シーン 89
僕らはあれから何回かの戦闘を繰り返し、一夜を馬車の中で過ごしようやく帝都に帰ってきた。
今は馬車を預ける厩舎に来ている。
担当の厩務員に話をしてこの三日間歩き詰めの馬に感謝しつつ背中を撫でてやった。
馬車での移動は徒歩に比べて飛躍的な進歩だ。
世界中どこまでもとはいかないかもしれないが、時間さえあればこの調子で旅ができるだろう。
サフラと御者を代わってからずっと手綱を握っていたため操作のコツも掴むことができた。
身体で覚える感覚は歳をとってもなかなか忘れないと聞くから、これで胸を張って馬車の操作ができると公言できる。
その間にサフラも身体を休めることができたのか帝都に着いた頃にはすっかり元気になっていつもの笑みを浮かべていた。
ニーナも元気になっていたのでもう心配はないだろう。
三日間に及んだグリプトンの討伐は最後にハンターギルドへ報告して終了だ。
ハンターギルドでは僕らの帰りをギルドマスターが直々に出迎え戦果を聞いて自分のことのように喜ばれた。
僕一人だったら危ない相手だったと伝えるとさすがのギルドマスターも驚いた様子だ。
ハンターギルド側も僕一人では苦戦するほどの怪物とは考えてもいなかったらしい。
「長旅でお疲れでしょう。すぐに報酬を用意いたします。今しばらくお待ちください」
ギルドマスターは深々と頭を下げて奥へと消えていった。
しばらくすると別の職員が報奨金を持って現れた。
持ってきた革袋は大量の硬貨で膨れ上がっている。
想像していたよりも多額の懸賞金に驚きはしたが男爵の地位と危険手当を含めた金額らしい。
その旨は添えられていた書類にしっかりと明記されていた。
貰えるモノはありがたく頂いておくことにする。
「三日ぶりの我が家だね」
「そうだな。ようやく落ち着けるな」
「いや~新居が楽しみだ」
「…お前も来るのかよ!」
「ダメなのか?」
仕事が終わったと言うのにニーナは解散するつもりはないらしい。
言葉の通り我が家へ来ようとしている。
断る理由もないがあえて誘う理由もない。
どちらかと言えば長旅の疲れを癒すため風呂に入ってすぐにでも眠りたい気分だ。
だから答えは一つに決まっていた。
「今日のところは帰れよ」
「何だ、冷たいじゃないか?お姉さんは悲しいよ」
ニーナは後ろを向き両手で顔を覆った。
同時にシクシクとわかりやすいオノマトペを呟いている。
「嘘泣きは止めろ。バレてるぞ」
「…ちッ、やはりキャラじゃないことはするもんじゃないな」
「わかってるなら初めからやるなよ…」
少し頭痛がした。
疲れている時に彼女の相手をするのも楽ではない。
「それでだ、本当にお邪魔してはいけないのか?」
「どうしてもって言うなら断る理由はないが…」
「ならお邪魔しよう!」
結局ニーナの勢いに負けて了承をしてしまった。
むしろ疲れていて冷静な思考が出来なかったと言う一面もある。
これも彼女の手だったのだろうか。
いまさら考えても余計に疲れるだけなのでやめることにした。
サフラもニーナが家に遊びに来ると言うことが新鮮なのか何も言わずに笑みを浮かべている。
富裕層の多い路地を抜け三日ぶりの我が家に到着するといつもは冷静なニーナもさすがに声をあげて驚いた。
家と言っても四階建てともなれば中小規模の商業ビルと同じ大きさだ。
町中で店を営業する店舗よりも大きく二人暮らしと言うのも驚きに拍車をかけたらしい。
「…話には聞いていたがこれほどとは。やはりキミはただ者ではないな」
「この家もいろいろあったんだ。とりあえず中へ入れよ。夕食くらいは用意してやるから」
「そうだな。では遠慮なく」
部屋の中は三日間離れて居たが出発時と変わりはなかった。
これからこうして家を空ける機会も増えるだろうから戸締まりを徹底しておかなければならない。
