六十六話
たどり着いたのは、鍵すらない木造の家だった。玄関の横は窓もなく、外とは障子で仕切られているだけの、江戸を彷彿とさせる木造建築。扉もガラス式で、横にスライドさせる形式だった。
「やっと着いた~! 超寒いっつーの!」
両手をこすり合わせ、口をとがらせる晴人をわき目に、隆幸はインターフォンを鳴らす。ピンポンと甲高い音が響いた。
『はい?』
ガラガラと扉が開き、初老の男性が顔を出した。翠の父親だろう。眼鏡をかけた神経質そうな顔に、隆幸は家に入れてもらうまでが大変だなと悟った。
「君たちは」
「あ、あの、えっと、石見翠さんと同じ高校に通っていた、御堂と申します」
先陣切って話をつなげる隆幸。しかし相手の訝しげな面相は変わることなく。
「要件は何だ?」
無愛想に聞かれた。
「いえ、実は――」
「翠さんからお話窺っていらっしゃらないようですか? 今日来ると連絡したのですが」
晴人がいつものチャラついた雰囲気を感じさせない対応で、男性の前に立つ。
「聞いていない。わざわざ訪ねてきたということは、どうせバカげた呪いの話でもしに来たのだろう」
なるほど、この人は呪いを信じていないのだ。そりゃそうだ、娘が自殺した理由が呪いなんて話あってたまるか。
しかし、呪いの話だと瞬時に察することができるほどには、赤門高校の話を知っているのは分かった。
「あいにく娘は外出中だ、出直してくれ」
聞く耳を持たず、扉を閉めようとする男。しかし、晴人は扉に足をかけ、強引に玄関へ一歩踏み込んだ。強気な態度に、隆幸は思わず息をのむ。楓も不安そうに晴人を見やるも、全く動揺している様子もなく。
「お願いできませんか。これ以上犠牲者を増やさないためにも。……娘さんが受けた、不当な暴虐が繰り返されないようにするためにも」
「ふざけるな。狂っているのかお前は! 呪いなんて存在しない、いいから出て行ってくれ」
「それには及ばないよ、お父さん」
ガラガラと玄関の真横にあった障子が開き、そこからにゅっと茶髪の女性が顔を出した。黒いジーンズに、春色のスカート。とても健康そうな女性だ。
その人には、左腕がなかった。左腕の袖がぶらりと枯葉のように落ちている。真樹がギョッと身を仰け反らせていた。さすがにショッキングだったらしい。
『幸いなことに、岩見さんが飛び降りた場所は叢の上だった。左腕と右足が複雑骨折しただけで、命には別条がなかった』
真樹の友人の一真が言った情報に、そのようなものがあった。
左腕の、複雑骨折。
「お父さん、通してあげて」
再び女性――翠が告げた。
「だけど、お前が辛いんじゃないのか。あんなことがあって」
男は先ほどの硬化な態度から一変し、不安げに眉間に皺を寄せた。娘に対する愛情が垣間見える声色だった。しかし女性はそんな父の様子をおかしそうに笑う。
「つらかった。だけど、他の人にもそんな目に会わせたくない。……後輩さん、どうぞ入って。居間は外とは違って暖かいですよ」




