10.夢と現実
フルールの様子を見て、唖然とした。
近付いた今なら、変化を起こせると……焦った自分が悪い。苦しむでもなく、ただ眠る彼女をどうしたら救えるだろう。
他国の介入は、考えにくいとしても……このタイミングで連絡を寄越してきたルス王国は、やはり調査の手を入れた方が良いか。
「セレーノを呼んでくれ」
「かしこまりました」
もしも、このまま目覚めなかったら――
いや。そんなことは、絶対にさせない。
解読出来ていない箇所にヒントがあるのか、それとも、他に方法があるなら何だって試すのに――
***
――ここは、どこ……?
目が覚めたそこは、一面花びらで埋め尽くされた幻想的な場所。むくりと起きて、辺りを見回しても、誰もいない。
「……この花びら――」
見覚えのある花びらを一掴み。
それは、私からこぼれ落ちる花と一緒だった。
まるで……あの夜、風に舞った花びらが周囲に敷かれたのと同じよう。
「……目が、覚めた?」
聞き覚えのない女性の声が、聞こえた。振り向けば、こちらに向かって歩いてくるのが見える。
「……誰?」
「皆は私を、舞い姫と呼んでいたわ」
「舞い姫――私と、同じ?」
「……そう」
儚げな姿で、今にも消えてしまいそう……。
「私が、貴女をここに呼んだの。その時が近付いていたから」
「……なんのこと、ですか?」
「舞い姫の花には、特別な意味があるわ。特に……青い花には気をつけて。哀しみは、深い青。貴女が貴女でいられなくなるわ」
「ど、どういうことですか?」
「これだけは、忘れないで。幸福を感じる程、貴女の花は美しく咲くの。自分に正直に生きれる世界って、素敵よ」
もう……会えない気がする。
「ひ、一つだけ教えて下さい。嘘をついたら花が咲くんじゃないんですか?」
少し言葉を選ぶように、間が開いた。
「――行動と気持ちがズレた時、咲くのよ。覚えがあるでしょう?」
思い返せば、初めて花が散った時――
『ゴールは、貴女との結婚だ』
なんて言われて。恥ずかしくて、でも本気で嫌だって思ったわけでも……なかった。だけど、私が「無理です」と言葉にした瞬間だった、気がする。
それに、キスした時も――
恥ずかしくて、逃げ出したいのに……離れたくないって、思った。だから、あんなに花が舞ったんだ。
「自分の気持ちに正直になるって、結構辛いのよ。良いことも悪いことも受け入れなきゃいけないの。だけどね、それら全てが実った時、きっと一番綺麗な花が咲くわ」
「……でもね、」少し寂しそうな表情を浮かべた舞い姫様が、徐々に綺麗な花びらとなって、風に舞って消えてしまった。
最後に何を伝えたかったのか、分からないまま。
ポツンと独りぼっちになってしまった私の前に、花びらの道が出来た。まるで、進んで、と言わんばかりの綺麗な花道を一歩ずつ進んでいく。
「――ルール……」
何か、聞こえる?
「――……ル」
よく聞こえない。
「フルール――」
胸にスッと溶け込んで、馴染む声。
そうだ……私が素直になれない、唯一の人。
少しでも素直になれたら、もっと綺麗な花が咲いたら、そしたら……どんな風に笑ってくれるだろう。
「――ノア様」
――――――
「……ん」
「フルール!!」
それは、今まで聞いた名前を呼ぶ声の中で、一番切羽詰まっているようにも聞こえた。
ゆっくり瞼の隙間から光が差し込んで、見慣れた天井、お父様とお母様――それに。
「フルール」
目の下にクマの出来た、ノア殿下の姿。
随分身体が重くて、思わず瞼をぎゅっと瞑ってみる。そんな様子を見てか、お医者様と入れ替わるように誰かが部屋から出て行った。
「フルール、目が覚めてくれて……本当に良かった」
「お母様。ご心配……お掛けしました……」
診察の傍ら、ずっと隣で手を握ってくれる。
「もう大丈夫でしょう。ゆっくり身体に優しい食事から始めて下さい」
お医者様も「よく頑張りましたね」と微笑んで下さって、漸く起き上がることができた。
「私、頭痛がして、それで……」
「そのまま五日間、ずっと眠っていたのよ」
「五日間!?」
舞い姫様に会ったのは、ほんの僅かな時間なのに。
「ノア殿下がね、毎日お見舞いに来てくれてたのよ。貴女が目覚めるのを、家族と一緒にずっと待ってたの。あとで、御礼を伝えて」
「もちろん……です」
あの目の下のクマは、学校と執務の合間を縫って、開いに来てくれてた証拠かもしれない。
「ノア殿下に、会っても良い?」
「えぇ。呼んでくるわ」
――お母様と入れ替わるように、ぎこちない笑みのノア殿下が入ってきた。
「大丈夫……?」
「はい。ご心配をお掛けしました。側にいて下さって、ありがとうございます」
「御礼なんて、いらないよ。むしろ、目を覚ましてくれて……ありがとう」
ノア殿下に、夢の話をしたら……信じてもらえるかな。きっと、信じてくれる。
「殿下、もう少し体力が回復したら、私の話しを聞いてもらえますか?」
「楽しみにしてる。そしたら、どこかに出掛けよう。もう二度と無理はさせないと誓うから」
殿下の曖昧な微笑は、何でか胸を締め付けた。
私の心を動かす――唯一の人、だからかな。




