十一話
校舎は粛然たるものだった。時折教師とすれ違うだけで、生徒の姿は見られない。
「おお! 理科室の壁見ろよ! 硫酸まいた跡まだ残ってるぜ!」
バカ騒ぎしている晴人は、お世辞にも三十一歳には見えない。楓が行くわよ、と笑いながら注意する。
あの日も、楓は晴人に同じ注意をしていた。隆幸は先生来るぞと晴人を強引に黙らせ、一連の様子を真樹は笑いながら観覧していた。だけどもう、あのクスクスと悪戯めいた笑い声を、聞くことはできない。
四階に上がる。静かだ。壁には美術の課題らしき肖像画が何枚も張り付けられている。ここまでくると、晴人も貝の如く口を閉ざし、楓の表情にも緊張が走っていた。隆幸も不安だった。ただの校舎であるはずなのに、このどんよりとした重い空気はなんだろう。晴人も感じているらしい。あ~やっべぇな、と自分を鼓舞している。
「……なんだか、気持ち悪い」
ぽろりと楓は口走った。
永遠ともいえる数秒の後、あっけなく隆幸らは二年一組に到着した。望んでいた、けれど恐れていた教室。
真樹が消えた、呪われた教室。
閉まり切った戸を、楓が勢いよく開けた。暗がりの中によぎる三十個ほどの机。教壇には一つの花瓶が点てられており、白ユリが植えられている。
「なんつーか、普通だな、ホント」
整備された教室に踏み込んだ晴人が、ケラケラと乾いた笑いを浮かべた。
「そうだな」
隆幸は頷く。……一年前も、晴人はそう言って、笑っていた。




