11.劇団 『Roman House』始動
遂に、並木愛合は劇団 『Roman House』を立ち上げた。
芝居人は演劇論をぶつけ合って暑苦しいという人もいるが、愛合はこの情熱が大好きだ。
劇場兼練習場の建物は、並木家の父が知り合いから古い倉庫を激安で借りてくれた。
広い倉庫を劇場兼練習場に使い、その奥にある二部屋の内の一部屋を事務室に、もう一部屋を編集室に使用している。
劇団『Roman House』の活動内容は、芝居の練習をしながら公演を打ったり、自主映画を作成し、上映会を開催していく予定。
芝居の内容は、普通の劇団のように一方的に作った演劇をみせるというものではない。Roman Houseの売りは、客の依頼による叶えたい夢を、素敵な脚本と音楽で芝居や映像にすること。場合によっては、依頼者自身の出演もOK。
実を言うと、死んだ姉の夢を引き継いだばかりだから、愛合自身あまりイメージができていない。
例えば、アイドルになりたいが、なかなか実現できない人は多いと思う。そんな人のために、努力して成功するという物語を観せて、希望を感じさせる。
愛合は、そういうことだと思っている。
依頼人からの報酬は、費用分に当たるチケットを買ってもらう。他の客と一緒に観ることになるが、もし一人で観たければ、その回の全チケットを買い占めてもらうことになる。小さなアマチュア劇団だから、そんなに高くはないはず、と愛合は考えていた。
それに、差し入れは断らないし、できたらファンクラブぐらい作ってくれるといいな、とも。
今のところ、正式な劇団員は愛合を含め3名。脚本担当の木戸浩二は4回生の26歳で、音楽担当の山根聡は今年入学したばかりのピカピカの? 新入生の18歳。2人は役者も兼ねている。基本的にはアマチュア劇団だが、木戸と山根はアルバイトになる。
確かに金銭面の問題は難問だが、素敵な脚本と音楽はこのRoman Houseの売りだ。絶対にオリジナルでなければならないというのが、愛合の持論である。
都合に合わせ、知り合いの劇団に客演依頼の話もしているし、新劇団員の募集もかけているところ。
当面の資金は並木家のボスである父が出すと言ってくれた。夢など持ったこともない愛合が、死んだ姉の夢を叶えようとしているのだ。2倍嬉しいに違いない。などと、愛合は一旦考えるが、直ぐに否定する。
「威張って言えることではない。またしても他力本願だ」と。
このままでは肩身が狭い、と愛合も感じている。だからこそ、しっかり成功させて、姉や両親を安心させたいと思っているものの、世の中はそう甘くないと痛感せざるを得ない。
♢ ♢ ♢ ♢
劇団を立ち上げて1ヶ月が過ぎようとしているのに、客どころか、問い合わせの電話さえない。
「よし、こうなったらなり振り構っていられない。木戸さんと聡君が来たら、発破をかけてビラ配りでもさせるか」
と、愛合が独り言を口にしたときだった。
愛合にとって嬉しい客が練習場を訪ねてきてくれた。Roman Houseの依頼人ではなく、愛合の客だ。
「メグは忙しいから、あたしが来るしかないでしょ」
いつもの笑顔のように思えた。実際に顔を見るのは1ヶ月ぶりなのに、1年以上も会っていない気がするのは、それほどしょっちゅう会っていたってことか、と愛合は今更ながら感心した。
近田和子とは高校時代からの親友だ。
「ごめんごめん」
愛合が謝ると、
「嘘よ。近くまで来たから寄っただけ。劇団始めたばかりで忙しいんでしょう!? どう、順調?」
と和子が訊いてきた。
「忙しくはないのよ。ただ、気苦労が絶えないだけでね」
和子もいろいろと忙しいからと聞いていたから、練習場に来たのは初めてのことだった。
「事務室でゆっくり話そう」
愛合が提案すると、和子は笑顔で頷いた。
♢ ♢ ♢ ♢
事務室に入った愛合は、和子に椅子を勧め、コーヒーを淹れはじめた。
ふと、愛合が振り向くと、和子が壁に貼った劇団のポスターを見ていた。
愛合が素早く補足する。
「それは我が劇団のモットーなのよ。あなたの夢を叶えます。あなたのロマンを支えます。 あなたのRoman Houseでありたいと思っているの。そのお客さんの夢やロマンを素敵なストーリーと音楽で、芝居仕立てで実現させてやるのが、このRoman House。確かに、現実ではない。たかが芝居、一時の幻かもしれない。でも、考えてみてよ。他人に夢を叶えてもらったとしても、その夢はそこで終わりってことでしょ。人は明日を生きる希望につながるような夢を見たいと思っているはず。例えば富豪になったと喜んだのに、一瞬で間違いでした、では悲し過ぎる。そのためのお膳立てはするけど、最後は自分で叶えなきゃ。明日のためにね。それが、Roman Houseの夢。だから、芝居なの」
これは愛合が考えたことではない。そんな才能がないことは、愛合自身が一番わかっている。全部、友美の受け売りだ。
「先日もね、ここRoman Houseで夢を叶えた老夫婦から、お礼状をもらったのよ。詳しい話はできないけど、その手紙には、確かに芝居だけど、奇跡のようだったって書いてあったの。だから、わたしたちは、“素敵な嘘のつき方を教えます”と言ってるんだけどね」
これも姉の受け売りだ。
説明しながら、愛合は、
「やっぱり、トモちゃんはすごい」と感心せざるを得なかった。
「大したことじゃないのかもしれないけど、あのとき、わたしは感動で涙が止まらなかったんだ」
これは愛合の本心。『天国からのメッセージ』を思い出すと、今でもいろんな意味で、感情が込み上げてくるからだ。
「あ、いけない。コーヒー冷めちゃうね」
愛合はテーブルの上に、2個のコーヒーカップを置き、自分も椅子に座った。
それでさ、と愛合は切り出した。
「伯母さん、大丈夫なの?」
中学生のときに母親を亡くした和子にとって、伯母さんは母親代わりだった。その伯母さんが体調を崩し、和子が自ら看病をすることにしたのだ
「あ、う、うん……」
愛合は和子の歯切れの悪さが気になって仕方なかった。
(いつもテキパキしているのに、こんな和子を見るのは初めてだ。もしかして、伯母さんの身になにか悪いことがあったのだろうか?)
愛合はその悪いイメージを払拭できないでいた。




