百二十二話
手に付着した赤いものを、隆幸はとっさに自分のズボンに拭う。青いジーパンが黒ずんだ。
壁を見る。
「……冗談だろ?」
壁の黒ずんだ斑点。付着してから時間はそうたっていないのだろう。
おそらくこれは……。
「血?」
本能的に後ろへ後ずさる。なんでこんなものが付いているんだよ。心臓が痛い。吐きそうだ。視界がガンガンと歪む。
ぴちゃん。
水たまりを踏んだような音。下を見る。
「うおわああ!」
絶叫し、隆幸は離れようとした。血だまりが、ズボンの裾を濡らした。
「何だよこれ! ふっざけんな!」
語尾が震える。なんでこんな惨劇が……。
「……何かを引きずった跡がある」
血糊が、四階に続いていた。それは廊下に伸びていて、暗がりにとけて消えている。
……やばい。本能が警告する。
コノサキニ、イッテハナラナイ。
イッタラ、コウカイスル。
しかし、隆幸は進むことを選ぶ。進まなければ、後悔こそするだろうけど、前には進めないだろうから。
ナイフをとり、隆幸は深呼吸する。震える両足を鞭打って、隆幸は四階に上がった。
ギシ……ギシ……ギシ……ギシ……。
階段の音が、鈍く響く。いつの間にか乾いたくちびるを一舐めする。
廊下に立つ。血は音楽室の方に続いていた。扉は締まっている。
ドアノブには、血の手形が残っていた。扉にもべたべたと血の手形が付着してる。
静寂が、やけに情景をまがまがしくしている。差し込む赤い光が、隆幸をひるませる。
ドアノブを握る。今になって意思に反し、手が震えていることに気付いた。ここまで自分がビビりだとは思っていなかった。
もはや、この奥になにが、いや、『誰が』いるのかは予想できていた。だけど、認めるのが怖くて――隆幸は扉の前でしばし立っていた。
やがて、意を決して隆幸は扉のドアノブを引いた。キィ、と甲高い音がひときわ大きく鳴り響いた。




