彼女達の事情(その四)
ここはキッチン……フライパンの上では肉汁たっぷりのビーフハンバーグが音をたてて焼かれ、そこから何とも言えないジューシーな匂いがリビングキッチンいっぱいに広がっている。
私はまな板の前に立ち、慣れた手付きでサラダを作りボールに盛り付けながら、目の前で起こっている事に笑みをうかべる。
無理もない、珍しい事もあるもので、普段ならばこの時間もまだテレビにかじりついているはずの真弓が、かいがいしく皿やコップをテーブルに運び並べている。
しかし、その理由は実に簡単、ハンバーグは彼女の好物ベストファイブにはいる代物……ちなみにランキングを言えば、一位ステーキ、二位焼肉、三位肉の唐揚げ、四位すき焼き、五位ハンバーグ、と並び正に肉尽くしである。
珍しくかいがいしく手伝う真弓の姿に、お父さんは、ご褒美だと何も言わず冷蔵庫からチーズを取り出すと、それを彼女のハンバーグにのせた……と同時に広がるチーズの焼けて焦げるこうばしい匂い……と、それに答えるかのように、真弓から『ゴクリ』と唾を飲む音と、腹の虫のハーモニーが聞こえ、家族の視線が注がれ、彼女が照れ笑いをすると、つられて、そこにいる皆も笑ってしまう。
そうして和やかな雰囲気の中、テーブルの上には四人分の料理と、一人分の空の食器が並べられ、私と真弓は横並び、いつも通り食卓をはさみ、お父さんと向かい合うようにして椅子(定位置)にゆったりと腰を下ろす。
私はふと、お父さんの隣に有る空の皿に目をやり、心配そうな顔でたずねた。
「母さんは?」
「ああ、母さんか……すまない。むごすぎて、わしの口からはとても言えん」
言葉を詰まらせて視線をそらし、表情を曇らせるお父さんと、次第に重たくなる空気に、私は黙り込んでしまった……その時。
「ははは!」
突如、甲高い笑い声が部屋中に響いた、瞬間『はっ』と我にかえった私は、すぐさま声のした方に目を向けると、リビング入り口の柱にもたれるようにして、褐色の肌に長い銀髪をした長身の女性が、腹を抱えて笑っている。
しかし、なんとも露出度の高い奇抜な服装をしている、へそや太もも等が丸見えだ。
ひとしきり笑った彼女は、息をととのえるなり、赤い瞳を三人に向け、その豊かな胸を揺らしながら食卓へと近付いて来た……真弓のお姉さん?
いや違う!
「ママ、おかえりなさい」
そう彼女こそ真弓の母であり、魔族サキュバスのサラ(自称二十歳)そのひとだ。
「ただいま真弓、しかし酷い事とは上手いこと言うね、流石はあたいの旦那だよ。うん、確かにあれは酷い!」
その言葉に再び私の表情が曇りだすと……それを察したのか、サラはすかさず言葉を続ける
「心配しないで、ちゃんと帰ってるから……ただすねて部屋に結界はって、引きこもってるだけから」
(あのいつも笑顔を絶やさぬ母さんが、結界をはるほど落ち込み部屋に閉じ籠るだなんて、きっとよほどの理由が)
優子は決心したように、サラの前に一歩踏み出し彼女を見る
「サラおばさん」
「おば!」目を丸くして私を睨み返すサラ
「サラ姐さん」
慌て言い直した優子にサラは「よし!」と頷く
「サラ姐さん教えて下さい、どうして母さんは部屋に閉じ籠っているのですか?」
「知りたい?」
笑みを浮かべフレンドリーに接してくるサラが、私に安心感を与えかけた時だ。
「ええ、でもその前に」きびすを返した様にサラの目付きがきつくなる「何があっても、とりみだす事なくありのままを素直に受け止めると約束出来る?」
奈落の炎をやどしたような赤い瞳と視線に魅入られてもなおひるむ事なくサラの目をじっと見てハッキリ「はい」と答える私に、彼女は微笑んだ
「ふっ、その純粋な瞳、流石はアプロディーテの(女神直系の)娘ね……良いわ教えたげる……実はね昼前にあのこ、かるくウェーブをかけようと床屋に行ったんだけど、店の手違いで、おばさんパーマにさてたんだってさ」
美の三大女神に、おばさんパーマなど似合う訳がない、少し考えれば分かる事だろう……しかし、これを記に新しい美の世界がひろがるかもしれない(そんなイタイ美の世界、広がってほしくない)
あっけらかんと打ち明けられた予想外の真実に、家族一の才女である優子もこれにはどう言葉を返す事が出来ず、視線をそらし『ううう』と息を漏らすしかなかった。
「ふふっ……過ぎた事は仕方ないって事で、わざわざ魔界から解決策を買ってきてあげたの」
『してやったり』と得意げに笑みを浮かべたサラは、夕食の並ぶ食卓中央に一本のヘアスプレーを音を立てて置いた。当然、全員の視線が注がそれに注がれ……第一声。
「こっ、これはあの有名な」
「流石は真弓、知ってんやね」
「もちろん、でも」
周囲をおいて盛り上がってる二人。
そこに興味本位で真弓へ遠慮がちに質問をする
「これって、本当にヘアスプレーなの? 怒ってる狼の絵が描かれているけど」
「うん、狼男の寝癖も一発で直るって超強力なヘアスプレーなんだけど……ただ魔界限定販売だから、天界の、しかも女神の髪に効くかどうか……悪影響が無きゃいいけど」
指をもじもじと絡ませ、ぎこちない苦笑いをしながら、視線をそらす真弓
(たしかに)
私は、そばで申し訳なさそうにうつむく真弓の肩を優しく撫でながら、再びサラを見る
