13.幻の依頼者第1号
並木愛合は劇団Roman Houseの事務室で、近田和子とテーブルを挟んで向かい合っていた。1ヶ月ぶりの親友との再会だ。
なのに、偏屈大王の劇団員の木戸が和子に絡みだしたから、愛合は爆発寸前。
それでも、和子は、
「メグ、大変そうね」
と愛合に微笑んだ。
流石だ、と愛合は感服した。
10歳のときに母をなくした長女の和子は、母親代わりとして幼い妹弟を育て上げた、しっかり者だった。
さあ、これから懐かしい話に花を咲かせるぞぉ、と愛合が意気込んだ時だった。
「団長ぉ……」
と山根聡の声が聞こえた。
(うるさいなぁ。これからが楽しみなんだから……。)
と愛合が無視すると、再び、
「団長ぉぉぉ……」
と、今度は山根の切羽詰まった声が聞こえてきた。
和子も気づいたようだ。
「団長さん、ほら呼んでるわよ。行った行った」
「ごめんね。すぐ戻るから」
仕方ないな、と立ち上がった 愛合はドアを開け、練習場に入った。
「どうしたのよ? 今大事な話を…… 」
と言いかけたまま、愛合は次の言葉を飲み込んだ。何故なら、若い巡査が立っていたからだ。
(あ、もしかして、木戸さんが怪しい人と疑われたのかも……)
そう察した愛合は、つい当人を見てしまった。単純な愛合の思考など簡単に読まれたようで、木戸が、フンとソッポを向いた。
二人の攻防戦のことなど露知らず、
「あなたが責任者の方ですか?」
早速、巡査が要件を切り出した。
「あ、はい。団長の並木愛合と言います」
と、愛合は少し緊張気味の声になった。
「ここはどんな劇団なんですか?」
予め用意していた台詞なのだろう。巡査が口にした。
(この種の質問が一番難しい)
愛合が悩んでいると、横から山根が助け舟を出してくれる。
「お客さんの夢を芝居仕立てで叶えてやるッすよ」
「……夢を芝居仕立てで叶える、ですかぁ……?」
若い巡査も半信半疑のようだ。
それも仕方ないよね。あたしだってはっきり説明する自信ないもん。
と愛合は心の中で共感した。
巡査も諦めたのだろう。
「ところで、斉藤真希さんをご存知ですか?」
「斉藤真希さん、ですか......? 誰だっけぇ……?」
愛合は思い出そうとして、直ぐに投げだした。
そこへ 、山根が再び助け舟を出す。
「ほら、30歳なのにアイドルになりたいってたき……」
「えぇ? あの人、斉藤真紀って言うんだったっけ ……? 顔と依頼の内容ははっきり覚えているけど、名前の方はちょっとねぇ……というより、そんな名前じゃなかったような……あ、そうだ。十条真紀さんじゃなかった?」
「あれは芸名っすよ。本名は斉藤真希。団長、依頼書読んでないっしょ。しっかりしてくださいっすよぉ」
「悪かったわね!」
と愛合は山根を威圧する。
冗談のような2人の会話に焦れたのか、
「で、彼女はどういう用件で来たんですか?」
と巡査が話を進める。
愛合は何故か思い出したくないようだが、仕方なく記憶を辿る。
斉藤真希はチラシの中の『芝居仕立てで叶えます』という箇所を読み飛ばし、『あなたの夢を叶えます』という謳い文句だけを信じてやってきたようだった。だから、サクラのファンを集めて、歌のライブをするという愛合の提案を聞いて、最初驚いていた。どうやら、どこかのプロダクションに推薦してもらえると思っていたらしい。
「この劇団にできることは芝居 仕立てなの」
と愛合が説明すると、彼女は急に怒りだした。
「芝居で夢を叶えて何になるのよ。そんなの、夢を叶えたって言えないでしょ。わたしは真剣なのよ。バカにしないで!」
と怒鳴って帰っていった、幻の依頼者第1号だった。
愛合がそう説明すると、巡査は、
「そうですかぁ……」
と呟きながら、手帳になにか書き込んでいた。
「そうか、彼女のことできたのか。でも、どうして……?」
と愛合には疑問が残った。
そこへ、割って入ってきたのが、例のごとく木戸だ。
トラブルセンサーでも持っているのか、と言いたいくらいだ。
「自殺でもしたのか?」
また、わけのわからないことを、と愛合は内心で毒づく。
「そうと決まったわけじゃありませんから……あ……」
と、巡査は、しまった、という顔をした。
「えぇぇぇ? ……ということはそうかもしれないってこと?」
と愛合の思考回路でも理解できた。
「この劇団が悪質な宗教団体か何かで、彼女を事件に巻き込んだのではないかと睨んでやってきたというわけだな」
「木戸さん、なにバカなこと言ってるのよ」
「いえ、そんなことはありません。ただ彼女のことがなにかわかればと思っただけですから」
(この巡査はまだ慣れていないのだろうなぁ。鈍感なあたしでも嘘だとわかる。)
愛合はそう思った。
更に、木戸が煽る。
「ま、実際ここは変な宗教団体より悪質だからな。安い給料でこき使うブラック劇団だし、詐欺まがいのことをしているし……」
「本当ですか?」
と巡査がのってきた。
「だから、素直すぎるって」
と、愛合は思いながらも口には出さない。口に出すと、木戸が調子に乗るからだ。結果、収拾がつかなくなることは火を見るより明らかだった。
巡査が突っ込まないから、木戸は更に絡む。
「よってらっしゃい見てらっしゃい。詐欺のバーゲンセールだよ。よ、そこの兄ちゃん、詐欺ひとつどうだい?」
愛合は、
「公務執行妨害で逮捕して欲しいくらいよ。まったく……」
と言いたいが、やはりぐっと我慢する。
「すいません。この人お笑い芸人志望だったので」
と笑ってごまかすしかなかった。巡査もやっと木戸の性格がわかったのだろう。
「では、なにかありましたら 、ここへ電話ください」
とメモを渡し、 逃げるように帰っていった。
愛合は、
「木戸さん、よくも……」
と言いかけて、「あ、いけない」と気づいた。
和子が、何事かと心配そうに、ドアの隙間から顔を出していたからだ。
愛合は慌てて事務室に駆け込んだ。
「カズ、ごめんごめん。変なことになっちゃって……」
「ううん、全然……。でも大変そうね」
と、和子が同情的に微笑んだ。
やっぱり、わかってくれるのはトモだけだ、とばかりに、愛合は、
「そうなのよね。偏屈な団員に振り回されて大変なのよ。だからカズの家にも遊びにいけないってわけ。本当に困ってるのよねぇ」
と愚痴をこぼす。自分が嫌がる木戸を引き入れたことなどすっかり忘れて……。
「で、カズ、今日はなにか用があったんでしょ!?」
「あ、う、うん……実はね……」
「ん……?」
と、愛合は和子の様子を見て、再び不思議に思った。
和子らしくない。いつもはしっかり者で、はっきり自分の意見を述べるカズなのに……。
「でも、少し疲れているだけだよね」
と、愛合が暢気に考えているときだった。
突然、ドアが乱暴に開けられ、再び、山根が入ってきた。
「団長、大変す」
「お客さんに失礼でしょう。こっちは……」
と愛合が言い終わらないうちに、山根が、早く早く、と愛合の腕を引っ張っていく。
「いい加減にしてよ。今大事なお客さんと……」
そこまで言ったところで、愛合はやっと練習場の入り口付近に立っている人影に気づいた。
「さ、斉藤真希さん……?」




