4.贈り物の意味
お茶をしに来ただけだと思ったのに――
「僕が目指すゴールは、貴方との結婚だ」
迷う余地なんて、最初から与えないような声色。
と、とにかく。間違いがあってはいけないから、そこから確認しよう。
「その……ノア殿下、フルールと名の付くご令嬢を他にご存知ありませんか?」
「いや、知らないな」
「で、ですが……どなたか別の方と間違われているのではありませんか?」
「別の令嬢? ここはコルザ邸で、貴女はフルールだから間違ってないよ」
フルール違いだと思ったのに否定され、他のご令嬢ではなく、私で……。つまり、私と結婚……?
「……どうして、ですか?」
「理由が必要?」
「……っ、」
「……君が好きだからだよ。ずっと君だけを見てた」
心臓がいつもより煩くて、カップに伸ばす手だって震えてる。
胸の前で握りしめた手に、ほんのり汗を滲ませて、救いを求める様に周りを見渡した。いつの間にか、ラメットお兄様の姿も、使用人もいない。
これが……本で読んだ、告白?
「急にこんな話をして、困らせたい訳じゃないんだ。ただ、僕を異性として意識してくれたら嬉しい」
目が合い、熱を帯びた頬に両手を当てようとしたのに……その前に、捕えられてしまう。
「手……手をどうか離してくださ――」
「君の赤らんだ顔を、この目で見ながら聞きたいんだ。このままフルールと呼んで良いよね?」
ち、近い!
堪らず何度も頷いて、漸く解放されると思ったのに――
「それじゃ、僕を見ながらノアと呼んで」
殿方を名前で呼ぶことの意味を、少なからず知っている。相手はこの国の王太子殿下、簡単にお名前で呼んで良いはずないのに……。
「フルール」
「はっ、はい……」
「お願いだ、僕の名前を呼んで」
「……無理です」
そう言った途端——
また、ひらりと花びらが舞った。
「……ほら、名前で呼んで?」
「ノ……ノア様、手を――」
もうダメ。早くここから解放してっ!
お願いだから、そんな嬉しそうな顔で見ないで……。
「よく出来ました。これは、ご褒美だよ」
そう言って手渡されたのは、掌に乗せられた小箱。
「それは自室に戻ったら開けてほしい。フルール、願わくば、その贈り物を身に付けて、入学式においで」
満足した様子の殿下が、足元に落ちた花びらを拾い上げ「今日はこれで失礼するよ」と言って、黄昏れ時の庭園を見送りもなしに歩いて行ってしまった。
「……花びら」
自分の指先を見ても、特に変わりはない。
間違いなく、指先からヒラリと落ちたのに……。
自室に戻ってきて、ベッドに大の字で倒れ込んだ。
「お疲れ様でした。お嬢様を見初めてくださるなんて、さすが王太子殿下! しかも、あんなどストレートに気持ちをぶつけられたら、普通卒倒しますわ」
「耐えた自分を、とても褒めてあげたい気分よ。殿下からの贈り物を開けるのが、少し怖いわ……」
テーブルに置かれた、可愛らしいリボンの小箱。
怖いと言いつつ、やっぱり贈り物は嬉しい。それに、何だかんだ中身も気になる。
「開けてみましょうよ」
リナに背中を押され、ベッドから起き上がって、小箱に手を掛けた。スルッとリボンが解け、開けると――
「髪飾り……綺麗」
「普段使い出来そうな素敵な贈り物ですね。お嬢様にきっと似合いますよ」
「殿下は、言葉だけでなく贈り物もくれるけど……」
「……けど?」
「私は、いつか同じ想い返せるのかな……」
「時間は沢山あります。ゆっくり確かめていけば宜しいではありませんか」
「ゆっくり……そうよね」
今日の殿下を回想してみるけど。
……うん、ゆっくり考える時間を貰えるのか、とても不安になる。とてつもなく、ペースを乱される想像しか出来ないのは、何でだろう。
髪飾りを眺めていると、軽快なノックが鳴り「少し良いかな?」と、セレーノお兄様が来た。
どうやら、ノア殿下とお茶をしたと聞き、話しを聞きに来たみたいで。包み隠さず、話してみた。
「殿下がそんな事を……ね。そっか。それでフルールの気持ちは?」
昨日の今日じゃ、よく分からない。
恋って……どうやって始まるのかな。
「フルール、固まってるよ」
「えっ、あ……うん?」
「だいたいの話はラメットから聞いたけど、良かったら相談に乗るよ?」
ラメットお兄様から聞いた? 途中でいなくなったと思ったら、セレーノお兄様のところにいたんだ。
曖昧な……ままでも良いなら、誰かに聞いてもらった方がスッキリするかもしれない。
「殿下から、名前で呼び合う許可と……こちらの贈り物を頂きました。それと……その、結婚――と言われて」
「うん」
「殿下なら数多の出会いがあるのに、なぜ私なのか良く分からなくて」
髪飾りを見て、お兄様が微笑んだ。
「あの方らしいな。この髪飾り、ミモザがモチーフだろ? 花言葉はね、秘密の恋。長くフルールを見てきた殿下の心そのものだと思うけどね」
花言葉とは、思い至らなかった。
けど、密かな愛って――
「フルールは、まだ分からなくて当然だよ。相手を想ったり、好きになるって理屈じゃないからね」
「……理屈じゃ、ない」
「そう。それに、贈り物って特別だよね。似合うかなとか、付けてくれるかなって、見たりしない?」
「する……かも」
そういえば、入学式で付けて欲しいって言ってたような――
「もし、使わなかったら……?」
「ん〜……それは、否定的な意味と捉えられるかも。その気はありません、とか」
「そんな……殿下は私を試しているのですか!?」
「どうかな。純粋にフルールへ、何か贈りたかったんだと思うけど。答えを知りたい、とも取れるよね」
ならば、お花やお菓子の贈り物が良かった。なんて言ったら、ノア殿下はきっと悲しむんだろうな。
「もしかして、入学式に付けてきてって言われた?」
「……えっ?」
「ノア様も、なかなか情熱的だね。さすが、恋愛主義国家の王子だ」
困った、非常に困った。
この髪飾りを付けるか否かで、今後が大きく変わってしまう気がする。
もしも当日、身に付けていなかったら……『貴方は、選びません』そう伝えるのと、同じ?
「まさか……」
セレーノお兄様は、「頑張って」と一言残して、部屋を出て行った――




