お引越し(その四)(太郎)
噂の風呂場(二階)に向かう長い階段を下りていると……格子引き戸が『カラカラ』と音をたて開き、湯上りで赤く熱を帯びた肌に浴衣姿の優子が出てきた。
(一瞬温泉街かと思った)などと見とれていると……正面で優子がかるく頭を下げる。
「お風呂、お先に入らせてもらいました」
「え、いやいや、優子さん達の家なんだから、遠慮しなくても大丈夫」
「ほんま」
短い言葉を交わし、すれ違った瞬間、彼女からかすかに石鹸のいい匂いがただよい(ああ良い)と一瞬うっとりしてしまった。
(よしこれで『脱衣所で着替え中の彼女とばったり』なんてベタなハプニングを回避できたぞ……よかったような、少し残念なような)
むっつりスケベな一面に、苦笑いする僕の横で、ジョニーも同じ妄想をしていたのか、一瞬がっかりした表情で肩を落とした。
かと思えば、優子がリビングに入るのを確認づるなり、脱衣所にダッシュし飛び込んだ!
悪い予感に、早足で脱衣所に入った僕の前で、ジョニーが部屋中歩き回りながら何度も深呼吸し、目を閉じ、何やら悦に浸り興奮気味に話しかける。
「ほんま、おなごの匂いっちゅうのはええのう、まるで……」
僕は部屋の中心に堂々と置いている真新しい芳香剤に気付き、笑いをこらえ(方芳香剤を)指さしながらツッコミを入れてみた。
「ぷっ、そう、薔薇の芳香剤みたいな匂いだよね」
「ほんまやな~薔薇の芳香剤……芳香剤やて!」
ようやく芳香剤の存在に気付いたのか、赤い顔で目を丸くするジョニー。
我慢できず笑う僕に、彼はもっと顔を赤くし悔しそうに
「笑いすぎや太郎……おう、こないな血も涙も無いことするやつは、わいの知っとる限り一人しかおらん! あのアマ~!」
床を叩きくやしがるジョニー……と、彼の背後で『ざまあみろ』と高笑いする真弓の姿が脳裏にうかび……思わず笑っていると。
ジョニーは何を思いついたのか、にやりと笑い
「いや、まだや! まだわいは負けてへんで」
バランスを崩しかけるほどの勢いで体をゆすり立ち上がりながら、脱衣かごなどお構いなしに服を脱ぎ散らかし、一気に素っ裸になった彼は、いちもくさんに浴室のドアを開け放ち飛び込んだ。
『困ったやつだ』と笑う僕の顔を風がなでた。
(なぜ浴室から、湯気ではなく涼しい風がくるんだ?)
疑問に思いながら、彼の服を脱衣かごへ入れていると……
「うおぉ~!」
ジョニーの悲痛な叫びが聞こえ、思わず下着姿のまま浴室に飛び込み、周囲を見渡しすぐ、涼しい風と悲痛な叫びの原因が分かった。
幾つも有る浴室の窓が全て全開にされ風が通り抜け、浴室の暖かさや、ジョニーの期待するにおいなど皆無である
「神さんは、わいらを見放した~!」
風が通り抜ける浴室の中央で、全裸のジョニーは戦争映画のワンシーンさながら、床にひざをつき頭を抱え天に向かって叫んでいる……が
(窓から見えるはいつもの町の風景。で、露天風呂じゃあるまいし、風に吹かれながら入るもんじゃない)
友人の不幸(痴態)などおかまいなしに僕は、すぐ全ての窓を閉めてまわり……うわさどおり『プールのごとく広い浴槽』に目をやった。
(あれ?)
薄白く濁り、所々ただよう泡を目に僕は、一考するまも無く思い浮かんだ原因に、一人ため息をつく。
(あれだけ毎日口がすっぱくなるほど注意してるのに、花子のやつ、またをろくに体に残った泡を流さず、そのまま浴槽に飛び込んだな……しかも他人の(家の)風呂に……となると、この湯ってまさか、優子さん達の入ったままの! ジョニーに伝えるべきか)
静かに生つばを飲み……裸になるため脱衣所に戻ろうとした僕の背後で
「くっそ~あのアマ、とどめに入浴剤まで入れよったで~!」
その真相など知るよしもないジョニーが、手を床に四つんばいになり、白く濁った湯を恨めしどうにぞぞきこみ、再び声を上げた。
(これ以上友人の情けない姿は見たくない)……と、おあつらえ向きにも彼の前には、浴槽がある。
(お笑い好きのジョニー。もしやこれは『あれをしろ』と誘っているのか?)
