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お引越し(その三)(太郎)

 外観の大きさから予想はしていたが……正直言って予想以上だ。

「はは……こうきたか」

(学校の体育館がすっぽり余裕で二つは入るほどの非常識ともいえる大空間が眼前に広がっている……二人暮らしの民家でこれだけ広いなんて……もう笑うしかない)


「なんやこれ……ははは」

僕同様あっけにとられ笑うジョニーの横で、感極まったのか

「やっほー」

と、花子が大声を響かせる。

(気持ちは分かるが、兄として恥ずかしい)


「やっぱ中もでかいな、掃除大変やったろ……で、わいらの運ぶ荷物っちゅうやつは、あの隅っこに積んどるダンボールでええんか?」


 ジョニーが指をさす部屋の隅には、非常階段のごとくつずらおれに上の階へ伸びる長い階段が有り……その側には彼の言うとおり、これから僕達が運ぶであろう、大小様々なダンボール箱が複数積まれている。


「はい、そのとおりです、よろしくお願いします」

「ほか、そんなら」


 優子の返事を聞くなり

ジョニーは靴を脱ぎ捨て『おじゃまします』も言わず上がり、ダンボールの前に立つと……皆に(とくに真弓に)力のある所を見せようと、迷わず一番大きな箱に手を掛け一息に持ち上げる! 



……が、それは予想に反しとても軽く、彼は勢い余って足を滑らせ豪快に尻餅をつき、音が響く……「あ」と、それを合図に真弓がいちもくさんにジョニーのもとへ駆け出した。


(あんなにいがみ合っていても、さすが女の子、助けに急ぐなんて優しいな)


 痛みに顔をしかめ、腰を摩りながらゆっくりと立ち上がったジョニーは、ダンボールの側面に殴り書かれている文字を見るなり、突如目を丸くし、興奮し始めた

「痛たたた、怒るでしかし、ほんま何はいっとんねん? ……下着……どないやねん!」


 本能のおもむくまま、ダンボールのガムテープを剥ぎ取り! 箱を開けようとした、その瞬間!


「なにしとんねん!」

 大阪弁を叫ぶ真弓のドロップキックが、満面のスケベ面を浮かべるジョニーの背中に、クリーンヒット!

 そう、真弓は助けに行ったのではなく、とどめをさしに行ったのだ。


 この際「ぐぇ」と声を上げ蹴り飛ばされるジョニーはおいといて……なんと、ダンボール箱の中身がちゅうに舞った。


(やばい!)


 僕は慌て、両手で目をおおうと……数秒後。

「太郎くん安心して、セーターとかだだの冬服だから」


 笑いをこらええるような真弓の声に、半信半疑でゆっくり手をよけると……

そこには彼女の言うとおり、散乱している冬服を片付ける優子と真弓そして『いいな』とうらやましそうな顔で服を広げて渡す花子の姿が。


「冬服やて」

すっとんきょうな声をだし、後頭部をなでながら起き上がるジョニー


「エロ猿のあんたなら、文字に引っかかるって思ってた。思ってやけど……まさか本当になるなんて、最悪……まったく、あんたってケダモノは、いったいいつになったらヒトになれるの? もう怒りなんて通り越して同情しちゃうわ」



服を手にうつむき深くため息を漏らす真弓

「しゃあないやろ、男の本能がそうさせるんや! わいは悪うない!」

「オス(動物)ならともかく、男(人間)と言うんなら理性ってのがあるでしょ……て、やっぱりむかついたきた、とりあえず一発殴らせなさい」

「なんやそれ、さっき蹴飛ばしたばっかりやろが」

「それはそれ、これはこれ」

「理由になってないやろ!」


 立ち上がり、ヒートアップし始める二人。

……と、そんなのお構いなしに花子が、二人の間にわって入り無限ループになるであろう痴話喧嘩を止めた!

