20.異世界劇団Roman House
「おネェちゃんがくるまで、ぼく、ちゃんと準備していたんだよ。ついてきて」
そう言った野間翔太は歩きだした。
並木知美は翔太の後ろ姿を追いながら、不思議だった。
「翔太君は生きていたら、わたしより年上なのよねぇ。それに、死者としても大先輩だ。ちょっと変な気持ちだけど……」
と思った途端、知美は天の川の真ん中にある煌びやかな宮殿の一室に立っていた。
一瞬の出来事だった。
それにしても不思議だ、と知美は思った。部屋の中からは天の川も宮殿の全景も見えないのに、なぜ天の川とか宮殿の中だとわかったのだろう?
知美がそう思っていたら、いきなり声が聞こえてきた。
「これはあなたの認識が見せているの」
慌てて周りを見渡すと、ひとりの少女が立っていた。というより、宙に浮いている。何故か、水着姿の上に薄い衣を着た、この世の人とは思えない美少女だった。
瞬間移動で現れたとしか思えない。
「天使だ」
初めて会ったのに、知美はそう閃いた。
その天使が再び話し始める。
「つまり、見た人の認識によって感じ方が違うの。例えば、音だけしか聞こえない人もいれば、姿形しか見えない人もいる。 全く何も感じない人もいるの。しかも、あなたは宮殿に見えているけど、見え方もいろいろよ」
「え……?」
口はまったく動いていないのに、声だけが聞こえる。まるで、腹話術だ、と知美は思った。
「でも……」
「下手な抵抗はやめてちょうだい。時間の無駄でしょ。あなたはもう気づいているはずよ。ここはあの世とこの世の狭間にある、三途の川という名の天の川だって。そしてわたしはあなたがラノベを読んで想像した天使の姿に見えているでしょう」
確かにそうだった。
「あなた、異世界で劇団を作りたいそうね」
「どうしてそれを……」
と知美は思って、直ぐ気づいた。
「天使だからか……」
と思った直後、
「違うわよ」
天使の声が聞こえた。
「あなたの話は野間翔太君からイヤというほど聞かされたのよ。あなたは死者の夢を芝居で叶えてやりたいそうね。だから、あなたを異世界に転移させろって、翔太君が煩くてね。そうしなかったら、自分が子供の頃に死んだ責任をとってって脅すのよ」
知美が翔太を見ると、人差し指と中指と笑顔で、Vサインを送ってきた。
「真面目な話、わたしも応援しているの。だって、ここの死者たちは我が儘な人が多くて、思い残しがあるから生き返らせろとか、お前が責任を取れとか、散々なのよ。天使は神様じゃないっていうの。なんの力もないんだから……。ときには可哀相に思うこともあるけど、謂わば仕事だから依怙贔屓はできないのよ。だから、あなたに期待しているの。もう移転先も劇場件練習場も用意しているから」
天使の声の余韻を耳に残したまま、知美と翔太は海の上にいた。立ったまま、海面の1メートルぐらいに浮いている。
あの天使がふたりを飛ばしたのだろう。
それにしても、せっかちな天使だなぁ、と知美は呆れた。でも翔太君が一緒なら心強いとも。
そのままの格好で、知美と翔太の体が陸にむかって動いていく。
島の様子に気づいて、
「あ……」
と、知美は声を漏らした。
(なによりのプレゼントだ。)
知美が転移した場所は、海辺の街だった。輝く太陽と真っ青な海に浮かぶ島だ。
島に上陸すると、砂場があり、先に大きくない山がある。その山の斜面に段段畑のように家々が建ち並んでいる。まるで、エーゲ海に浮かぶ中世の島のようだ。
知美は小学生まで両親と住んでいた故郷を思い出した。100万ドルの夜景と言われる美しい街だった。
ふるさとと違うところは、 家が石造りになっているところだ。そこもまた、ふるさとと違った異国情緒があって、知美はとても好きになった。
偶然かな? それとも配慮かな?
知美は翔太に訊いてみようかなと思ったが、止めた。知らない方がいいこともあると思ったからだ。
どちらにしてもありがたいんだから、と知美は感謝した。
知美と翔太の体が砂浜に向かって自動的に進んでいく。
砂場に上がると、山の斜面に、石造りの家が横にきれいに並んで建っている。家が5軒並んでは横に上り階段があり、また5軒並んでは横に上り階段があり……を規則正しく繰り返している。家の形は様々だが、色は黄色で統一されていた。
きれいだ、と知美はつぶやいた。
「その言葉はちょっとはやすぎるよ」
翔太はそう言うと、5軒の家と5軒の家の間にある階段を上り始めた。
「どういうこと……?」
知子も翔太を追う。
直ぐに、
「ぅわぁぁぁ、こういうことかぁ……」
と知子は笑顔で言った。
そこは横にちょっとした通りがあり、道上に色んな露店が出ている。その先(斜め上)には、また横に、5軒の家々と階段……が規則正しく並んでいる。二段目の石造りの家々の色はピンク。また統一されている。
「翔太君が言いたかったのは、これかぁ……」
知美が独り言を呟くと、
「おネェちゃん、後ろを見て」
と翔太が促した。
「今度はなに……?」
とふと振り返る知美。思わず、ワァォ、と声が漏れた。
一段目の家々の表側は黄色だったが、その裏側は何とピンクに統一されていた。つまり、二段目の通りはピンクの世界。ということは、と知美がまた階段を上ると、三段目はグリーンの世界だった。しかも、階段から下を見ると、真っ青な海と空が広がっている美しい世界が堪能できる。しかし、階段から一歩通りに入ると、統一された色の世界がきれいだ。知美にとって理想的な世界だった。
翔太の後を追い、小さな山を登り切った知美は、思わず立ち止まった。疲れたからではない。またしても、驚いたからだ。
「劇団Roman House……!?」
確かに、知美が立ち上げた劇団Roman Houseの倉庫がそのままの姿で建っていた。ただ違うのは看板があること。知美が生きていた頃は、まだなかったものだ。
「驚いた?」
と、翔太が嬉しそうに言った。確信している瞳だ。
「うん。わたしの劇団Roman Houseにぴったりよ。翔太君、ありがとう」
「ほくも手伝うからね」
「翔太君が一緒なら鬼に金棒ね」




