19.知美の仕業とは……
並木知美は子供の頃から霊感が強く、あの世とこの世の狭間を彷徨っている魂が多いことを知っていた。
彼らは生きている大切な人に、思い残しや心配事を抱えたまま、どこにも行けずにいたのである。
生きてさえいれば、やり直せるチャンスもあるが、 死んでしまった魂には、もうどうすることもできない。
幽霊が恐ろしいことや奇跡を起こすというのは、生きている人間の考えだをした嘘っぱちである。彼らは人間よりもっと無能で、臆病なのだ。心配でたまらないのに、何もできない自分を責めながら、ただ見守るだけ。それも永遠に。
何度か死にかけた知美にとって、他人事ではなかった。何とかしてやりたい。いいえ、何とかしなければならない。彼らの苦しみを知っているのは自分だけなのだから。そう思いながら、どうしていいのかわからないままだった。
そんなある日、再び死にそうになった 知美は、三途の川を挟んで、翔太という少年と出会った。
彼もまた、自分の死が両親を苦しめていると悩みながら、ずっと見守ることしかできないでいたのだ。
その少年から、自分の気持ちを両親に伝えて欲しいと頼まれたとき、知美は自分の使命だと感じた。
今度こそ、少年のメッセージをご両親に伝えたい。そこで、思い出したのが、Roman Houseだった。
元々は生きている人の夢を叶えるために考えた劇団だが、Roman Houseで死者の思いを生きている人に伝えようと思いついたのだ。
死者が直接、生きている人に訴えかけることは物語の世界である。かといって、霊能力者が死者の思いを代弁しても、生きている人に信じてもらえる可能性は低いだろう。だから、虚像の世界とわかっているのに、心が揺さぶられるという既成概念を持つ芝居の力を借りて、感情に訴えるのだ。
中にはバカにしたり、怒りだす人もいるに違いない。それでも、生きている人と死者の魂の強いつながりを、知美は信じるしかない。
少年の両親、特に父親はバカバカしいと言いながらも、信じてくれた。それでいいのだ。いや、だからこそ、いいのだ。
生存者が死者の存在を信じてしまったら、それが大事な人であればある程、思い出にどっぷりと浸かり、前へ進めなくなるだろう。
どこか、そんなはずはないと冷静な自分がいて、それでも大好きな死者が心配してくれていたり、幸せに生きて欲しいと願ってくれていると心で感じられたら、人は前進できるんではないかと思う。
以前、友人から、ある映画が自分の人生を大きく変えてくれたと聞いたことがある。大袈裟だと思うかもしれないが、芝居だからこそ気づくこともあるのではないだろうか。
例えば、ドラマで、犯罪歴のある人が真面目に生きていこうと頑張っているのに、近隣から立ち退きを迫られるシーンを観ると、かわいそうに思うこともあるはず。
しかし、現実の生活の中では、人柄や努力は簡単に見えないから不安になるだろう。特に子供のいる家庭では当然だ。
つまり、芝居は嘘ごとだが、現実にはない力があると、知美は信じている。もちろん、それは奇跡に近いだろう。奇跡はほとんど起こらないものではあるが、絶対に起こらないことを奇跡とは言わないはず。
ましてや、生存者や死者の間に強い思いがあれば、奇跡が起こる確率は高くなると思う。
その結果、『天国からのメッセージ』はRoman Houseをやっていくうえで、とても自信になった。と同時に、Roman Houseには重大な問題があることも思い知らされたのだった。
知美は長く生きられないだろうと感じていたから、その後のRoman Houseがどうなるか、心配だった。頼めるのは一人だけだが、愛合に霊感は期待できない。
もし、自分が死んだら、どうやって死者の思いを、生きている愛合に伝えたらいいのだろう。その答えをくれたのも『天国からのメッセージ』だった。
少年の事情を話したとき、愛合は彼が生きているとか幽霊とか関係なく、大好きな姉を助けてくれた命の恩人だと感謝し、何とか恩返しがしたいと頑張ってくれた。
そうだ。愛合は霊感がない分、感情に長けている。心に訴えればきっと、少年のときのようにわかってくれるはずだ、と。
つまり、Roman Houseは知美が死者の苦しい胸の内を愛合の感情に訴え、愛合が生きている関係者に芝居で伝えるという、並木家姉妹の共同作業なのである。
もちろん 、いくら愛合でも、いきなり死者が目の前に現れれば混乱するに違いない。だから、愛合に理解してもらえるよう、生きているうちに時間をかけて準備しておくつもりだっ た。が、その途中、知美は死を覚悟しなければならなくなってしまったのだ 。
18歳、死ぬには若すぎるが、10歳まで生きられないかもしれないと言われていた知美は、今まで生きてこられたことを神様に感謝しながら、正直もう少しだけ時間があると思っていた。
あと1年、せめて半年、Roman Houseを立ち上げ、順調とまではいかなくとも、一応の型を創っておくつもりだったが、知美の時計は予想より早く進み過ぎたようだ。
死ぬ直前、知美がRoman Houseのことを頼んだとき、愛合はまだ何も気づいていなかったに違いない。
愛合がRoman Houseの真の目的に気づいたとき、
「こんなとんでもないことに引きずり込んで」
と自分を恨むかもしれない 。後ろめたくなった知美は、つい言ってしまった。
「メグ、ごめんね、本当にごめん」
しかし、そのときの知美は、愛合ならできる。本当にそう信じていたのだった。
知美がキラキラ輝く三途の川を渡りきると、野間翔太が待っていてくれた。
「オネェちゃん、やっときたね」
「翔太くん、よろしくね」




