3.ノアの思い
建国百年を記念した年に、僕は生まれた。
王族でも珍しい漆黒の瞳は、見るものを圧倒する存在感を放ち、皆が次代の王の誕生を喜んだ。
――そして、六歳で運命が決まった。
幼少期から僕の遊び相手として、城に来ていたラメットが、妹を紹介したいと自宅に招いてくれた時。
「おにいさま?」
一言で、衝撃だった。
この可愛らしい天使が、妹……?
こんなに可愛さを振り撒いて――
目の前の女の子から、小さな光の粒が舞う。
……いや、花びらだ。こんな事は初めてだった。
「フルール、おいで」
小走りに近寄ってきた天使が、ラメットに寄り添いながら可愛いカーテシーをして、僕を容赦なく射抜いた。
高鳴る胸を押さえ怖がらせないように挨拶する。
「君は……ラメットの妹だね。僕は、友達のノアだよ。よろしくね」
「ノアさま! 私は、フルールです」
ダメだ……冷静を装っているけど、ドキドキが止まらない。これが恋、なのかも分からない。
だけどこの日から、僕は可愛いを振り撒く天使を目で追っては、胸を抑える日々が続いた。
何をしてても脳裏を過ぎるフルールに、胸を締め付けられる。だから僕は、王太子教育のため来城する一人の家庭教師に、恥ずかしながら婚約について尋ねた。
「僕は、どうしても一緒になりたい女の子がいて……いつか婚約者として隣にいてほしいんです。僕が望めば婚約出来ますか?」
家庭教師は驚きながらも、諭すように言葉を紡いだ。
「その子が、好きなんですね。我が国には、政略結婚はありません。お互いが同じ想いを抱いて初めて、婚約が出来るようになります」
「僕だけじゃ、ダメなんだ……」
「そして……」
「……そして?」
「何事においても、不出来な男は嫌われます」
はっ! と家庭教師を見上げた。
僕だけが好きになった所で、何も始まらない上に……不出来な男は嫌われる……!
「勉学に励み、日々精進しておいでです。想いを寄せるご令嬢の耳に、殿下のお人柄が届く事を祈ります」
そうだ……今、僕が出来ることを頑張ろう。
良い噂が届くと信じて、胸を張って想いを伝えるその日までひたすら励もう。
なかなか会えないフルール嬢を、いつも遠目に見て満足していた僕は、後に……盛大に後悔する事になった。
――――――
それは、可愛い寝顔に遭遇する少し前のこと。
学園三年生になる同級生たちが、新学期の説明を受けるため講堂に集まった。ふと、生徒の会話が耳に入る。
「こないだ街へ買い物に出たら、偶然見れたんだよ。フルール嬢を!」
「えっ、声掛けなかったのか!? 勿体無い」
「俺は先日、河原で遊ぶ彼女を見たよ。いつ見ても天使だよな……あぁ、お近付きになりたい」
……んんっ!?
……フルール嬢……まさか、あのフルールか!?
「おい、ラメット! これは……」
「随分前から、声を掛けられるんだ。出掛ける時は、父が密かに護衛を付けるほどにね」
「初耳だぞ!」
「口外してはいけないと、父から言われていたんだ」
「ダメだ……まずい。このままでは僕の可愛い天使が――」
そう、僕は大事な事が抜けていた。
お城で頑張るだけ頑張ったら、きっと噂がフルールに届いて……それで……それで?
いや! いやいや、あの愛らしさで周りが騒がないわけないだろ! アピールもしてない僕が、どうやって認識してもらうって言うんだ……。
「……もしかしてノア、お前もフルールを?」
「初めて会ったあの日から、片時も忘れた事はない。このままでは、僕の努力が全て水の泡だ。今日、授業が終わったら、すぐにお前の邸に向かう」
「……別に良いけど」
拳を握りしめ、その後の授業に集中出来るはずもなく、脳内でいかにフルールの印象に残るかを考えた。
……普通じゃダメだ。それじゃ、彼女は振り向かない。
だから、我ながら"親密度の向上"とは上手い事を言った……と思っているが、しかし。
あの上目遣いの可愛さの何の……反則だっ!
ダークブラウンの髪に、グラデーションがかった空色の瞳が、僕の心を掴んで離さない。
僕は、絶対に彼女を振り向かせてみせる。
***
「ノア、いくらここがお前専用の部屋だとしても、一人でブツブツ言ってるのは……さすがに怖いぞ」
可愛いフルールが、こんなブツブツ言ってる奴に取られるのか。
「仕方ないだろ、必死なんだよ。綿密な作戦を立てなければ。彼女の事ならば、極めて敏感になれる自信がある」
「敏感ね……。一歩間違えれば、変質者だぞ」
「へっ……変質者。なんと言われても良い。今日こそ絶対にナンバーワンになる」
「オンリーワンじゃないのか? いちお念の為、作戦とやらを聞いてやろうか?」
「……今、考え中だ」
いつか誰かが、初恋は実らない、と言った。
もしかしたら、そんな事はないとノアが証明してくれるかもしれない。
熱くて、真面目で、直向きなノアにならフルールを安心して任せられる気もする。が……やっぱり可愛い妹が、誰かのものになるのは――複雑だ。




