02-七年、体感三年
「そうだ思い出した。アキトの話は聞いてる?」
「暁斗の?」
「ついにリリエンデ姫が勝ったって」
「まじか」
聞いてはいなかったが長いこと暁斗へ恋していた姫のガッツ溢れる求愛を知らないわけがない。勇者と――暁斗と共に戦うために若干十五歳で騎兵団の副団長にまでなってみせたリリエンデのことは、塔や学園だけでなく環状都市の誰もが応援している。
余談だけれど、リリエンデの求愛に暁斗がいつ、どう応えるかは市井で賭けの対象にまでなっているらしい。ラブストーリーはどの世界でも大人気だ。
「リリエンデ姫いまいくつだっけ」
「今年十八」
「早いなぁ……」
初めてリリエンデに会った時、彼女はまだ十歳だった。小さくてパワフルで可愛らしい姫は勇者となった暁斗に助けられて恋に落ち、七年かけて美しく誰よりも強い姫君に成長した。
幼い子どもからの求愛を本気にしていなかった暁斗も、七年かけて伝え続けられたらその本気さを信じない訳にも行かなかったようだ。
「断る理由にしてた年の差も、時間遡行でなくなっちゃったしね……」
「大喜びしてたよね」
封殺魔法を解いて→ 魔晶石の彫像へ変質した茉希に解除魔法をかけて→《母体》に今度は完全な封殺魔法をかけ直すため、《全知の魔法使い》だったおハルさんが残した、のちに『ファルセナ目録』となるメモをひっくり返してリストアップした必要な資材の中に、現時点で枯渇していたり入手困難なものが多数あった。これを入手するため、《全知の魔女》となった紗世さんがこれまた裏書きにメモされていた時間遡行魔法を実用化に漕ぎ着けたのだ。尖塔の魔法使いたちが死に体になりながら作った魔法陣でテストを繰り返し、実用化に漕ぎ着けるまで僅か一年半。紗世さんが凄すぎる件。
で、わたしたちは手分けして動くことになった。
まず紗世さん。遡行魔法の基点を担うため、本人には遡行魔法がかけられない。塔に残り、魔法の維持とアップデートと研究を行う。
その紗世さんを守りつつ、現時点で手に入る素材の回収を行うのはマチアスさんたちバナウス防衛隊と学院の尖塔の魔法使い。
時間遡行して素材を集めるのはわたしと暁斗と遙真、それと防衛隊からその時々の助っ人数名。学院の学者研究者がいたりいなかったり。絶滅した大型動物の牙や枯渇した鉱石、《神秘》の侵食により立ち入り出来なくなった湖にしか生えない花など、様々な素材を採取して回った。
厄介だったのが、遡行してもとの時間軸に戻ろうというとき、かなりのズレが発生することだった。時間遡行して数週間かけて素材を集めてもといた時間に戻ろうとすると、何故か半年から一年後になっているのだ。結構なズレだ。これは遡行する前から紗世さんが時間遡行のデメリットとして挙げていて、何度改良を試みても解消には至らなかった。
なので、召喚されて七年経って、わたしと暁斗と遙真の年齢はやっと十八くらい。リリエンデ姫は憧れの勇者様とほぼ同年代になれたというわけだ。
七年。
わたしたち遡行チームの体感、だいたい三年。
どんなときも暁斗を慕って、叶わなくても一緒に戦うと言い切り、環状都市を守るために強く美しく成長したリリエンデ姫に、暁斗は「絆されたんだよ」……らしい。
「惚れさせられたの間違いだろって殴られてた」
「遙真に?」
「ハルマにも、ほかの遡行チームの男どもにも」
「なにそれそんな面白いことあったなら呼んでよ」
「痛い痛い」
脇に肘鉄すると大袈裟に身体をよじってみせる。《魔女の忠犬》にして《守護の魔法使い》であるルウイは身体防御力に優れているはずなので、これは痛くないのにふざけて痛がっている。手加減はしなくてよい。ルウイは「アキトにもさ。男の矜持ってやつがさ」と肩を竦めた。
最後の遡行へ出発する前の日だった。
学園の資料閲覧室をひと部屋をほとんど私物化していた紗世さんのところに、わたしたちはいつものように集められた。遡行する時代と目的の素材、入手方法と保存についての注意事項と同伴する隊員や技術者や学者の確認とおおよそのスケジュール。毎回きっちりしっかり資料をまとめたうえで口頭でも確認するのが大事なのだという。取説をあまり読まない人っているでしょと言われてハイ仰る通りですと返した。
そして最後に、紗世さんはわたしと暁斗と遙真を残してほかの皆を帰し、改まった口調で言った。