「ねえねえ、わたしは、どの箱を運べばいいの?」


 彼女の質問に真弓は大きく深呼吸をし……気を沈め、まだ少しむりのあるひきつった笑顔で、バスケットボール程の大きさのダンボール箱を指差し

「そこの『食器○』て書いてる箱をお願いできるかな」

「は~い」


 機嫌良く駆けて行ったのもつかの間、段ボールの前で、書かれた『食器』という単語に、『割ってしまったらどうしよう』と不安そうな顔を向ける花子。


 それを察したのか真弓が、金縛り状態になっている花子の頭をなでながら、箱の中を見せる

「大丈夫、これ中身はあたしの下着類だから」

「うん、ありがとう」(すごい、大人の下着だ)


 優しい声と手に安堵の表情を浮かべる花子の側で、その様子を見ていたジョニー、何やら一瞬ほくそ笑むなり、あくまで自然的な口調で質問する

「ほな、優子ちゃんの下着って、どの箱に入っとるんや?」


 花子をなだめる事ですきだらけの真弓は、ジョニーの声と判断出来ず、雰囲気に流されるがまま、ダンボールを指差してしまった

「姉さんの下着ならほら、その『食器△』て書いてる……って、あぁ!」


うっかりミスで慌てる真弓を尻目に


「そうでっか~、ほな」

ジョニーは『しめしめ』と手をこすり合わせ、小躍りするよな足取りで『食器△』と書かれた箱へと向かう。


 このハプニングに僕は『おいおい』とただ目を丸くするだけで体が動かない。



ジョニーの手ががんボールにかかろうとした時

「だめ!」

 優子はその箱をかばう様に抱きしめると、どことなく睨むような目で、ひきつった愛想笑いをジョニーに向けながら……

「私の下着も、花子ちゃんに運んでもらうから! ジョニーさん達は、是非、他の重たい物をお願いします……ね」


 気まずそうな顔で近づくたび後ずさりする優子に、ジョニーは残念そうな顔で肩を落とす

「しゃあないな……まかしとき」


 反面、僕は親友の悪だくみが失敗し、これ以上彼女達のプライバシーを傷つけずに済みそうな事に安堵し『どれにしようかな』と段ボールを見つけた。


「『本』かこれなら僕でも運べそう」

「重いぞ、気いつけえ」

「うん」


 ジョニーの忠告を冗談だとかるくながす僕はし知らなかった。

紙って意外と重たいことを、段ボールいっぱいだと十キロこえるということも。

「うぇ」

「言わんこっちゃない、腰いってへんか」

「本だろ」

「太郎て、ようさん本持ってへんからな……図書室の本、数冊くらいと思ってたんやろ」

「うん」


「本はワイがもって行ったるから、太郎はそこの『なべ・フライパン等』金物の箱たのんだ」

「え?」(こっちの方が重たいんじゃ)

 戸惑う僕なんておかまいなしにジョニーは、段ボールを担ぎ上げ……階段を上りはじめた。


(それは意外に軽く)

 そんなこんなで……長い階段と、十箱以上と多いダンボールに苦戦しながら、僕達は荷物を落とすことなく無事、全て運び終えることが出来た。


「みんな有難う」

「皆さん有難うございました、お疲れ様です。 ささやかなお礼ですが引越しうどんを作りますので、どうぞ三階のリビングに来てください」

 深々とお辞儀する優子に、愛想笑いを返すものの、内心あせって早口になってしまう。

「そこまでかしこまらなくても、困ったときはお互いたまだって」

「べつにええって、か、ちょうど小腹すいたところや」

「うどん、食べる~~」



 そろって階段を上がり、ドアを開けると……下の体育館みたいな高さはないが、それに負けない広いリビング・キッチンが。



「皆さんはどうぞ、うどんが出来るまでここでくつろいでいて下さい。 真弓は手伝って」

「はぁい、花子ちゃん、すぐだから待っててね」


 と僕達は、テレビの前に有り座卓を囲み、あらためてリビング・キッチンを見渡してみた。

引っ越したばかりで荷物を出していなためか、みょうに殺風景にみえる……だが

(やはりこの広さで二人暮らしは広すぎる)


