13.責務……?
――もう無理……!
殿下の肩を押して「限界です……」と。
ハハッと笑う殿下は、そのまま優しく私の頭を撫でた。
「帰る前に……名前で呼んでほしい、な」
「……ノア様」
「んっ、もう一回」
「ノア――ん!」
また、きつく抱き締められた。
「今日から名前で呼ばなかったら、こうやって抱き締めるから」
……随分と意地悪だ。
そんなこと言われたら、名前で呼ばざるを得なくなる。いつも、殿……いや、ノア様の掌で転がされるんだ。
帰り道の馬車の揺れは、心地良い揺籠のようで。「しばらく休んで良いよ」と自分の肩を叩いて、頭を支えられてしまった。
スッと眠りに入る私を見て「危ない危ない……」と呟いたなんて、知らず。
王城に着く少し手前。名前を呼ばれ、寝惚け眼の私の額にキスをした――
「よく眠れたかな?」
「た、大変失礼しました。ごめん……なさい」
「なんで? こんな間近で、フルールの寝顔を見れたんだから、役得でしょ?」
恥ずかしくて離れたいのに、腰に回された手がびくともせず、結局王城に着くまでずっと硬直してた私。
漸く扉が開き、開放されたと思った矢先――
「ノア!!」
鈴を転がすような、可愛らしい声がロビーに響いた。
少し早歩きに聞こえるヒールの音が、どんどんこちらへ近付いて来る。
「ノア王太子殿下にご挨拶申し訳あげます。この度、留学して参りました、ルス王国第一王女アブリルでございます。本日よりお世話になります」
「アブリル王女、よくお越しくださいました。部屋はすでにご覧になりましたか?」
「もちろんですとも。素敵なお部屋を用意してくださり、心から感謝申し上げます」
「それは良かった。お疲れのところ申し訳ないが、書簡の内容を確認したいので後ほど時間を頂けますか?」
「準備して参ります。それでは、後ほど」
チラっと私を見たアブリル王女殿下は、そのまま通路の奥へ消えていきました。
あの方が……アブリル王女――
「フルール、すまないが先に応接間で待ってて?」
「……」
「フルール?」
「はっ、はい?」
「応接間で待っててほしい」
「えっと……はい、わかりました」
ただ、留学と挨拶しただけ。
それなのに、ブリーズ様の言葉がどうしても引っかかる。
“ノア王太子殿下との親睦が目的みたいで“
そういえば、今日のデートで、アブリル王女の話しは何も言わなかった。
それは、私のために?
――それとも自分のため?
案内された応接間には、仕立て屋の方々が着々と衣装や布地、宝飾品などを手際よく並べている。そんな様子を眺めながら……どこか上の空になってしまう。
ノア様の気持ちが、自分に向いてくれてる安心感が……一気に何処かへ退いてしまった気分。今日のデートがあまりに楽しかったから?
――そもそも、どうして……私なんだっけ。
思い返せば、ノア様の瞳が漆黒という特殊な王子で、舞い姫が必要で、舞い姫と添い遂げる事が国の繁栄に繋がる。
それなら……ノア様の想いは、責務――?
……だとしたら。
今日の「可愛い」も、「名前で呼んでほしい」も、全部――必要だから……?
色んな思いが溢れ出したら、とてもドレスを選ぶ気分でなくなってしまった。
……このまま帰ってしまいたい。仕立て屋の皆様には、大変申し訳ないけど……モヤモヤした心のままノア様と会えるほど、大人になれない。
「あの……」
傍に控えていた使用人に、声を掛けた。
「ノア殿下へ、伝言をお願い出来ますか?」
そうして、体調不良なんて尤もらしい言い訳を残して、応接間を後にした。
「そこのあなた……!」
振り返って驚いた。
だってまさか、すぐ後ろにアブリル王女殿下がいるなんて……。
「貴女、先ほどノア殿下と馬車を降りてきた方よね?」
「……ご挨拶申し上げます。コルザ侯爵家のフルールと申します」
震える手にギュッと力を入れた。
「わたくし、ルス王国のアブリルよ。明日から、学園へ行くのですけど、貴女も学生でしょ?」
「左様、ですが」
「良かったっ。一人じゃ心細かったのよ。明日から宜しくね」
「はい。何かございましたら、遠慮なく――」
「そう……それなら、ノアの事も聞いていいのよね?」
「え……?」
「ノアったら、自分のことは何も教えてくれないのよ。それに、これから沢山一緒にいることになるのだし」
「わ、私で良ければ……」
「それじゃ、また明日ね」
コツコツとヒールを鳴らして、残り香だけ残し、またどこかへ消えて行った。
「部屋から出なければ……良かった」
アブリル王女は、ノア様のこと……好きなのかな――




