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14.幻の依頼者第1号の夢

 斉藤真紀の自殺説が流れる中、当人の登場によって、Roman(ロマン)Houseハウスの練習場内は騒然となった。と言っても、並木愛合(めぐり)と山根聡のふたりだけだが。

「さ、斉藤真紀さん……?」

 思わず、愛合の口から大声が出た。

 山根が、

「団長、幽霊っすよ幽霊……」

 と怯えた声で呟き、愛合の後ろに隠れた。

 こういうときは、ひとりが狼狽(うろた)えると、残るひとりはしっかりするものなのだろう。

 愛合は、

「あくまでも未遂でしょう」

 と言ってから、反省する。

(自殺説を決めつけていたあたしたちはスキャンダル好きな野次馬かもしれないと。)

 それにしても、と愛合は、彼女が再び来るとは予想外だった。何がどうなっているの? と嫌な予感が走る。

 斉藤真紀は真剣な眼差しを愛合に向けた。

「わたしをアイドルにして!」

「いや、だからね、この前も言ったように、このRoman Houseができるのは芝居仕立てなのよ」

「芝居仕立てだっていいじゃない」

「だって、この前は芝居が何になるって怒ったでしょ!?」

「だから謝ってるじゃない」

(謝ってない謝ってない。)

 と、愛合は心の中で否定し、一体何がどうなっているの? と困惑中である。

 そこへ、山根が割り込んできた。

「30歳にもなってアイドルになんかなれるはずないっしょ」

(これが聡君の言葉……?)

  と愛合は驚くが、直ぐに気づいた。

(あ、そうか。ミュージシャン志望の聡君には、彼なりの哲学があるのだろう。だから、彼女に厳しいに違いない。)

 しかし、斉藤真紀も負けてはいない。

「アイドルに年齢なんか関係ないわ」

 愛合は正直思った。

「それは恋愛でしょ。あたしもアイドルには年齢の限界があるように思うけどなぁ」と。

 勿論、声には出せないけど。

 そのときだった。斉藤真紀が左手で髪をかきあげた。

 あッ、と愛合は気づいた。

 彼女の左手首にしている大き目のリストバンドに。

 もしかして、それって……と、愛合は思った。

 斉藤真紀は更に話す。

「芝居でもいいの。嘘でも幻でもいいの。みんなの前で歌わせて」

 そんな斉藤真紀を見て、愛合は感じた。

 確かに、最初のときの彼女は、「芝居が何になるの?」と激怒した。あの時の彼女は真剣だったはず。でも、今は怒っていない分、もっと真剣なように思えた。この数日の間に何があったのだろう?

 断るのは簡単だし、あの巡査に連絡すれば安心だけど、本当にそれでいいのだろうか? 芝居でもいいからと言ってくれている彼女の夢を、何とかして叶えてやりたい。

 でも、時間がない。人手も足りない。場所や道具もない。ないない尽くしでは、話も進まない。

 愛合がそう思ったときだった。

「メグ……」

 と、 痺れが切れたのか、和子はすでに練習場に入ってきていた。

「今まで暇だったくせに、どうして今日に限って忙しいのよぉッ。目まぐるしくてめまいがしそう」

 と、愛合は心の中でぼやく。

 和子は、そんな愛合の内心に気づいたのだろう。

「ごめんごめん。メグ、そうじゃなくて、メグはやりたいんでしょ……?」

「え……?」

 と愛合の思考が止まった。

「だって、顔に書いてあるもん」

「そりゃ、何とかしたいけど……」

「だったらやろう。わたしも手伝うから」

 和子は、悩んでいる斉藤真希さんのことも、困っている愛合のことも放っておけないのだ。

 いつもそうだった、と愛合は思い出した。

 そんなカズに何度助けてもらったことか。仕切り屋のカズが助けてくれるなら鬼に金棒だ。だからと言って、カズは決して仕切りたがり屋ではない。みんなから頼まれると、イヤと言えない、損な性格なのだ。クラスのみんなは、“ザ、委員長”とか“お母さん”と呼ぶ者もいた。それは嫌味ではなく、頼りがいがあるという意味の愛称だった。