現代ならこの規模の建物であれば防犯カメラや警備会社の利用も考える必要があるだろう。
ただ、今のところそこまで過剰なセキュリティーは必要としていない。
ニーナはリビングを隅々まで見て回りソファーに腰掛けた。
何の断りもなく座ったところを見るとすでに自分の家のように振る舞っている。
確かに「遠慮なく」と言って部屋に入ったのだから、あえて一つ一つ確認するのも手間だ。
別に隠すようなものは何もないから下手に詮索されるよりはいいだろう。
「レイジ、この家に使用人は居ないのか?」
「え?」
「だから使用人だ。身の回りの世話をしてくれる執事やメイドだよ」
「いや、居ないが?」
答えるとニーナは意外そうな顔をした。
「…何だよ、その顔は」
「キミは仮にも爵位持ちの男爵だろう?言ってみれば貴族様なわけだ。貴族と言うのは普通家事を使用人に任せるものなんだよ」
この世界の常識ではそうなるらしい。
貴族の正しい在り方について一切知識がないためそれを聞いて逆に驚いてしまった。
サフラにも聞いてみたが貴族は使用人を雇うものと言うことを知っていた。
「…知らなかった」
「なんだ、知らなかったのか?異国から旅をしてここへ来たと聞いていたが、キミの住んでいたニホンとは常識にズレがあるらしいな」
「そうなるな。俺の家は元々両親が共働きだったし家事のほとんどは俺がやっていたんだよ。その習慣もあるから使用人を雇う何て考えは思いもよらなかったぞ」
「なるほどな。まあ、これは常識だから覚えておくといい。それと、今回のように長い間家を空ける機会が増えるだろうから、使用人を雇う事をおすすめするよ」
ニーナによれば使用人を雇う方法は二種類あるようだ。
一つは執事やメイドが所属する「使用人組合」を利用する方法。
使用人組合は国中から使用人を志す者が雇い主を見つけやすくするために作られた組織で、加盟する組合員のほとんどが地方の貧しい農村部からやってきた若者だと言う。
ハンターギルドとは違い使用人組合は帝都にしか存在しないようだ。
理由としては帝都に貴族や富裕層が集中するため地方では働き口の需要が極端に少ないからだと言う。
もう一つは「奴隷」を買う方法。
奴隷は諸事情により「平民身分」から「奴隷身分」になった人々のことでその多くが罪人で構成される。
ただし、中には経済的理由で「人身売買」の対象として売り払われるケースもあるようだ。
ニーナによれば後者の奴隷を買い使用人として育てると言う方法になるらしい。
また、罪人の奴隷の中には腕の立つ猛者も居るためボディーガードや傭兵として雇うケースもあるようだ。
「使用人組合はいいとして、奴隷なんていうのがあるんだな」
「何だ、奴隷も知らなかったのか?」
「あぁ、日本じゃ人身売買は禁止されていたからな」
「禁止か。それでは口減らしにも困っただろうに…」
「いや、国が最低限の生活を保障してくれる制度があったからそんな必要はなかったんだよ。まあ、今となっては昔の話さ」
ニーナの話を聞く限りこの世界には「人権」と言う概念は存在しないらしい。
あるのは「力」と「金」の二極だ。
わかりやすいといえばそれまでだが実力のない者はどう足掻いても底辺の生活を抜け出すことはできない。
反対に貴族は貴族であることを強制されるため、平民のように国の中を自由に旅することはできず四六時中使用人に見張られながら生活をする者もいる。
どちらが幸せかと言う議論を始めれば答えはでないだろうが現実を受け入れるしかない。
僕はどちらかと言えば貴族と平民両方の性質を持っている。
成り上がりの貴族にはよくある話のようでアルマハウドも僕と似た考えを持っていたから、貴族と言う地位に満足せず日々ハンターとして国中を渡り歩いていると言う。