 間もなく鰹節と醤油のにおいがただよって来ると、花子が立ち上がり……キッチンへと向かい……真弓の後について食器を運んだりしている。


(『よくできた妹だ』なんて感心してばかりじゃだめだ僕もななにか手伝えないか)と、後ろめたさに立ち上がろうとしたときジョニーが僕の手をおさえ、首を振りながら小声で

「気持ちは分かるけどな、がまんや『男子厨房に立たず』てな……それに待っとけていわれたど」

「うん……いやいや、でもさすがに」(妹の前でなまけた姿は)


 一時は賛成したが、やはり心残りでいうらめしそうにキッチンを見ていると


「お腹すいたのは分かるけど、もう少しだから待ってて」

少し勘違いしてる真弓に、鼻で笑われながら注意され


「はい」とあいそ笑いを返し座りなおした。

 そして座卓にうどんが並び、僕達は花子を境に男女対面じょうたいで座ることにした。


「かさねがさね今日は本当に有難うございました、これは私と真弓から、かんたんですが、ささやかなお礼です」

「食べてみて、美味しいよ」


「「いただきます」」と割り箸をわる。



 はずむ会話といいたいけど、僕の耳に聞こえるのは、うどんをすする音だけ

何か話さなきゃと思ってはいるけど、これといって話題も無い気まずい沈黙の中、みんな引越しうどんを皆で食べている。


(このままじゃ無言のまま終わってしまう)

 僕はひっしに話のねたを探し、思いつき次第すぐ口に出した、この急な引越しについて質問してみた。


「どうして急に、引っ越しなんてしたんですか?」

(引越しのわけだなんてプライベートな話題をふってしまった)

渋い顔をする僕に、優子、真弓が順番に答えてくれた。


「私達……今まで電車通学で片道二時間以上もかかって……時間的、金銭的につらかったんです」

「するとパパが偶然この家を見つけて、特別にあたし達に買ってくれたの……いいでしょ」


「いいな~」

「家族思いの優しいお父さんですね、少しうらやましいです」

「家一軒やなんて気前のええし、金持ちな親父さんやな」


「あらためて、下の体育館といい、このリビング・キッチンといいすごい広さですよね」

「おう、掃除大変やないか?」

「もし良ければ手伝いましょうか」


「この程度あたしと、お姉ちゃんなら一瞬」

「こら、真弓……すみません。でも大丈夫なので、お気持ちだけで十分です」



 そして「「ごちそうさま」」うどんを食べ終え、真弓と花子が食器を運び、それを優子が洗っている。


 そんな女子の空間に入り辛い僕とジョニーといえば、リビングのソファーにもたれテレビを見ている


 二度も彼女達の手伝いに入れない否、入ろうとしない、そんな自分が情けなく、恥ずかしく思え……視線をそらす先をテレビにたよる。



 ……数分後、片付け終えた真弓が食器棚の扉を閉めながら、側に居る花子を誘う。


「花子ちゃん手伝ってくれて有難う、汗かかなかった? ねえ、良かったらこれからお姉ちゃん達と一緒に二階(した)のお風呂へ行かない? うちのお風呂ってプールみたいに大きいから泳いでも良いよ」

「本当、入る!」


 『泳いで良い』という言葉に花子は、目を輝かせ飛び跳ね全身をつかって返事をしている様……そんな喜ぶ妹の姿に、僕達は笑みをこぼした……が、ジョニーの笑みは少し違うようだ。


