百二十一話
経営企画室。
壁から伸びた手に首を締められる真樹の司会に、突如人影が突入してきた。
「真樹!」
聞きなれた声とともに、突然首にかかる拘束が解かれる。体を折ってせき込む真樹。どくどくと心臓が血液を流す音が、やけにリアルに響く。せき込みながら、這うようにして壁から離れる。
「ゲホ! ゲホゲホ!」
うずくまって乱れた呼吸を整える。酸素が頭をめぐり、意識がクリアーになっていった。圧迫感が取れても、掴まれていた感覚は消えてくれない。
視線だけ壁に寄せる。もうすでに腕は伸びておらず、普通の灰色の壁があるだけだった。
……助かった?
いや、それより。
「大丈夫か? 真樹」
ずっと聞きたかった、大好きな、優しい声。
「……一真?」
せき込む真樹の背をゆっくりと撫でる彼は――入院しているはずの、大森一真だった。肩からつり下がった包帯には、右腕が収まっており、左足も引きずっている。そんな彼が、どうしてここにいるのだ?
「なんでここにいるの? 病院は?」
信じられない気持ちで彼を見る。優しげに細められた目は、いつもの彼だ。
「抜け出してきた。そんなことよりこの有様はどうなっているんだ」
聞けば、一真は病室に手妙な胸騒ぎを覚え、真樹の親に電話を入れたらしい。しかし真樹は外出中で、十時を回っても帰宅していないと聞き、直感的に一真は学校にいるのではないかと駆け付けたという。そして玄関から侵入し、経営企画室の物音を聞き、こうして助けに来たのだ。
「……なるほどな、委員長の暴走か。ここまで来ると逆にスペクタクルすぎるな」
経営企画室の扉を閉め、真樹たちは外から見えないよう、机の影に潜む。
「倒れている桜井さんと、他には御堂さん、平野さん、先生、そして委員長の四人がいるのか」
隆幸らは、今いったいどうしているだろう。晴人も初期から姿を見ていない。二人とも心配だ。桐葉の凶弾に倒れていないことを願うしかない。
「だけど、真樹が無事で本当によかった」
不安に駆られていると、突然一真が砕けた笑みを浮かべた。無防備な笑みに、こんな状況なのにもかかわらずトクンと鼓動が鳴る。
同時に、黒い海のような、どろどろした罪悪感も。
「……ごめん」
「え?」
「怪我させて、またこんなところに巻き込んじゃって」
この場所は十二時まで出ることができない。外から入ってきた一真もしかり。また危険な場所に一真を巻き込んでしまう自分がふがいなくなる。こんな事態を引き起こさないために、一真には頼らないと翠のところに行く前に決めたはずなのに。
それなのに……。
自分の無力感に打ちのめされ、奥歯を食いしばる。
「……真樹」
咎めるような口調に、体がビクリと震えた。今まで一度も聞いたことがなかった、怒気を含んだ口調だった。本気で泣きそうになる。
「……ごめんね、一真」
「あのな。もう謝るな」
突然、一真の手が真樹の頭にのった。お見舞いに来た時のように、頭を撫で撫でされる。
「言ったはずだろう。必ず守ってやるって。だからもう少し僕を頼れ」
子をいたわる母親のように、一真は真樹を慰めた。
「今の状況は最悪だし、確かに命の危険が迫っていないとは言えない。だけど、何があっても僕は真樹の味方だ。だから別に頼ることに負い目を感じるな」
幼馴染だろ、僕たちは。
ぶっきらぼうで乱暴な口調の一真はそう断言する。男らしい、迷いない言葉に、真樹の涙腺が緩みかけた。
「……一真」
「なんだ?」
「ありがと」
「それは脱出した後に、な」
一真は大人っぽく微笑し、それからよいしょと立ち上がった。