「まず、お礼を言わせて。次の遡行で封殺魔法が完成、多分……いや絶対する、させるけど、これはあなたたち三人の力がなかったらできなかった。本当にありがとう」
「えっ」
「いや、お礼言うの俺たちでしょ。茉希のために紗世さんメチャクチャ頑張ってくれて」
「そうだよ!」
紗世さんは茉希を守れなかったこと、子供三人に遠征をさせていることについて責任を感じていた。そうやっていつでも紗世さんは全部の責任を負いたがる。悪い癖だ。
「封殺魔法は絶対に失敗しないように頑張るね。……でね、封殺魔法のほかにもいくつか魔法を研究してるんだ。そのうちのひとつ、反転――逆転移魔法陣がもうちょっとなのよ」
「逆転移?」
「そう。あそこの魔法陣。ずっと研究してて」
紗世さんは資料室の窓の向こう、古代大規模魔法陣集積地――《失われし魔法陣遺跡》の、いちばん大きな魔法陣を指さした。わたしたちが最初に召喚された場所だ。
「あれをそのまま反転させてもうまくいかなかったから、位相探知トリガーとか数値計測基準とか転送時の設計はあちこち入れ替えたり参照先変えてやってみた。で、うまくいきそう。しかも素材は遡行なしで揃うはずなの。耐久性は気にしなくていいし……だから魔法陣はほぼ問題ない。あとは基点さえなんとかなればいいところまでできてて。わたしが基点やるから」
「待って待って紗世さん早い早い」
難解な紗世さんの話をよくきいてまとめると、こういう話だった。
紗世さんは封殺魔法を研究するかたわら、自分たちをこの世界に引っ張りこんだ魔法陣の研究を行っていた。そしてわたしたちを召喚したときの細かい条件を割り出して逆向きに配置し、元の位相へ送り込む魔法陣が、どうにか形になりそう、らしい。
よくわからないけどすごすぎる。謎技術。
ただいくつか問題があった。
まず、基点となる紗世さんは帰れない。
これは紗世さんが、別の基点を設定できたら解消できるらしい。
しかし、別位相への転移には不確定要素が多すぎて、確実に転移できるのがわたしたちが召喚されたその日その時間だけだ――というのは、どうにも解決方法がみつからないらしかった。
「戻ったら、修学旅行の途中でいきなり大人になったみたいになるってこと?」
「浦島太郎じゃん」
「修学旅行……そもそも中学校の制服着られる? 暁斗と遙真は結構背が伸びたから」
「あ、制服もう着れないっすよ俺。チビだったし」
「制服どこやったっけな……」
男子ふたりはそれぞれかなり背が伸びている。遡行するたび測り直して服や装備をお直ししたり新調したりしていたはずだ。対して、わたしはそこまで背が伸びなかった。
紗世さんから「帰る」という選択肢を提示されて、わたしたちはにわかに盛り上がり、だけど喜びきれなかった。
七年――体感三年。
この世界で友人ができて、居場所ができて、色んなものを得た。そのすべてと別れると考えただけで、とても寂しい。
元の世界には帰りたい。
大好きな家族がいる。友達がいる。いきなり大人の姿になって帰ったらびっくりされるだろうけど、それでも。
そんな話をすると、暁斗は「わかる」と同意してくれたが遙真は気まずそうに首をかいた。
「俺んちいわゆる機能不全家族ってやつでさ。父親は滅多に帰ってこねぇし、母親は顔合わせる度に殴ってくんの。俺がいるから離婚できないって。だから、正直なところ帰れなくていいんだ」
その話を聞いてぽかんとした顔をしたわたしの鼻を、遙真が雑につまんだ。なので控えめに仕返ししてやった。前衛が後衛殴るなよ! と言われたが、自業自得だ。
最後の遡行のとき、リリエンデ姫への好意を自覚していた暁斗は随分悩んでいた。そんでわたしに話を聞きたがった。帰りたい気持ちがある同士でしか言えないようなことをぶっちゃけて語り合った。七年――体感三年一緒にいて、いちばんしっかり話したかもしれない。
だから彼の選択にしみじみしてしまった。どちらを選んでも、何かが選べなくなる。
黙り込むと、隣からルウイの手がするりと伸びて、わたしの手を取った。爪の先にキスが落ちる。
「ル、ルウイ?」
「ん、出し惜しみしてる場合じゃないかなって」
「出し惜しみって……」
「伝えられなくなったら、根の背で泣くことになるし」
手を引こうとしたら、ギュッと握りこまれた。手のひらが熱い。




