八十六話
「残念! 私ですよぉ」
その声に隆幸は聞きおぼえがあった。
なぶるような伸ばす発音。
資料室にいた、保高桐葉のそれだ。
案の定、何が起きているか理解できず絶句する晴人。
「え? ……誰だお前」
「言わないよ~。ま、知ってると思うけどね」
「どういうことだ! 楓を出せ!」
困惑はやがて怒りへ変わり、電話越しに晴人は怒鳴った。
「いや~それは難しいかも。だって拉致するのも大変だったんだからさぁ~」
拉致。レストランで福田先生はこう言った。
『保高という女子生徒には、気をつけておいた方がいい』
甘かった。こういうことか。
「てめぇふざけんじゃねーぞ! 楓は無事なのか? おい!」
久方ぶりに見るマジギレした晴人が、ありったけの声量を電話口へぶち込む。しかし桐葉は一切効いていないようだ。周囲の注意がこちらに向く。
「無事だよぉ。ガム手で口をふさいでるだけだし。今はすやすや寝てるよ。睡眠薬は偉大だねぇ……あれ? 起きちゃったかな」
「楓と話をさせろ! さもないと――」
「もちろん帰すよ? ただし二人が私の命に従ってくれれば」
「命だと?」
晴人は今にもスマホを地面にたたきつけてしまいそうな剣幕のまま反復する。
「十二月八日の夜八時、東山高校に来てください。ゲームをしましょう」
……! 晴人と目があった。憤怒ではない。驚きだった。
福田先生と同じ条件。
「ゲーム? なんだよそれ」
「ゲームはゲーム。来たらのお楽しみ! 警察を呼んだら即刻首が落ちま~す。……来なかったら、わかっていますよねぇ?」
それを最後に、桐葉は電話を切断した。ツーツーツーという冷えた音がやけに耳ざわりだった。
「あのくそ女ぁ!」
大衆の前で、彼は思い切りスマホを地面に投げつけた。




