8.嘘つき
『大輪の花を咲かせ、国の繁栄を約束する舞い姫。それが、フルール――君なんだよ』
真剣で、でもどこか不安そうな彼女の表情に……吸い込まれてしまいそうだ。
「数名の研究者が呼ばれて、伝承にまつわる文献の調査を命じたんだ」
「お母様も……?」
「そう。メイア教授は、もともと自然から発生するエネルギーの研究をしていたんだ。他の国が同じような自然に恵まれないのは、なぜなのかってね。まぁ、詳細は伏せた上でだったけど」
舞い姫は、本当に希少な存在だ。
散りゆく花びらには、癒しの力が。開花した花には、自然界の豊かさが現れると言う。
気付けば外には夕焼けが広がり、残る時間が短いことを知らせていた。
「僕は、この国をもっと良い国にしたいし、そんな王になりたいんだ。そんな僕に、君の存在はとても力をくれる。心地が良いほどにね」
「私は、別に何も……」
もっと、フルールに近付きたい。
もっと、僕だけでいっぱいになってほしい――
「どうか、殿下ではなく"ノア"と呼んでほしい」
「……ノア様、ありがとうございました。まだ整理は出来ていませんが、少しだけノア様の心に触れた気がします」
フルールの言葉があまりに嬉しくて、思わず抱き締めてしまった。
「ちょっ、ちょっとノア様!」
「ダメだ。今は離せない……」
「そんな、ダメです……」
そう言ったフルールから、また花びらが落ちた。
抱き締めながら「嘘つき」と囁いてしまった。でも……それが、事実だと、僕は知っている。
僕の馬車で、コルザ邸に着いてしまった――
本当は、もっと一緒にいたい。
もう一度、抱き締めたい……。
「殿下、娘を送って頂きありがとうございました」
コルザ公爵が出迎えているようだが、さて……どうしたものか。
「遅くなってすまない。研究棟にいたんだ。メイア夫人にも会えたよ」
「左様でしたか」
「ところでシャルマン殿……あと、10分だけ時間をくれないか?」
微笑み掛けながら、腕をぐっと引き寄せた。
「10分だけ。そしたら帰るよ。だからもう少しだけ、僕といてくれないか?」
困ったように赤らんだが「はい……」と返ってきた。
「お父様、少し庭を散策して参ります」
「あぁ、行っておいで」
そのまま庭園へと向かい、腕に感じるフルールの温かさに、手を重ねた。
「君とお茶した場所だね?」
「はい、隠れ家のようでお気に入りの場所です」
「強引に散歩まで誘ってごめんね。実は、研究棟で話していた内容には続きがあってね……」
ふいに歩みを止めて、目の前のベンチに座るよう促した。僕への想いを、少しだけ試しても……良いだろか。
「舞い姫の花には、色によって意味がある」
「色……ですか?」
「淡いピンクは恋。白は安心……そして、悲しみは青だと、文献から解読したんだ」
手のひらを眺めた彼女が、顔を上げた。
「試してみたい。君の心に近づいて来た今なら、少し変化を起こせるんじゃないかと」
「何を、するんですか?」
「嫌なら全力で止めて。でも、そうじゃないなら――」
吐息がぶつかる距離。
そして――触れるだけの、優しいキス。
次の瞬間。
ひらり……ひらり、と。
「……え?」
一枚、二枚じゃない。
指先から、零れるように花びらが舞い始めた。
「な、に……これ……」
優しく吹く風に乗って、周囲に花吹雪が舞った。
「フルール」
「殿下、花が……止まらない……」
僕は驚かなかったわけじゃないけど、この美しい景色に思わず見惚れてしまった。淡いピンクの花びらが、夜空に舞い、僕の手にハラハラと落ちてきたから。
「……知って、いたのですか?」
「これは……君が初めて、“隠せなかった”証だ。大丈夫……目を閉じて、心の中で僕の名前を呼んでごらん。そして、少しだけ自分の気持ちを受け入れて」
言われたままに瞳を閉じた。
しばらくして舞っていた花びらが、静かに落ち始め、辺り一面が花びらの絨毯のように、僕らを囲んでいる。
花びらを掬い上げて――
「……やっぱり」
思わず、そう呟いた。
目を開けたフルールも、何が起こったのか少し不安げに見渡している。
「お、教えてください。なんで、こんな――」
「今、僕のことをどう思った?」
「……っ」
「教えて、フルール」
「……いや、じゃ……ないって……」
そして。
――ふわっと、一輪の花が音もなく落ちた。




