9.嫌な予感
初めての……キスをした。
花びらが周囲に舞って、でも、止められなくて――
「今、僕のことをどう思った?」
そんなこと聞かれても、って恥ずかしかった。
自分の心を偽ると"花びらが落ちる"ような気がして。
「……いや、じゃ……ないって……」
花びらじゃなく、一輪の花が……静かに落ちた。
「ははっ、君は可愛いをどれだけ振り撒くんだ。名残惜しいけど、そろそろ戻らないと。シャルマン殿に睨まれてしまう前に行こうか」
殿下が、落ちた花を拾い上げて、何も言わずに大事そうに抱えてる。でも、その表情は嬉しそうで、余計に恥ずかしい――
「フルール、またね」
手を振る殿下に、少しだけ振り返し、そそくさと家に入り込んだ。気持ちを落ち着かせようと、胸に手を当てて深呼吸を一つ。
ふわふわした気持ちと、色んな不安が織り混ざった気持ちのまま夕食を済ませ、お風呂に入り、ベッドへダイブした。
ベッドに倒れ込んだ瞬間、胸の奥がチリッ、と焼けるように痛んだ。
今の……何……?
けれど、その違和感は一瞬で消えた。
そういえば――
「わたし、殿下と……」
「王太子殿下が、どうかされました?」
「わぁぁぁ! リナ! 驚かさないでよ……」
「……私は、先程からこちらにおりました」
「……」
……私ったら。
「それにしても、殿下にエスコートされて帰って来られたお嬢様を見て、涙が溢れそうになりました。殿下の熱いアプローチに、ついに応えられたですね!」
「えっ!?」
「えっ? 違うのですか?」
「応え……応えてなんて……」
「えぇぇー、あんなにお似合いなのに?」
殿下と出会ってから、今日まで、怒涛のように過ぎてきた。
私から零れ落ちた花を、とても嬉しそうな顔で眺めてたのを思い出した。自分の心が、何を……誰を求めてるのか、認めるのが……少し怖い。
***
「父さん、ノア殿下の所へ向かいます」
「……セレーノか。頼んだぞ」
フルールが一度帰宅した後、窓の外に美しく舞う花びらが飛び込んだ。フルールが起こした現象だと理解した。だから、食後の父さんを訪ね、今に至る。
「詳しく事は分からん。何も……起きないと良いが」
あんなに不安そうな、父さんの顔は初めて見た。
断片的で、切り抜いた話ししか知らない僕らは、殿下に聞くことしか出来ない。
急ぎ早に馬を走らせ、ノア殿下の執務室を叩いた。
「セレーノか。丁度、呼ぼうと思ってたんだ」
「殿下、あの花吹雪はフルール……ですね?」
「そう。彼女も動転していたけど、何が引き金になるか、そろそろ気付くかもしれないね」
デスクに置かれた、淡いピンクの花を眺めながら、殿下が微笑んだ。
「形になってくれて、嬉しいんだ」
長年の想いが、良い方向に向かっているのなら兄としても喜ばしい。だけど――
「妹……フルールが、危険に晒される可能性はないのですか?」
「……分からない。解読しなければ読めないような文献ばかりだ。先の見えないことが多すぎるのが、厄介な点だね。公爵も不安だろうが、何か分かったら必ず報告する」
「承知しました」
――そして、不安は現実となってしまった。
翌朝、家族が揃うはずの朝食にフルールが来ず、代わりに侍女のリナが「大変です。お医者様を」と息を切らした。
慌てて部屋に入ると、ベッドに横たわる妹の姿が。
「何があった!」
「……一度お目覚めになられたのですが、頭痛がするからと横になられたまま、お声を掛けても目を覚まさなくて――」
それを聞いて、父さんも「フルール、フルール聞こえるか?」と。だけど、反応はない。
到着した医師も、身体的な異常はないと言う。
報告を受けたノア殿下も、暫くして到着し、血相を変えた。昨日の出来事が、この事態を生んだのなら、責任を感じたとしても仕方ない。
「フルール……」
殿下でさえ、幾ら呼んでも目覚めない。
妹に、寄り添って項垂れた。
「すまない……こんな事になるなんて……。僕のせいだ……」
「殿下、舞い姫は命を狙われる存在ですか?」
「……他国の介入がある、とでも?」
「分かりません。毒の類は考えにくいですし、元より警備を強化していたので、邸内に不審者も入れません」
「舞い姫の情報が漏れてるとは考えにくい……が、こちらでも調べてみる」
「お願いします」
フルールの手を一度握った殿下を、見送った。
もしも、狙われたのだとしたら――
いや……考えにくいし、憶測で物事を見るのは良くない。目が覚めるまで、待つしかないか。




