百十三話
二階。
「運動不足を改善しないとな」
肺が破裂しそうだし、鼻の奥がとても冷たい。首元には、まだ絞殺されかけた感触が生々しく残っている気がした。
廊下を目的もなく歩きながら、隆幸は周囲を動物の如く警戒していた。
「先生たちは……? 完全にはぐれたか」
メンバーが分解することは最も恐れていたはずだったのに。楓が豹変しだして、おまけにバラけるなんて最悪の極みだ。
「これじゃ、保高の思うがままじゃねーか」
隆幸はスマホを立ち上げ電話できるかどうか確かめようとしたが、そもそもスマホを真樹に貸し出したままだったことに気付く。
呼吸が整うのを待って、隆幸は立ち上がる。動かないままでも事態は変化しない。せめて真樹と先生は見つけ出さないと。
「それに桜井を正気に戻す方法とかあるのかよ」
先生たちが助けてくれなかったら、きっと俺は首を絞められて――。
だけど何で楓が豹変した? まるで楓の体だけれど、楓じゃないような……。
「そう言えば、桜井、なんか調べていたよな」
思い出したのは、晴人らの家に訪問した時のこと。
体を乗っ取られることを憑依と言う。そう楓の机の紙には書かれていた。
冷静になってみれば、楓はまさに憑依されていたのではないだろうか。
憑依という言葉を使えば、楓の様子も納得できる。彼女は何かに体を乗っ取られて、隆幸らを襲ったのだ。
憑依したのは如月だろう。あの黒々とした瞳を思い出し、隆幸は震えた吐息を漏らす。
「あの呪術にも書いてあったな。亡くなった者を活性化させる」
だとしたら、あれが如月。
カツン。
「……!」
声なき断末魔が、隆幸の口元から飛び出そうになった。抑えられたのは、運が良かったから。
体の鳥肌が立つ。……保高か? ……桜井か? 息がつまりそうな数秒が過ぎた。
見れば、職員室の扉が数センチほど開いていて、そこに缶が転がっていた。筆箱代わりに使われていたらしい。周囲にはボールペンなどが飛び散っていた。ゆっくり速度が落ちていき、そのままぴたりと止まる。
職員室を開ける。……人の気配はない。
しかし机などで死角が多いため、まだ油断はできない。
地面に散らばる、かすれた文字で覆われた紙に足を取られそうになりながら、隆幸はゆっくり職員室に入る。
「ひどい散らかりようだな……」
転がっている缶を手に取り、机の上に置く。
机の上には一冊、学校の生徒名簿があった。この机の教師が整理していたのだろうか。 誰もいないのを確認し、隆幸は名簿を開いた。




