百十六話
不安を覚えていないわけはなかった。ただ行動を起こさず孤立する息苦しさと想像による猛毒から逃れたかっただけだ。
心臓がドックンドックンと血流を送るのが体感でわかる。足音を忍ばせ、真樹は経営企画室前に到着した。
木製のスライド式の扉は、ガラス張りではないため中の様子がうかがえない。しかし扉のすぐ右には受付があり、経営企画室の中をガラス越しから望むことができる。訪問者と応対する場所を兼ねているおかげだ。
無意識のうちにかがみながら、受付の方へ回る。たまった唾を嚥下し、真樹は静かにガラス越しから中を見やる。
『コ』の字型に並べられた机。引き出しには紙やファイルの類が突き刺さっており、地面にはいくつかひびが割れている。何しろ薄暗いせいで奥の様子は分からない。
「人の気配は、しないよね」
扉を開ける。ガラガラと予想以上に大きな音がして内心ビビる。
「……誰か、いますか?」
間抜けな声が出てしまうが、笑う余裕はなかった。爆弾処理班のように警戒しつつ、扉を閉めた。どこからか香ばしいコーヒーの香りが鼻をついた。
おっかなびっくり、特に机の下に注意しながら前進する。今にも突然手が伸びて、真樹の手首をつかむのではないかという妄想が止まない。
……誰もいない。ただ古びた壁があるだけだ。一気に肩の力が抜ける。
「な~んだ……驚かさないでよ」
思わず軽口が飛び出した。そうでもしないとやっていられなかったから。
とりあえず、二階か三階にでも上がって、先生たちと合流し――。
軽やかに振り返り、室内から出ようとした時。
すぐ至近距離に、楓の顔があった。