静かにうなづいた僕は、そっと彼の背後にまわり
「いい加減に入れよ」
僕に尻を蹴り上げられたジョニーは見事、頭から真っ逆さまに浴槽へとダイブした。
「いきなりなにすんねん、鼻から飲んでしもぅたやろが」
「そりゃ良かったじゃないか」
「ちぃいとも良くないわっ、てなに複雑な顔しとんねん?」
ぎこちなく笑う僕に、首を傾げるジョニー。
「じゃあ僕パンツ脱いでくるから、先に入ってて」
「ってもう入っとるわい!」
「たしかに、ははは」
「笑うとこちゃうわ、怒るでしかし」
「ごめんごめん」
……そして裸になった僕は、年甲斐も無く『ふぅ』年寄りのように息を漏らしながら、ゆっくり浴槽に体をしずめる。
「ふぅ、いい湯だ」
「ぞりゃ、ようござんしたね」
腕を組み口を尖らせそっぽを向くジョニーに、思わず笑いがこみ上げる
「さっきはごめん、浴槽の前で動かないから……つい」
「後ろに回られた時点で、ワイも覚悟決めてたわ」
(気付かれてたか)
そう気まずくも楽しい入浴時間、いつしか僕達は普段どおりの仲へともどり、雑談で笑いあい浴室を出た。
「どっちが早いか競争や」
「うん」
年甲斐も無く、小学生の頃何度もした『どちらが早く着替え終えるか』二人そろって不思議な踊りを舞う。
……結果は
「よしゃ、勝った」
靴下の短さという僅差で勝利を得て、上機嫌のジョニーに安堵する僕。
そのまま脱衣所を出て……三階のリビングのドアを開けると、ラグに座り何やら楽しげに談笑している女子三人が、僕達男子に気づいたのか、ピタリと話すのをやめ、いっせいに振り返る。
何を話してたのか聞きたいのは山々だけど、異性には聞かせたくない俗に言う『女の子の会話』なんだろうと自己完結。
(何か話を切り出さなきゃ……そうだ『お風呂ありがとう』って言おう)
口開こうと、顔を上げる僕とジョニーに、真弓が鼻で笑いながら近づいてきた。
「で、どっちが勝ったの?」と腰に手を当てる
「なんやいきなり」
「早着替え、勝負してたんでしょ……伸びて着崩れた服に、同じくらい乱れた髪形。 こんなの女子なら誰だって分かるわ、ね」
「真弓さんの言うとおり、で、ジョニーが勝ったよ」
「ふぅん」
さらに近づき、なんとも不満げな顔でジョニーを見上げる
「なんや」
不機嫌な表情を返すジョニーをかるく鼻で笑い
「べつに、おめでと」
言葉なげに回れ右をしラグへと戻る真弓へ、思い出し礼を言う
「優子さん真弓さん、お風呂ありがとう。いい湯でした」
「ほんま、思わず飲んでまうくらい、うまい湯やったで」
「「え」」
ジョニーの台詞に二人(優子、真弓)が固まる
「飲んだんですか?」
「おう」
「なんともないの⁈」
「何や、みんな変な顔して……ま、入浴剤はいとって白かったけど、このとおり大丈夫や」
「入浴剤て……ま、なんとも無いんなら良いんだけど」
気まずそうに目線をそらして座る真弓に、首をかしげるジョニー。
(二人とも、気持ちは分かるよ)
『このまま突っ立っていても仕方ない』僕とジョニーは顔を見合わせ……彼女達と向かい合うように座った……までは良いが
(さて、ここから何を話そう)
沈黙していると(人数じょう)はしへ追われた花子が、手を伸ばし『届かない』とうなっては立ち上がり、上座にすわりまた手を伸ばすと……テーブル中央に置かれたクッキーをほおばり。
「美味しいよ、お兄ちゃんも『あーん』」
とクッキーと同時に話題を提供してくれた。
そして、花子もついていけそうな雑談と笑いにいつしか時間の経つのさえ忘れていた。




