16.偏屈大王の正体
並木愛合が姉の知美から木戸浩二を紹介されたのは、もう2年くらい前になる。
「嘘、こんな人がトモちゃんの恋人?」
思わず、愛合は叫んでしまった。
いくら単純な愛合でも、初対面の人にそんなひどいことを言ったりはしない。
よりによって、大好きな姉が偏屈大王を選ぶとは信じられなかったのだ。
大学入試で2浪し、入学してからも当時卒業論文で2度失敗しているからじゃない。お笑い芸人志望だからでもない。
確かに、毒舌で偏屈大王はイヤだが、それも致命的ではない。
とにかく、姉の恋人には似合わないということだ。
「きっと、トモちゃんは騙されているんだ」
愛合はそう思い込むことで、無理やり自分を納得させようとしていた。
しかし、姉はそんなバカではない。それを一番知っているのも自分だ、と愛合はわかっている。
今から考えると、恋人として、姉から誰を紹介されてもイヤだったに違いない。愛合はそう認めた。小姑根性丸出しだ、とも。
最初に、偏屈大王を浪漫座に誘ったのは、姉の知美だった。
「脚本家として、すごい才能の持ち主なのよ」
と、友美は目を輝かせていた。
なのに、姉が死んで、自然消滅のように木戸もやめてしまった。
この浪漫座を継ごうと決めたとき、愛合は真っ先に偏屈大王を引き戻すことにした。
だって、と愛合は自己弁護する。
「トモちゃんは死んだの。もういないのよ。男は過去をいい思い出にしたがるけど、現実問題は別。次の人を探すものよ。トモちゃんのことを忘れるなんて、このあたしが許さない」
姉の恋人と認めない癖に、忘れることも許さないなんて矛盾している、と愛合自身百も承知していた。
「それでも、偏屈大王はこの浪漫座を手伝わなければいけないのだ。偏屈大王の責任なのだから」
それが愛合の“貸し”で、偏屈大王の“借り”というわけだ。
あ、と愛合はやっと、気づきたくないのに悟ってしまった。
やはり、自分の方が“貸し”を押しつけていたのだ、と。
でも、そうするしかないでしょ、と無理に結論を出すのも愛合らしい。
家に戻った愛合は、姉の部屋に入った。母がそのままにしているこの部屋は、雑然とした愛合の部屋と違い、きちんと整理整頓された女性らしい世界だ。
姉の知美はとても優しい女性だったが、強い人でもあった。他人に優しく、自分には厳しい人だった。
だから、この部屋に入ると、愛合は自分の姿が冷静に見えるような気がしてならない。
そのときだった。
愛合の脳裏に、偏屈大王の言葉が蘇った。
「この浪漫座が断っても、依頼人は救われない。トモなら依頼人の問題を解決するために、何かいい方法を考えだそうと、諦めたりしないはずだ」
愛合はやっと認めた。
「木戸さんはあたしなんかより、トモちゃんの深い部分を見つめていたんだ」
やっと、落ち着いた愛合は理解した。
「トモちゃんは人の夢を手助けしたいと言っていた。トモちゃんのことだ。きっと、かなり覚悟していたはず。生きていたら、カズのために必ずいい方法を考えだしたに違いない」
でも、と愛合は急にトーンダウンする。
「自分には無理だ。だって、夢なんてわからないんだもん。親友のカズの依頼だからこそ、なんとしても成功させなきゃいけないと、自分に言い聞かせる度に不安になる。もし失敗したら、と頭の中を過るだけで、怖くて怖くてたまらない。
結局、自分に自信がないから、逃げ出したいんだ。あたしって、ホント、ダメだ。でも、どうしたらいいの?
「あ~、わからないわからないわからない……」
愛合は叫ぶことしかできなかった。
「トモちゃん、どうしたらいいの? 教えて」
いつもなら、そう思っても、
「あ、だめだめ。トモちゃんのためにも頑張らなきゃいけない」
と、自分に発破をかけるところだが、今回は自分の力のなさが悔しいだけだった。自己嫌悪。
「トモちゃん、力を貸して」
愛合はこの期に及んでもまだ、そんなことを祈っている。
そして、最後は、
「バカバカバカ……」
となる。
自分の部屋に戻った愛合は、机の引き出しから姉の知美専用のアルバムを取り出し、 ページを捲っていった。
どの写真も、知美が愛合を見守ってくれているように見える。
やっと、愛合は自分を取り戻した。
「そうだ。姉のトモちゃんが望むのはひとつ。アタシが望むのも同じだ。親友のカズの力になること。どこまでできるか自信ないけど、諦めることだけはしたくない。だってどんなことがあっても、カズとは親友でいたいから」
愛合は心の中で、「カズ」とと呼んでみた。そして、話しかけた。
「こんな弱虫のあたしでごめんね。でも、もう泣き言なんか吐かない。今のあたしにできることは、木戸さんに発破をかけることだけ。こうなれば、鬼にでも何にでもなってやろうじゃないの」
愛合は木戸の携帯に電話した。
「カズの脚本進んでいるんでしょうね。できなかったら本気で上段蹴りよ。いいわね」
しかし、そのときの愛合は、まだ気づいていなかった。
姉の知美の夢であるRoman Houseが、自分をとんでもない世界へと導くことになるなんて……。