「母さんの部屋まで私が持っていきますけど……本当に大丈夫なんですよね?」
「多分大丈夫、と思う……以前からいろいろ試してるし」
「いろいろって?」
「まあ、いろいろよ」
気まずそうに、人差し指でぽりぽりと頬をかきだし宙を見るサラ
まったくこの母娘は……呆れあきらめた様にため息を漏らした
「とりあえず持っていきますね」
とテーブルのヘアスプレーを手に一路、母さんの部屋へと足を運んだ。
……流石は女神が施した、といわんばかりの分厚く強力な、高位の結界がはられているためか部屋の扉が白く濁りゆがんで見える。
(これで今日何度目のため息だろう)と、私はため息を漏らし、扉の向こうに居るお母さんに聞こえる大き目な声で
「母さん、お願いだから元気を出して出てきてください……出てきてくれたなら、昨日人間界で買ってきた苺ショートケーキあげますから、だから」
「ほんと?」
私の母さん、アプロディーテは天界一と噂されるほどのたぐいまれなる美貌と気高さをもち、ビーナスに次ぐ美の三大女神の地位に就き、人間界の統治にも一役かっている、しかしその実、否、その重圧、重責ゆえの反動からか、家庭内での彼女はとても甘えん坊で、お菓子好きと、まるで子供のような幼さを感じさせる……だが視点を変えると、そこが彼女の隠れた魅力ともいえる。
心中で予想していた通り、即答する母さんに、私はここぞとたたみ掛ける。
「はいもちろん……おまけにさくらんぼも付けます」
だめおし「さくらんぼ」の一言に強力な結界はあっけなく消え去り……ドアがすこし開き、そこからおずおずと、アプロディーテが顔をのぞかせた
「母さん……ぷっ」
母さんが機嫌を取り戻してくれた嬉しさに、気がゆるんだ私は……そのマリモを思わせる見事なアフロへアーを揺らし笑みを浮かべる母さんを直視し……思わず噴き出してしまった。
「うう……」
娘に笑われ、一瞬で涙目になった母は再び閉じこもった……しかしまだ、ショートケーキにさくらんぼ、が効いているのか結界まではられてはいない……付け入る隙は有ると私はすぐにきりかえす。
「笑ったりしてごめんなさい……そういえばサラおばさんが、その髪形を直すいいものを買ってきてくれたから」
「サラおばさん。 姐さんじゃなくて?」
「そうサラおばさん」
「それ……ドアの前に置いて行って……すぐ行くから」
「はい、では台所で待ってますね」
台所の戻った私に、腕組をしているサラが、ひきつった笑顔で「おばさん……ね」と不機嫌そうに声を掛けてきた……相変わらずの地獄耳
「……」
母さんの機嫌をとるため、とはいえまずい事を言ったと口をつぐみ視線をそらす優子に、周囲を見渡した笑みを浮かべたサラが
「ま、あたい以外笑顔になったんだ、良しとする……内心あたいも笑顔だけどね」
そう空気と私の表情が和んだところに、髪形を直したアプロディーテが現れ軽く一礼
「みんな、心配を掛けてごめんね」そう言いながら椅子に座ると手を合わせ「それでは食事を始めましょう」と仕切るように事を進める
食事中、箸をとめたサラが、興味津々な表情をして、優子に話しかけてきた。
「真弓から聞いたんだけど、愛しの太郎君と会ったんだって? どうだった?」
「はい、思ったとおり優しい人でした」
その時、ここぞとばかり真弓が立ち上がり口を挟む
「そこでママ達にお願いがだけど、あたし達を太郎君の居る、メリヤス高校に転校させてくれないかな?」
と、さっきお風呂で私が真弓に託した解決策の答えをいともあっさりと口にする
「転校って」確かにこれなら太郎さんと毎日会える、しかしその単純ながら大胆な発想に、私は思わず真弓の顔を見上げた。
「別にいいけど、なんで?」
流石は母と子、似た者同士と言うべきか、サラはあっさりと真弓の願いを承諾し、形式上に理由を聞く。
「お姉ちゃんの幸せのため……分かるでしょ、みなまで言わせないで」
わずらわすそうに愛想笑いを返している真弓に、お母さんは
「それには私も賛成します。でもね真弓ちゃん、今日の夕方みたいな何も悪いことを(まだ)していない人に、もう暴力を振らないって約束してくれる?」
「あっ、あれはお姉ちゃんのため……ごめんなさい、約束はできないけど、善処します」
その条件付の承諾に、口より先に手が出る彼女は、口を閉ざして俯くように頷いた
「いいでしょう……では手続きは私がするから……来週からね」
笑みを浮かべ話を締めくくったお母さん……気付くと私とお父さんを置き去りに、とんとん拍子で話が進み、三分も経たぬうちに完結してしまった。
そのおいてけぼりにされた悔しさからか、お父さんが少し大きな声で、私と真弓に話しかけてきた。
「いいかな……リリジョン高校の制服は捨てずにしまっておく事……あれ、結構高かったし、色々と使えるからな……」
(色々とは? 少し引っかかるけど、ここではあえて詮索しないでおこう)
と私は箸をすすめ、食事を終えた。
家族の皿を洗いながら私は、幻想的に光る泡にこれから始まる学校生活をおもい浮かべ、横で手伝っている真弓に感謝する
「ありがとう真弓」
「べつに、でもこれで来週から太郎君と毎日会えるね」
そう、これで来週から太郎さんと直に毎日、会える……私のこと覚えててくれてるかな?
太郎さん待ってて下さい……。




