12.新劇団員たち登場
並木愛合は劇団 『Roman House』の事務室で、親友の近田和子と雑談中だった。
「ミカもショウタも、メグちゃんはいつ来るのって寂しがっていたわよ」
和子には妹と弟がいた。ミカ12歳と翔太10歳。3年前から知っている可愛い2人は、愛合のお気に入りだった。だから、よく遊びにいっては姉気分を味合わせてもらったものだ。特に出会った頃のミカはおませな年頃で、
「失礼しちゃうわ。わたしはもう子供じゃないのよ。お姉さんよ、も!」
が口癖。その怒ったような表情が可愛くて、よく
「子供のくせに……」
とからかったものだ。
「カズもすっかりお姉さんしてるんだなぁ」
なんて感心したっけ、と愛合はよく思い出す。
そのときだった。
やっと、劇団員たちが来たのだろう。隣の練習場から騒ぎ声が聞こえてきた。 薄いドアで仕切られているだけだから、丸聞こえだ。
「うるさいなぁ。こっちは接客中なのよ、もっ」
と愛合は心中で叫ぶ。
その騒ぎの発端はやはり脚本担当の木戸浩二だ。
「フン、夢夢って、まるで夢のバーゲンセールだな、まったくよ」
愛合の悪口を言っているらしい。いつも、 木戸の声は意味もなくデカい。
そこで、音楽担当の山根聡が突っ込む。それがいつものパターン。
「夢のバーゲンセール? なんっすか、それ?」
「聡君、突っ込んじゃダメ。木戸さんはすぐ調子に乗るから」
と愛合は心中で念仏を唱えるように呟く。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい。夢のバーゲンセールだよ。安いよ安いよ-てか? フン、バカバカしい」
やはり、こうなるのだ。
愛合も木戸の偏屈さには慣れているつもりだが、今回ばかりは許せない。親友との貴重な時間を邪魔されてたまるか。
勢いよくドアを開けた愛合は、木戸を睨みつけた。
「 ちょっと静かにしてよ。お客さんがいるんだから」
それだけ言い残し、またドアを閉めた愛合は、和子に、
「ごめんね」
と微笑んでみせた。
勘のいい和子は察したらしく、笑顔で頷いている。
「大変そうね」
「ほんと、困っているのよね。偏屈な団員に振り回されてさ。だからカズの家にも遊びに行けないってわけ」
愛合がそんな言い訳をしていると、木戸がノックもなしにドアを開け入ってきた。かと思うと、愛合には目もくれず、和子の前に立った。
愛合の脳裏に嫌な予感が走る。
「よっ、そこの姉ちゃん、夢ひとつどうだい?」
「ね、姉ちゃん……?」
愛合は思わず頭の中で繰り返す。木戸の意図がわからないのだ。
「また、わけのわからないことを……」
愛合は非難するが、調子に乗った木戸は手に持っている練習用の台本を丸め、テーブルをリズムよく叩きはじめた。 パパンパンパンと。
そして、和子相手に口上を垂れる。
「夢のバーゲンセールだよぉ。安いよ安いよぉぉぉ。よ、そこのねぇちゃん、夢ひとつどうだい? 千円だ。高いだと? しょうがねえ、三つで百円だ。まだ、だめか。え~い、めんどくせーっ。只だ只、持ってけ泥棒ぉってか」
アハハハハ、と木戸はひとり、上機嫌だ。
木戸浩二は26歳の大学4回生。お笑い芸人を目指していた。
芸名は、“なんじゃもんじゃ・そんなもんじゃ・どんなもんじゃ・長すぎじゃ・木戸”という。毒舌でアクの強い路線。
しかし、諦めた。お笑い芸人としては多少なりとも面白かったが、実生活となるとただの変態だ。
木戸をこのRoman Houseに引き入れたのは、他の誰でもない。愛合自身だった。
木戸は、絶対嫌だと断ったが、愛合には貸しがあった。それも絶対的に大きな貸しが。そのことを理由に、無理やり引き込んだ。
愛合にはそんなつもりはないが、木戸はそう思っているらしい。愛合が“貸し”と思う以上に、木戸の“借り”という意識の方が強いのだろう。
だから、木戸は愛合のことを疫病神と呼んでいるのだった。
「木戸さん、失礼でしょ。ホント、偏屈大王なんだから」
と、愛合もお返しの嫌味を忘れない。
所謂、似た者同士である。当人たちは認めないが。
フ~ン? と木戸は刑事のように、愛合の顔を覗き込んだ。
「何が言いたいのよ? どうせまた口癖の、“こんなことして何になる”でしょ」
木戸はわざと大袈裟に愛合を無視し、また和子に絡みだす。
「騙されちゃいけませんぜ、お嬢さん。夢は麻薬と同じだ。人に幻想を見せる。今日も夢中毒症の男がここ、Roman Houseを訪れ、夢を実現させて帰っていった」
「一体、誰のことよ。今日はカズ以外誰も来てないでしょ」
愛合にとって、木戸から絡まれるのは迷惑千万だが、無視されるのも腹が立つ。ましてや、親友に絡むなど耐えられないのだ。
だが、それがわかっていて、わざと行動に移すのが木戸である。
「しかし、それはあくまでも芝居。嘘事に過ぎない。なのに、誰一人として、そのことに触れようとはしなかった。まるで、無理やり辛い現実から目を背けるかのように。夢が幻想なら、このRoman Houseは詐欺だ。騙されちゃいけねぇ。悪いことは言わないから、早く帰んな、お嬢さん、てな。アハハハハ……」
愛合が爆発寸前のときだった。
音楽担当の山根聡が意気揚々と入ってきた。木戸のことになると、突っ込みを入れなければ気が済まないのだ。
「お客さん、この人、木戸さんって言うんすけどね、チョ-変態だから気にしないほうがいいっすよ。チョ-いいっすよ」
山根聡は18歳で、今年大学に入学したばかり。法学部なのにミュージシャンを目指しているらしい。
大学ではたくさんのサークルに所属していて、その中でも演劇部や自主映画サークル、音楽サークルなどの学生たちが 、 打ち上げのお礼で、Roman Houseの芝居に協力してくれているから重宝している。
今度は、木戸が山根にちょっかいを出すのも、いつものパターン。
「アチョッ、アチョッ、チョ-チョ-チョ-」
と、山根に向かって、カンフーの真似をする。
呆れる愛合。木戸とは数年前からの腐れ縁だが、愛合は未だに理解不能である。
山根聡もそのようだ。
「木戸さん、何の真似っすか? あっ、やっぱ、狂ったっすね。ソースソース」
「今時、チョ-とかソースとか、古~い若者言葉にこだわってよ。大体、醤油はどうしたんだ? 醤油は。ソースだけじゃ醤油が可哀想だろ」
木戸浩二と山根聡は犬猿の仲なのである。
「聡、お前の若者言葉、チョ-無理やりっす~」
と、偏屈大王が茶化すと、
「木戸さんこそ、チョ-変態っす~」
山根聡も応戦する。
もう、限界だ、と愛合が立ち上がった。
「今、接客中だってこと、上段蹴りでわからせてやりましょうかッ」
最終的にはいつも、空手の黒帯が役に立つ。
木戸浩二と山根聡は、互いにぶつぶつ文句を言い合いながら、練習場に戻っていった。
愛合は一度、木戸に聞いてみたいと思っている。どうして、このRoman Houseをそんなにバカにするのかと……。
「だって、トモちゃんの夢なのに……」
愛合は視線で、木戸に問いかけた。




