2.初めての花びら
「お嬢様、大変ですよ!」
息を切らした侍女のリナが、息を整えようと必死だ。
「リナったらそんなに慌てて、どうしたの?」
「今しがた連絡がありまして。王太子殿下が、フルール様とお茶をしたいと。こちらに向かってるそうです」
「……昨日も来たのに?」
暇、なのかしら?
私が言うのも何だけど、ノア王太子殿下は、他国でも話題になる程見目麗しい。勉学においても、とても優秀で、お仕事の傍らに研究もしているとか。
暇では……なさそうだけど?
「お茶でも飲んで、待ちましょう」
「さすがお嬢様……」
「ねぇリナ、私と同じ名前の令嬢がいるか知ってる?」
「さぁ……存じ上げませんが、何故ですか?」
「フルール違いなら、教えて差し上げようと思って。たぶん間違えてるのよ」
「間違え……ます?」
だって、私と親密度なんか上げても、殿下に何のメリットもないから。
「何も考えず、マナーに徹するわ」
「ちなみに、求婚……なんてされたら素敵ですね!」
「求婚!? 私、まだ入学前よ?」
「恋愛は、入学前とか後とか関係ありません。王太子殿下も、政略結婚出来たら楽なのに……そうも行きませんからね」
一人楽しそうに、リナがお茶を注ぐ。
話しが飛躍しすぎてて付いて行けないけど、まさかそんな求婚とか結婚なんて――ないない。
「あら、馬車の音が聞こえてきましたね」
まずは、日頃から練習してきたマナーを完璧に披露することに集中しよう。それと、フルール違いじゃないか確認しないと。
「……頑張るわ」
粗相だけはしないように。
大丈夫、大丈夫……私なら大丈夫……。そんな気持ちで玄関先にいる二人に挨拶へ行った。
「ラメットお兄様、お帰りなさいませ。それに、ノア王太子殿下もようこそお越し下さいました」
「昨日ぶりだね。それに、完璧な挨拶だ」
褒められたのが、素直に嬉しい。
我が家自慢の庭園へ向かい、すでに用意されたお茶席へと案内した。
「こんな場所で、君と茶会が出来るなんて夢のようだ。今日はまた一段と、可愛いを振り撒いているね」
「……ありがとうございます。ここは、私のお気に入りの場所なんです」
季節の花に囲まれ、秘密基地みたいに周囲が囲まれた場所。周りの目を気にしなくて良い最高の場所。
「急にお茶会なんてごめんね」
「いえ……昨日の今日で、驚きはしましたが」
「貴女に伝えたいことがあって、ラメットに無理を言ったんだ」
「伝えたいこと……ですか?」
香高い紅茶を啜り、余韻を楽しむ殿下が、そっとカップを置いた。
「早速、本題に入ろうか。題して、親密度向上のための作戦会議だ」
……ん?
今、なんて仰いました?
違います違います。今日は、日頃の成果を遺憾無く発揮する、淑女のお披露目会なんです。作戦……作戦会議って、何ですか?
「まず、お互いを名前で呼ぶことから始めよう。そして、どうすれば親密度が上がるのかを検討したい」
「……ん?」
「……んんっ、」
「どうした二人とも」
私は口ごもり、ラメットお兄様は咳払いをした。
「……ノア、その作戦とやらは……お前が考えるんじゃないのか?」
"何も考えず、マナーに徹するなんて……無理!"
心の中で呟いてリナの方を見たら、全然違う方を向いて口を押さえてる……! 笑ってる場合じゃないのに!
「いいかい二人とも、この作戦会議は非常に重要だ」
「じゅ、重要……と言いますと?」
「まずは、僕を異性として意識してもらう必要がある。僕は、貴女のペースに合わせて、ステップを踏まねばならない」
最早、独壇場だ。
「僕一人が、あれやこれや考えて実行したとして、フルールは……おっと失礼。いや、もうこの際だからフルールと呼ばせてもらおう。つまり!」
「…………」
「…………」
呆気に取られたまま、隣に座るお兄様を見たけど、その目はだいぶ遠くを見ている気がする。周囲の使用人たちまで、肩を震わせていることに気付いているかしら。
「僕が一人で作戦を練っても、意味がないと気付いた。それに、僕は心配で堪らない」
ついには、立ち上がって演説のようだ。
「他の者が、僕と同じようにフルールを見ている事が堪えられない。この国は、政略結婚という素晴らしい機能を持ち合わせていない。互いが互いを意識し、恋人にならなければ、先には進めないのだ」
「ノア、拳に力が入り過ぎだ」
「これは急務なんだよ、わかるだろ?」
付いていけない私に、追い討ちをかけるように、キラキラした圧の強い瞳が目の前に……!
「今後、僕が目指すゴールは貴方との結婚だ。そこへ向かうまでの過程を話し合い、共に恋愛へと発展させていこうと思う。どうかな?」
どうかなっ……!?
恥ずかしさと困惑と、あと何ですか?
恥ずかしさで、顔が熱い。
結婚とか、恋愛とか……私には縁遠いもののはずなのに。
「わ、私には無理です」
そう口にした、その瞬間——
ひらり、と。指先から、淡い色が零れ落ちた。
それは風に乗って舞い、ゆっくりと地面へ落ちていく。可愛らしい、ピンク色の花びら。
「やっぱり……君が、僕の舞い姫」
足元に落ちた花びらを、ノア殿下がそっと拾う。
逃さない、とでも言うように手を取り――指と指が絡み合う……!
「これで証明できたね。親密度を上げる理由」
そう言って、私に微笑んだ。




