1.可愛いの無駄遣い
幸せが、皆様に届きますように。
眼を開けると、そこには白馬の王子様がいました。
……王子様が言うのです。
「今後、僕が目指すゴールは貴女との結婚だ。そこへ向かうまでの過程を話し合い、貴女の花びらが散らないように、共に頑張ろう」
――と。
いえいえ、私は愛も恋も知りません。
花びらとは、一体なんのことですか?
絵本と違い、現実の王子様はどうやら強引な方のようです。
***
私の暮らす、自然と慈愛に溢れたアグリフォーリオ王国には、幾つかの決まりがある。例えば、領地は均等でなければならない。とか、学園への入学は貴族も平民も同じである。とか、政略的結婚をしてはならない……と言った、普通に暮らしていく上で不都合なものは特にない。
もうすぐ学園の入学が迫る私は、準備も漫ろに庭園の木陰でお昼寝中。
「――何故、君の妹はこんな可愛らしい寝顔を、惜しげもなく晒すような真似を?」
「……晒してはいない、と思うが」
ふと聞こえた声に、寝ぼけ眼を薄ら開けた。
ぼんやり滲む視界の中に、物語に出てくるような顔の整った王子様が私を見つめている、気がした。
まだ夢の中なのかな……なんて瞼を閉じたけど、次に聞こえた現実的な言葉に、一気に目覚めることに。
「王太子がいるなんて、夢にも思わないだろう?」
閉じたはずの瞼を開き、ニコりともしない険しい顔に見つめられる。“王太子“と聞いて、本物の王子様が目の前にいるのかと口を開けてしまった。
「コルザ侯爵令嬢」
「は、はい……」
「君の寝顔をそんな堂々と晒してはダメだ。こんな誰でも見れるような場所で寝顔を晒すなんて、万が一のことがあったらどうするんだ」
「……ぶふっ、真顔で言う台詞かよ」
お兄様が横で、お腹を抱えている。
「あっ、あの……お昼寝しちゃ、ダメなんですか?」
背の高い二人を見上げただけ。
ただ、それだけなのに――
「ラメット!! お前の妹は、他の者にも同じように上目遣いでお願いをするのか!?」
「……はぁ、そんな訳ないだろう。可愛い妹のお願いは、上目遣いでなくとも叶えている」
ラメットお兄様の目が、随分遠くを見ているようで、思わず笑いを堪えようと口を押さえた。
……というか、問題はそこではない。
「ラメットお兄様」
「ん?」
「私は、ここでお昼寝をするのが好きです」
「うん、フルールの好きな場所でお昼寝して良いんだよ。ここに来たノアが悪いんだから」
「ね?」と、お兄様が隣を見た。
「……コルザ侯爵令嬢の寝顔をこうも晒しているとは、可愛いの無駄遣いだ……。し、仕方ない、外でのお昼寝は百歩譲って良いとしよう。その代わり、僕がこうして屋敷を尋ねる際は一緒に過ごし、お茶の席に同席してほしい」
「それは……構いませんが」
可愛いの無駄遣い……とは何でしょう。
「あの……私をご存知なのですか?」
「勿論。ラメットの妹で、名はフルールだ。僕のことも勿論知ってる……よね?」
「……王子……様……?」
目頭を押さえて天を仰ぐ仕草の理由が、私には分からないけど「気にしなくて良い」とラメットお兄様が言うので、しばらくそのままにしておこう。
「いや、すまない……王子様なんて可愛らしく言うもんだから。名乗りもせずにすまなかった。僕の名はノア、君のお兄さんと同級生でね。今日は、その……寄り道でね」
「ノア王太子殿下、ですね」
「……まぁ、今はそれで良いか。僕も名前で呼びたいんだけど……良いかな?」
「はい、構いません」
「それじゃ、フルール嬢。これから僕が来る時は、お茶の席にぜひ同席してほしい」
「私が、ですか?」
「そう。君と一緒にお茶がしたいんだ」
「私で宜しければ。マナーの先生もきっと張り切ると思います」
「一緒に向上していこう」
「もしかして……私のマナーを磨くために、声を掛けて下さったんですか?」
入学前の最終チェック……的な?
「コルザ侯爵令嬢、全くもって違うよ。君のマナーは完璧だと、皆が周知している。君に課せられる課題は、マナーの向上ではなく――」
髪を一房取り、ノア王太子殿下が真っ直ぐ見つめる。
「――僕との、親密度の向上だ」
ふと、何かが頬を掠めた気がして空を見上げたけど、そこには何もない。
あの後、私はどうやって殿下をお見送りしたんでしょう……。
『君に課せられる課題は、マナーの向上ではなく……僕との親密度の向上だ』
親密度の向上――
例えば、お兄様のご学友だから私も仲良くする。
例えば、入学すると学園で会うから。
例えば……他に、思い当たる節はない。
「ねぇ、お父様……」
目の前にいるお父様に、思い切って聞いてみよう。
「どうした。食事があまり進んでないな」
「今日、ノア王太子殿下に会いました」
「聞いてるよ」
「うちに来たら、一緒にお茶して欲しいと言われたんです」
「それが、どうした?」
「……親密度の向上って、何ですか?」
ガシャーン……
お父様の手にあったはずの、フォークとナイフが消えた。ポカーンとした顔で私を見たあと、お兄様たちの方を向いて何か目配せをしている。
「……ラメット、一緒にいたんだよな?」
「はい、いました」
「殿下は……本気か?」
「あの感じだと、本気だと思います」
「……なる……ほど」
替わりのナイフとフォークを無言で受け取って、再びお皿の料理に手を付けた。
「私の可愛いフルール……」
何かボソッと言って、料理を口に運ぶけど、私の欲しい答えは一向に返ってこない。
「マナーのテストだと思って、頑張れば良いよ」
「セレーノお兄様……分かりました。頑張ります」
「困ったことがあったら、僕のところにおいで」
「はいっ」
食事が終わった後、いつもならお兄様たちが先に食堂から出て行くのに、今日は私が一番だった。
***
「はぁ……私の可愛いフルールが……」
「父さん、ノアなら問題ないじゃないか」
父さんは、フルールの事となると人一倍敏感だ。
僕の声なんか、きっと届いちゃいない。
自慢の娘を溺愛し、フルールが邸から一歩でも出ようものなら、もれなく護衛が付いてくる。
「なぁ、セレーノ兄さんもそう思うだろう?」
「そうだね。ノア殿下は、国思いの立派な後継者だと思うよ。ただ……フルールは、まだ入学前だからね。父さんが心配するのも、無理はない」
いつの間にか、幼い僕らの肖像画を手にした父さんが、ポツリと「もし……」と言った。その続きまでの間が、随分長い。
「――恋心を知ったら……」
「「知ったら?」」
結局、歯切れの悪い会話で、解散となった。
父さんが何を言いたかったのか、何を伝えたかったのか。この時の僕らは、知る由もなかった――
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