12.デート
「今日も可愛かったな、フルール嬢」
「やっぱり声掛けようぜ。チャンスは――」
「お、おい……なんか寒気がしないか?」
油断すれば、すぐこれだ。
「――ノア殿下! ご、ご機嫌よう……」
僕の存在に気付いた生徒達の顔が、徐々に引き攣る。
「邪魔をしてしまったか? 何やら聞き覚えのある名前が聞こえてね。まさか――」
「いえいえっ滅相もありません! なっ、なっ! それでは殿下、御前失礼します!」
慌てて食堂から去って行った。
一体これで何回目か。入学式で牽制したつもりだったが、名前を聞く機会は減らず。僕自身の感情も、実にコントロールが難しい。
確かに入学してからの彼女は、楽しそうに笑い、溢れんばかりの可愛いを振り撒いている。
――が、それにしても虫が多い。
いっそのこと、一年生からやり直そうか――
「どうせ、一年生になろうかなとか思ってるんだろう。ダメだからな?」
「……読まれてた。だけど、折角フルールが入学して距離が縮められると思ったのに、これでは僕が可哀想だと思わないのか?」
「……思う訳ないだろう」
小さな子の我儘、みたいな目で見られる。
それ程必死なのだ。例え、髪飾りを付けてくれていようと、唇を重ねたにしても……婚約という確かな目に見える確証が無ければ、それはイコールゼロ。
……事態を動かすキッカケが欲しい。
「ラメット、急で悪いが明後日の予定を空けてくれ。それと仕立て屋の手配も頼む」
「……それは別に構わないけど、何するんだよ」
「フルールの心をもう一段階開きに行く!」
「成果が出ると良いな。で、フルールの予定は確認しなくて良いのか?」
「…………それも、頼む」
「はいはい」
そういえば、食堂に来た理由が、フルール探しだったと思い出した。一日一回でも彼女を見ないと――
「末期だな」
ラメットが鼻で笑った。
***
お昼休みが、あと少しで終わる。
授業の準備をしていると、何やら廊下が騒がしくなってきた。女の子の悲鳴が多いということは――ガラッ。
スタスタスタスタ……ストン。
「フルール、ご機嫌よう。君に、デートのお誘いだ。明後日の朝食後に、迎えに行くから準備して待ってて。それじゃ」
スタスタスタスタ……パシンッ。
……願わくば、このまま固まっておきたい。
一瞬の出来事に唖然となる私とは対照的に、クラスメイトは一気に盛り上がるわけで――
「きゃぁーーーー! フルール様、殿下からデートのお誘いですよ!」
「素敵〜! 見ました? 颯爽と現れて颯爽と去る、あの佇まい……やっぱりオーラが違いますよね!」
――わざわざ教室で、言います!?
しかも、私……何も言ってない。
後から聞いた話し、教室の角にいた数人の男子生徒は、少し青ざめていたと言う。
(絶対、最後に俺たちを見て睨んでたよな?)
(食堂でフルール嬢の会話してた……から?)
(ヤバい……よな)
兎に角。
いくらなんでも、自由すぎじゃ――
「フルール。もしかしたら、例のお話かもしれないわ。噂は噂だ、とか」
だとしても、こんな大勢の前は、やっぱり恥ずかしい。もう少し配慮……してほしい。
「……噂は、事実の可能性もあるわ」
「ここまで押しかけるぐらい、ノア殿下も必死なのよ」
諭された私は、碌に返事もしていないデートの約束のために、リナの着せ替え人形になったのだった。
――そして、迎えたデート当日。
約束通り、朝食を終えて支度が終わる頃に、殿下の馬車がエントランスに到着した。
「……フルール、今日は一段と可愛くされすぎだ」
嬉しそうに微笑んで、手を伸ばした。
「えっと、ありがとう……ございます……」
クスッと笑う殿下を見て……また胸がぎゅっとなる。
矛盾が花びらを生むと考えたら、思うように身体が動かない。
「初めてのデートだから、私も気合いを入れたつもりだけど、フルールの隣では、全く無意味だな」
「そんな事……殿下も雰囲気が違います」
「そりぁ……君に、格好良いと褒めてもらいたいからね。どう? 似合うかな?」
殿下らしくない、ラフで街に溶け込みそうな装いは、確かに良く似合ってる……し、格好良い……と思う。
モゴモゴして、最後まできちんと伝えられないけど。
こういう時、自分の気持ちを素直にお伝え出来たら……何か状況は変わるのだろうか。
***
今日、僕はどこまで耐えれるのか。
まだデートは始まったばかりだと言うのに、独占欲が沸々と湧いてくる。
「あの……どこに向かっているのですか?」
不思議そうに、窓の外を眺めている。
「折角、良い天気だから郊外に行こうと思ってね」
「だから街を通り過ぎたんですね」
「フルールの領地とは反対方向だから、あまり通らない道だよね」
少しの間、馬車に揺られた。
目的の場所に近付いてきた時、備付けのカーテンを引いた。
「お楽しみは、取っておきたいんだ」
「……?」
馬車が止まり、外からノックの合図が来た。
「足元に気をつけてね」
扉を開いた向こう側には――
「――うわぁー!!」
一面が黄色に埋め尽くされた、菜の花畑の名産地。
幼い頃に家族で訪れ、強烈に印象に残った場所。ぜひ、フルールにも見てほしかったんだ。
「菜の花畑だよ、おいで」
「素敵……こんな場所があったなんて、知りませんでした。本当、綺麗……」
満面の笑みで、歩みを進めるフルールの周りを、可愛らしい蝶々飛び回っている。
気付けば、僕よりも先のフルールが、花畑の中からチラッと覗いて手を振っている。そんな彼女が、愛しくて堪らない。
本人は無意識かもしれないが、小さな花びらがチラチラ舞っている。感情が溢れた証拠を目の当たりにした僕は、最高の気分を噛み締めた。
花畑で踊るように蝶を追うフルールの手を捕まえ、グッと引き寄せてみた。驚きで振り返り、照れた様子で「転びませんよ?」と。
離したくない。
君の手も、心も。
「今日この後、少し城へ来てほしいんだ」
「時間は、大丈夫ですが……」
「フルールのために仕立て屋を呼んであるんだ。先日の体調不良を起こさせてしまった詫びに、贈り物をさせてほしい」
「あの件の謝罪は、もう平気だとお伝えしましたよ?」
「それでは、僕の気が済まないんだ。頼む」
「そ、そういうこと……でしたら」
恥ずかしそうな上目遣いに、一体何度ドキッとすれば……そのうち僕の心臓が、止まってるかもしれない。
「僕は……君が欲しい」
それがどういう意味か、まだ君は知らないだろうけど。目を見開いて、顔を染めるフルールの唇を指でなぞり「今日はしないけど――」と、囁いた。
城で待つ、他国の姫が頭を掠める。
それでも今は――
目の前にいる、愛らしい愛らしいフルールを抱き締めて、この時間を、誰にも譲るつもりはなかった。




