6.ノアの狙い
入学式当日。
少し早めにラメットと学園に到着し、僕は一つの提案をした。
「もしも、フルールが髪飾りを付けていたら、フルールは僕のものだと宣言したい」
「まぁ、可愛い妹に悪い虫が付かないなら、それに越した事はないかな」
「よし、門の所で待機しよう」
『その髪飾り、とても良く似合ってるわ』
『えっ、あ……ありがとう。か、可愛くて付けてきたんだけど……』
…………付いてる!
可愛いを振り撒く天使の頭に、髪飾りが……ある!
茂みに身を潜めていたが、思わず二人の会話に割って入ってしまった。
『あぁ、本当に良く似合っているよ フルール』
本当は、似合っているなんて言葉じゃ全然足りない。
あぁ……目を見開くフルールも、なんて可愛いんだ。
これだけ多くの生徒がいるならばと、フルールは私の愛おしい人だと伝えようと思ったのに、見事に遮られてしまった。
それは、仕方ないかと、立ち去るフルールに手を振った。制服の後ろ姿も何て可憐だろうか。
だが、人集りの視線が、男女問わずフルールに向けられるのは……嫌だ。
宣言なら、本人がいなくとも出来る。髪飾りが付いていたんだ……僕は、もうこの想いを止めない。
周囲に聞こえる声量を意識して、わざとらしい会話をラメットに投げ掛けた。
「私の愛しい人は、今日も可愛いを振り撒いているな。なぁ、ラメットもそう思うだろう。あんなに制服が似合う生徒が他にいるか? いや、いない」
「さすが我が妹です、殿下」
「皆、本日より学園で共に学び、共に楽しもう。が、愛しい姫には、僕がそのひと時を作ってやりたい。どうか、力を貸してくれ」
パチパチパチパチッ!
「王太子殿下頑張ってください!」
「応援していますわ!」
歓声が起こった。
これでフルールを狙う者がいれば、まわりが牽制してくれるはずだ。噂も、すぐ広がるだろう。
案の定、フルール本人が今朝の話題を耳にし、気絶寸前だったという。こうも思い通りに事が運ぶと、調子に乗りそうだ。益々意識してくれたに違いない。
私はもう止めない。
次のステップへと駒を進め、彼女の気持ちを揺るぎないものにしなければ。
***
授業が終わり、ユリアやブリーズ様と教室を出た。
廊下を進み、出会い頭に「あ、いたいた」と、ノア殿下が微笑んだ。
「初日、お疲れ様。少しだけ、フルールを借りても良いかな?」
「え、ちょっ――」
「勿論です。どうぞ、どうぞ。それじゃ、また明日ね」
二人が、肩を寄せて楽しそうに帰っていく。
「こっちに、おいで」
「こ……困ります。今朝も私のいない所で――」
私が話してるのに、そっと髪に触れた。
「この髪飾り、ちゃんと付けてくれたんだね」
「……可愛いから付けただけで、殿下のためじゃ……」
――ひらり
視界の端で、淡いピンクが舞った。
「……今、見えたでしょ?」
小さく呟く声と同時に、ノア殿下の指が花びらを掬い上げた。
「じゃあ、誰のため?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる私を、どこか楽しそうな瞳で見つめてくる。逃げ出そうにも、足が動かないなんて。
「フルールは、誰にでもそんな顔をするの?」
「そんな顔って……」
「じゃあ、僕は特別?」
「と、特別なんかじゃ――」
――ひらり
また一枚、花びらが落ちた。
「……安心した」
「えっ……?」
「君が否定するたびに、ちゃんと証明されるから」
意味が分からない。
それにさっきから、私が否定するたびに花びらが舞う――まるで、嘘をつくたびに現れてるみたいな……。
「心配しなくて良いよ。フルールが一歩大人になった証だから。これは……僕が預かっておくね」
指先に乗せた花びらへ、そっと唇を寄せて……キスを落とした。別に……私にしたわけじゃないのに、なんでこんなドキドキするの?
「お邸まで送ろうか?」
なんて言われたけど、丁度よく現れたお兄様に飛びつき「お兄様、一緒に帰りましょう」と強引にその場を去った。
二人が目配せしてたなんて知らなくて、辺りを気にしながらお兄様と馬車に乗り込む。
「初日、どうだった?」
「どうもこうも……朝から疲れたわ」
「噂なんて、あっという間に広がるもんな。だから学園って面白い」
「面白いって……他人事みたいに」
ククッと笑ったお兄様が「でもね」と言う。
「あそこはね、小さな国なんだよ。学生の集まった政治の繰り広げられる場。良い噂も悪い噂も、それをどう操作するかも、大人の世界とそう変わらない。今朝の、ノアも、その一つだろうね」
「楽しい学園生活を楽しみにしてるのに、台無しだわ」
「その内わかるさ。まぁ、楽しんで欲しいのも事実だから、お友達を沢山作る事だね」
お兄様の言うことも分かる。
いろんな身分の人がいて、いろんな考え方の人がいる。
そう考えると、ノア殿下が朝から『僕の愛おしい人』なんて言ったのにも……何か理由があるのかな……。
「そうそう。落ち着いたら、研究棟に行くといいよ。母さんもいるし、面白いものもあるから」
「研究棟……確かに。授業が早く終わる日にでも行ってみる」
――その研究棟で、私は知ることになる。
あの花びらの意味と、“舞い姫”と呼ばれる理由を。




