11.呑まれる
「それで、あちらの制服の準備は?」
トランクの山を見つめながら、念の為の確認。
「はい、アブリル様。すでに整い、滞在先であるアグリフォーリオ城の一室に届いているそうです。ご心配には及びません」
「そう。アルマはどこかしら?」
「出立に向けて、手配や請求の処理をしに出ております。護衛も兼ねておりますので、鍛錬も行ってくるかと」
「本当、従者のくせに傍にいないんだから……」
テーブルに置かれた、ノアからの返事に目を向けた。
“アブリルの留学、楽しみにしているよ“
もし、私が嫁ぐことになったら、アルマは悲しんでくれるかしら……それとも厄介払い出来て喜ぶかしら――?
「はいはい、お幸せに」なんて、素っ気なく言われても寂しいけど。
「本当に、アルマだけで宜しいのですか?」
「ノアが、使用人とか警護の手配はしてくれるみたいだし。一人いれば十分よ。アルマを拾ったのは私なんだから、沢山働いてもらわなきゃね」
――そう。アルマは、没落貴族の子息だった。
初めて会った彼は、立派な貴族の跡取りだったのに、政治的な理由で没落した。地方の商家に養子に出される噂を聞いて、私が従者として声を掛けた。見習い従者として、お城で衣食住を保証する条件付きで。
あの頃は、可愛かったんだけどな……なんて。
「アルマも良い経験になりますね」
「使えなかったら、送還するわ」
思ってもない言葉がスラスラ出てくる。
こういう時に限って――
「使えなくて、悪かったな」
案の定、仕事を終えた本人が登場した。
本気じゃないよ、なんて言っても本人は信じてくれない。
「あら、アルマ。手続きは順調?」
「問題ない。鍛錬に行ってくるから、その書類にサインを書いておいて。じゃ」
“こんなやり取りじゃ、どっちが従者かわかったもんじゃないわね“
アグリフォーリオは、政略結婚のない恋愛主義国家――
だからこそ、私はノアの隣に並んで、運命を掴むわ。
***
やっと、登校出来た喜びを噛み締めるように、教室の空気を吸い込んだ。
「フルール! 大丈夫なの?
「ユリア〜、会いたかった……!」
「私もよ。お休みの間の授業を、ノートにまとめたから良かったら使って」
「とっても嬉しい。お礼に、美味しい物でもご馳走するわっ。今日は、空いてる?」
「もちろんっ!」
――そうして、放課後。
ブリーズ様も合流して、三人で人気のカフェへ。
まるで宝石のような輝きを放つスイーツと、美しく彩られたデコレーションを堪能しているところです。
「な……なんて可愛いの!」
「これは食べるのが勿体無いわね……」
先日まで、ベッドに伏せてたとは思えないくらい、楽しく賑やかな女子会。
「そういえば。我が家は、他国と交易を行なっておりますので、色々な情報を耳にするのです。最近も、東の国で珍しい茶葉が開発されたとか、南の国で作られるスイーツに商人が集まっているとか」
「流行の最先端にいらっしゃるのですね」
ケーキを掬いながら、ブリーズ様が続ける。
「何でも、ルス王国の王女が、我が国に留学したいと申し出ているんですって」
西の大国ルス王国は、海に面しており貿易が盛んな国。王族の留学も、別に珍しい話しじゃない。
「王女殿下といえば、アブリル王女ね」
「同学年になるのですけど……ただ、留学の目的が両国間の親睦というより……ノア王太子殿下との親睦が目的みたいで」
――ノア様との親睦。
二人が心配そうに私を見るけど、気にしない素ぶりでケーキを頬張った。
「フルール様は、心配じゃないんですか?」
「いや、私は……殿下とそんな関係じゃないし……」
「では、他国の王女がノア殿下の婚約者になっても構わないのですか?」
「婚約者……」
そう直球に聞かれると、不覚にも自分の中に逃げ道がないと、気付かされる……。
全く気にならないかと問われたら……全くではないけど、私がどうこう出来る問題でもない。
ふと、夢で会った舞姫様の言葉――
"自分の気持ちに正直になるって、結構辛いのよ。良いことも悪いことも受け入れなきゃいけないの"
あの言葉が、重くのしかかる。
「大丈夫ですよ、フルール様! あの殿下が、フルール様以外を受け入れるなんて、絶対有り得ませんから」
きっと、そんなことはない。
「……自分の心が分からないのです。私には、どうすることも出来ませんし、曖昧な気持ちを、お伝えするわけにもいきませんから。ですから、私は――」
賑やかな店内で、私の時間だけが止まったように動けない。
「フルール様、忘れないで下さいね。私たちは、いつでも味方ですから!」
楽しいひと時だったはずなのに『婚約者』の三文字に、見事に呑まれてしまった――
***
楽しそうに談笑するフルールを、低木から覗いた。
「……ノア、これじゃ俺たち不審者だ」
突かれたくない正論を、ぶつけられる。
「仕方ないだろう、気になって仕方ないんだから。もう少し休めば良いものを」
「はぁー……王太子の見る影もないな」
「お前は分かってないな。こういうのは、自分の目で確かめるのが一番に決まってるだろ!」
自分の目で確かめなきゃ、気が済まない。なぜ、理解してもらえないんだろう。
「……そういえば、例のお姫様は大丈夫なのか?」
覗き込む僕に、小声でラメットが聞いた。
留学の話はしてあるし、心配するのも尤もだが――
「あぁ、問題なく受け入れる。ただ、少し協力してもらうけどね」
僕は、少しだけ口角を上げて、フルールの観察を続けた。




