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二十九話

 ヤバい。

 逃げないと。

 本能が警告アラームを鳴らす。しかし蛇に睨まれた蛙のように、真樹の足はすくんでいた。足が地面に張り付き、身動き一つ取れない。

 ヤバい。死ぬ。

 死――。

 「危ない!」

 鋭い男の声がした。体のバランスが崩され、鉄骨の外側に飛ばされる。タイムラグをおかずにガシャン、と鼓膜が破れんばかりの爆音が響き渡る。

 地面に背を強打した。恐る恐る目を開けると、いかにも好青年な男性が覆いかぶさっていた。両腕が真樹の胴の真横についているあたり、押し出してくれたのは彼らしい。

 ……助かった。

 「はぁ、はぁ、はぁ……! だ、大丈夫ですか」

 一真じゃ、ない。サラリーマンの男だ。七三分けの髪が汗でべったりと張り付いてる。

 「あ、ありがとうございます」

 助かったと頭では理解していても、語尾の震えを止めることはできなかった。遅れてやってくる、工事現場の作業員。見れば、四本の鉄骨が重なり、軽く地面がえぐれていた。

 涙は出なかった。それほどまでに呆気ない出来事だった。

 「あ――」

 作業員たちの背後に、女性がいた。

 呼吸が止まった。心臓の音が、耳の奥で反響する。

 不気味な笑いをたたえている少女。それは紛れもない、首をつっていた女性だった。


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