15.指輪
――放課後。
フルールが一人で帰ったと聞き、胸がざわついた。様子を聞けば、あまり元気がない……と。手遅れになる前に、どうにか彼女と話をしなければ。
待たせた馬車に乗らず、歩いて帰ったと言うフルールを、僕とラメットで探すことに。
広い街を、たった二人で探すのは非効率だ。
「フルールが行きそうな馬車に手掛かりは?」
「ん〜……あ、もしかしたら――」
ラメットに案内された時計塔の下。そこには、青い花びらが一枚……。
「青い花が、落ちた……」
「ノア、フルールを頼んだぞ」
「あぁ。二度と悲しませたりしない」
それだけ言って、僕は落ちてる花びらを一枚ずつ拾いながら階段を上がってきた。それを拾うたび、葛藤したフルールの姿が目に浮かんできた。
もしかしたら、僕の愛しい人とは、永遠に想い合えないかもしれない。初恋は実らない……そんなジンクスだけが胸を締め付けた。
そして――
俯き加減に瞳を閉じるフルールの周りに、深い青の花びらがヒラリと舞った。
「探したよ、フルール」
「どう……して」
諦めを意味する言葉の羅列に、やっぱり……そう思った自分がいたのも確かだ。もう、フルールを……愛しいフルールを諦めるのか――?
「好きだなんて……」
風に乗った小さな声を、僕は拾った。
間違いなんかじゃない。あれが、フルールの本音だと一瞬で気付いた。だって、花びらが止まったから。
「頼むから、もう一度君の口から漏れたその小さな言葉を聞かせてくれ……頼む」
抱えた花びらを全部放って、フルールを抱きしめた。必死にならなければ、この愛しい人はずっと本音を言ってくれない。同じ想いを返してくれない――
「――好きです」
僕は王子で、次期国王だ。
そんな僕が歓喜で泣きそうになるなんて、きっと笑われる。それでも……キスせずには、いられなかった。
驚くことに、散らばった花が色を変え、宙を舞い……まさか僕らの間に大輪が咲くなんて、想像を遥かに超えた。
「……これが、開花」
解読した文献と重なる現象。
もしも、文献通りなら――
「フルール、花の下に手を」
フルールが、花を乗せるように手のひらを広げた。そして、僕も包み込むように重ねる。
「僕と一緒に、花にキス……して欲しいって言ったら、してくれる?」
「……はい。それが、ノア様の願いなら」
「ありがとう。それじゃ、行くよ……」
無言で小さく頷いた僕らは――同時にキスをした。
すると、淡く光ってた大輪の花が枯れ、タネのような形に変化した。そして……種が割れる。
「これは……」
割れた種から出てきたのは、二つの指輪。
まるで、フルールの瞳と僕の瞳が合わさったような、夜明けの輝き。嬉しいはずの変化、なのに――
指輪からフルールに視線を移して、鳥肌が立った。
息を呑んだ僕を、心配そうに見つめる、その瞳が――
「ノア……様……?」
「フルール……」
副作用なのか、一時的はものなのか――
まさか、フルールの瞳まで……指輪と同じ色に変わってしまうのは――予想外だった。
***
今頃ノアは、フルールと話せたかしら?
「本当に、アブリルはノア殿下狙いじゃなかったんだな」
「アルマ……こっちにいる間は、姫様って呼ぶ約束じゃなかった?」
従者の自覚を、少しは持って欲しいんだけど……。
「今は二人しかいないし。留学してくる前に、こっちの王太子と手紙のやり取りしてたじゃん。てっきり狙ってると思ってた」
「……だから何度も言ったわ。私が欲しいのは、ノアでもアグリフォーリオでもないって」
これで……信じてもらえたら嬉しいんだけどね。
「俺、アブリルには幸せになって欲しいって、本気で思ってるよ」
「それは、私が? それとも、私と?」
「なっ……そ、そんなの『アブリルが』に決まってんだろ」
「そっ……。もう、良い」
アルマのバカ。
――――――
そんなの俺だって――
いや。俺は、もう貴族でもなんでもない。姫と従者じゃ、問題外だ。
大昔、貴族だった頃にアブリルと出会い、その後没落した。
地方の商家に、養子になる予定を変えたのがアブリルだった。必死に陛下を説得して、俺を自分の従者にしてなんて……。おかげで、何不自由ない暮らしが出来ているのはアブリルのおかげなのに。俺は、今だに恩返しの一つも出来ていない。
「なぁ、アブリル……」
機嫌を損ねる理由が、もしも俺なら……嬉しいけど、嬉しくない。
俺だって、他に目も行かないくらい、アブリルを見てるよ。だけど、それじゃお前は幸せになれない。いずれどこかに嫁ぐ時、俺はきっと笑って見送れない。
布団に潜り込んで、出てこないアブリルに何て声を掛けようか、いつも悩む。
「今日の晩餐会の支度、してくるからな」
「…………」
陛下に必死になって、留学を決めた本当の理由を……いつか教えてほしい。
素直になれたら……楽なのにな。