「カズが仕切ってくれるなら鬼に金棒だ」

「メグ、具体的に何をしなきゃいけないの?」

 カズのリーダーシップが懐かしい、と愛合は思った。

「まず場所。ステージを決めなきゃ」

「ここじゃダメなの? ステージもあるし……」

「すこし狭いけど仕方ないか。 大丈夫」

「カラオケとマイクもいるんじゃない?」

「そうそう。それにペンライトやタオルも必要ね」

 和子の助言のお陰で、アイデアがスラスラと出てくる。

「観客はどうするの?」

「あ、そうだった」

 一気に、愛合のテンションが下がった。それが一番の難問だ、と。

「いつもは聡君に集めてもらうんだけど……。

 2人の会話は聞こえてるはずだが、山根は露骨に無視した。斉藤真希さんの依頼を夢と認めたくないのだろう。

 愛合が山根の事情を話すと、和子は彼の方に歩いていく。少し緊張している山根の前に立つと、和子は話し始めた。

「夢って他人と比べられるものなのかな?」

 和子の常套手段だ。

「例えば、“素敵なお母さんになりたい”という夢は、“総理大臣になりたい”という夢より下なの? だったら、あなたの夢は、“総理大臣になりたい”より素晴らしいの? ダメなの?」

 少し考えて、山根も仕方ないなぁと諦めムードになった。

「わかったっすよ。人を集めればいいっしょ」

 と、言い終える前からメールを叩いている。

 そりぁぁね、夢に上も下もないもんね、と愛合は納得した。

 さすが仕切り屋のカズだ、と感心もした。

「メグ、時間ないんでしょ」

 あ、そうだったと、愛合は気持ちを引き締める。

 思い出してみると、愛合はいつもそうだった。すぐ成功した気分になって、最後の爪が甘くなるのだ。いつも、そんな愛合を、和子がフォローしてくれた。

 そうでなくても、約1名じゃない、絶対1名、役に立たない団員がいるから、急がないといけないのだ。その1名は当然、あの偏屈大王だ。

 結局、和子と山根、そして駆けつけてくれた後輩たちによって、練習場をライブ会場風に模様替えした。最終的には30人ぐらいの男子学生が集まってくれた。

 ステージにスポットライトが当たり、いよいよ斉藤真希さんのライブが始まった。

 彼女はカラオケに乗って歌い始めた。

 ん……? 

 と愛合が頭を捻った。そして、独り言を呟く。

「さっきの発声練習では、なかなか本格的だなぁと思ったのに、今はわざと下手に歌っているようにしか思えないんだけど、どうして? それに、小さい頃からバレーも習っていると言ってた割に、ステップも手の振りもぎこちないなんて……」

 すると、隣に立っていた山根が、

「アイドルなんてそんなもんっすよ」

 とあっさりと言い捨てた。

 どうやら、山根にとってアイドルは目の上のたんこぶらしい。

 それでも、斉藤真希は男子学生たちから、「マァキちゃぁぁぁん」などと声をかけられ、笑顔で手を振りながら歌っている。

 歌が得意でない愛合には、その快感がわからない。それでも斉藤真希が楽しそうなのだけはわかった。

 彼女は曲と曲と間に、自分で考えたMCも入れていた。多分、子供の頃からずっと考え、想像していたのだろう。いくらでも話せる。そんな感じだった。

 それでも、小一時間のライブも終了し、斉藤真紀さんが話してくれた。

「この手首の傷、本当に怪我だったのよ。だって、自殺するなんて勇気ないもん」

 愛合は本当に良かったと安心した。と同時に、和子に感謝した。

 流石が、しっかり者で仕切り屋のカズだ、と。

 気を良くした斉藤真希も片付けを手伝うと言ってくれた。あとは山根とみんなに任せて、愛合は和子と事務室に入った。

「ねぇ、カズ、さっき言いかけたのは何?」

「え……? あ、うん……」

 愛合は不思議に思った。

「いつものカズらしくない。どうしたんだろう?」

 それでも、「気のせい気のせい」で片づけるのが愛合だ。

「ま、ゆっくり話そう」

 そのときの愛合はまだ気づいていなかった。

 和子にあんな深い悩みがあったなんて……。


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