を置き、守るようにして寄り添いながら、一緒に中央の証言台の前へと歩み出た。ヘンゼルが静かに一礼して一歩下がると、グレーテルは自らの涙を拭い、大きな瞳を裁判官である私に向けた。
裁判官:
「グレーテル、あなたが現場で直接目撃した、あの『竈』での出来事について、事実のみを述べなさい」
グレーテルは喉を詰まらせながら、車椅子のホレ氏を指差した。
グレーテル:
「おばあさんは……おばあさんはあの日、私を燃え盛る竈の前に立たせて、こう言ったの。『中に入って、パンが焼けたかどうか奥まで見ておくれ』って……。あの竈、人間が一人ですっぽり入れちゃうくらい、ものすごく大きいんです! もし私が中に入ったら、後ろから蓋を閉めて、私を焼き殺して食べるつもりだったに決まっています! だから私……怖くて、お兄ちゃんを助けたくて、先におばあさんを突き落とすしかなかったの……っ!」
傍聴席の一般市民:
「……人間が入る大きさの竈……!?」
「パンを焼くためのものじゃない部屋が、そこにもあったのか!」
傍聴席の新聞記者:
「(手帳を握りしめる)医療ケアという検察の美しいロジックが、一瞬で瓦解しかけている。子供を巨大な火の穴に誘い込もうとした事実。裁判官の天秤は、この『竈の怪異』をどう裁定する……!?」
私は手元の図面の『竈』の寸法を厳かに見つめ、次の審理の糸口を探った。