「デカい風呂やて太郎、うらやましいな……ほなわいらも一緒に、五人で裸の付き合いといこか」


『え⁈』と静まりかえると……

「あの。ジョニーさん?」

「駄目に決まってるでしょ」

「ジョニーちゃんのエッチ」

くちぐちに向けられる冷たい言葉と視線に、愛想笑いをかえすジョニー。


「ははは。冗談に決まっとるやろ、みんなのり悪いな……ゆっくり楽しんできて」

「はい……太郎さん達も、私達が出たら、入って下さい」

「はい」「おうきに」

「だから『まがかな』なんて、覗いたりしないでよね」


「疑い深いの、そんな事せえへんわ」

「ならいいけど」


 女子三人が出てゆき、ドアが閉まりテレビを視ていると、すぐに漂いはじめた嫌な空気に目をやると……。

 視線の先には、にやりとほくそえんでドアを見ているいるジョニーが

(あぁ、お決まりの悪い予感がするのは気のせいだろうか?)


 あらい呼吸と、ドアを凝視すり目のおかげで、悪い予感の膨張が止まらない。

我慢出来ず、冗談混じりに質問してみた。



「ジョニー、まさかとはと思うけど覗きに行こうなんて、妙な事考えてないよね?」

「お太郎もか、わいも男やから少しは考えとったけど……そんな覗きなんてやるわけないやろ、今回は」

「だよね……はははは」


(やっぱり少しは考えてたんだ……って今回は⁈ それより、質問した僕も同類あつかいなのか?)

 ため息を漏らし、テレビにかじりつく。









 花子同様、世の中の女性とはどうも長湯が好きなようで、約一時間後……リビング入り口のドアを開けて、白いバスローブ姿真弓が入ってきた。


 湯上りですっきりしたのか鼻をならし上機嫌……見ると普段むすんだ髪を解き、ロングヘアーに、湯上りで赤く熱を帯びた肌の彼女は、妙に色っぽく、つい見とれてしまう。

と、僕の視線に気づいたのか真弓は近づいて来るなり、前かがみに入浴を勧める

「もしよければ、あんた達もお風呂どう?」


 湯上りとしては不釣合いな、幾重にも巻いたさらしで見えそで見えない、胸に思わず生唾を飲む僕を、鼻で笑い挑発するように真弓はバスローブの襟に指をかけ谷間を強調してきた。

「気になる?」

「一応、僕も男だから、気にならないと言えば嘘になる」

「でも、ジョニーは気にならないみたいね……普段、あんなに変態発言して女体(なまみ)を前にするとだんまりなんて、意気地なしね……あ、もしかして男が好きとか?」


 小ばかにするように鼻で笑う真弓に、軽く咳き込むジョニー

「……は⁈ いきなり何言うとんねん、ちゃうわ! お前みたいな、平均サイズ以下のの胸なんかに興味無いだけで、わいも男やから、手にする夢と女の乳はでっかい方がええ」


 そう言いはなち拳を握り、目を閉じるジョニー。

(今の台詞、自画自賛してるんだろうな)

静まり返るリビングで苦笑いしている僕の前に、何やら興奮気味に花子が駆け寄ってきた。


(そんなにすごい風呂なのか?)

「ねえねえお兄ちゃん、真弓ちゃんてすごいんだよ!」

「ねえ花子ちゃん……それ女の人以外ないしょって言ったよね、お兄ちゃんて女の人かな?」

「……だって」


「こら花子、約束したなら、やぶっちゃダメだろ」

「うん……でもすごいんだ」


「ワイ、分かった……筋肉がすごいんやろ」


 自信満々な顔で回答するジョニーに『一件落着』と安堵する真弓は

「正解、ええ筋肉ならあんた以上に有るわよ……それより、お風呂どうぞ」


真弓がドアを指さすと、思い出したように再び花子が興奮し始めた。


「お風呂、プールみたいで大きかったよ」

「ほんまか、そりゃ楽しみやのぅ」

「うん、じゃあお言葉に甘えて……行ってきます」


 僕とジョニーは立ち上がるなり回れ右をし、早足でリビングを出た。



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