シーン 87
不意に背後から気配が現れた。
今までに感じなかった気配はどこから現れたのか。
そして、僕はこの気配の主を知っていた。
「銃声が聞こえたからまさかとは思ったが…やはりキミか」
驚いて振り向くと会いたくなった相手がこちらを見て薄ら笑いを浮かべている。
その瞳は剃刀のように鋭く身体から隠しきれない殺気を放っていた。
「ホリンズ…」
「警戒してるのかい?大丈夫だよ、キミたちをどうこうしようって気はないさ。ただ、どうしてもって言うなら話は別だけどね」
ホリンズは抑えていた殺気を開放すると周りの空気を震わせた。
相変わらず得体の知れない異質さを感じる。
同じ転生者なのに彼は根本的に別物のような気がした。
僕は銃にかけていた手を離しサフラたちの方に視線を移す。
ニーナは力を使い過ぎたのか精神的な消耗が激しいようだ。
これではいつものような俊敏さは発揮できない。
「お前、何しに来た」
「何って、ウチの子を迎えに来たんだよ。まあ…キミが今し方殺してしまったんだけどね」
「殺した…まさか!?」
ホリンズは口元を歪めて笑みを浮かべた。
そして、倒したばかりの化け物を愛おしそうに眺めている。
その瞳には薄らと光るモノが浮かんでいた。
「そう、そのまさかさ。名前は「グリプトン」。これまでに作った子どもたちの中でも自信作だったんだけどな」
「グリプトン…だと?」
「あぁ、僕が名付けたんだ。キミはコイツを何だと思ったんだい?まさか亀だと思ったかい?」
「違うのか?」
「まったく…よく見てくれよ。この子は爬虫類じゃない、哺乳類だ。分類上はアルマジロに近い存在さ。あくまでも近いって言う程度だけれどね」
グリプトンと言う名前を聞いて思い出した生き物がいる。
新生代の南アメリカ大陸で繁栄して絶滅した巨大生物「グリプトドン」と言う名前だ。
グリプトドンはアルマジロを巨大化させたような生き物で全長は約三メートルほど。
現在、化石などから背中には小さな骨が集まってできたドーム状の装甲板を背負っていたことがわかっている。
その姿は一見すれば亀のようだが亀とは違う進化を経た生き物だ。
おそらくグリプトンと言う名前もそれが由来なのだろう。
「ペットと言ったな…それと自信作とも」
「そうだよ。グリプトンは僕がつくった新しい生命さ。どうだい、素敵だろう?」
三流の映画に登場するマッドサイエンティストを彷彿とさせる笑い声をあげた。
ホリンズは自身に酔っている、そう言わざるを得ない。
僕は不快な気持ちになって唇を噛んだ。
「つくる…だと?どう言うことだ!」
「言葉の通りさ。ある生き物と生き物を掛け合わせてつくったんだ。キメラと言うヤツさ」
「キメラ」と言えば生物学において同一個体内に異なった遺伝情報を持つ細胞が混じりあっている状態の個体のことを言う。
語源はギリシャ神話に登場する伝説上の生物キマイラが由来だ。
ただ、脊椎動物には移植免疫があるため生体でキメラを作ることはできないとされている。
身近に存在する例を挙げれば植物の「接ぎ木」で、こちらは人工的に生じさせることは可能。
それでも生物は決められた遺伝情報が備わっているためそれを動物に用いて操作することは倫理観から見てタブーとされる。
「仮にお前の言う通りあの化け物がキメラだと言う証明でもあるのか?」
「証明か…なかなか難しい質問だね。今この場でグリプトンが人工的に作られた命だと説明する手段はないよ。ただ、僕は嘘が嫌いでね。事実を述べたまでさ」
「仮に…アイツがキメラだとしよう。だが、そんな命をつくり出す行為が許されると思ってるのか!?」
「倫理観と言うヤツかい?キミはまだ前世の常識にとらわれているんだね。ではこちらから問うよ、誰が僕を罰すると言うんだい?警察や裁判所がこの世界にあるとでも?」
彼の言う通りこの世界では前世の常識は通用しない。
文明的にまだ発展途上と言う問題もあるが現時点においてこの世界では皇帝が唯一の統治機能を行使できる。
僕が関わったケルベロスの一件でもそうだが刑の執行を指示したのはほかならぬ皇帝だった。
そんな皇帝が関知しなければ問題にならないとでも言いたいのだろう。
「お前は狂ってる…」
「狂う?何を指標にそんなことが言えるんだい?まあキミもそのウチ理解する時が来るさ。僕のやろうとしていることもね」
「やろうとしていることだと?」
ホリンズはいたずらっぽく笑みを浮かべた。
とても不気味な笑みにも見える。
まるで悪意を笑みで覆い隠したようにも。
「おっと、これはまだ早い話だ。もしこの続きに興味があるならやっぱりキミはフォレストメイズに来るべきだ。そこで真実がわかる」
「フォレストメイズ…」
「用件はこれだけさ。伝えることは伝えた。僕は退散させてもらうよ」
そうい言って口笛を鳴らした。
すると上空で待機していたワイバーンがこちらへ急降下してきた。
まるでヘリコプターがおこす暴風のように立っているのも辛い風が森の中を駆け巡る。
ホリンズは涼しい顔をしてワイバーンの背中に飛び乗るとそのまま大空へと消えて行った。
残ったのは何も出来ずただ背中を見送る僕らだけ。
何とも後味の悪い結果だ。
ホリンズは特に僕らに何か危害を加えたわけではないと言うのに…。
「レ、レイジ!」
離れて様子を伺っていたサフラが声を上げる。
それを聞いて僕はようやく自分を取り戻すと急いで二人の元へ駆け寄った。
「無事か、二人とも」
「私は平気。でも、ニーナさんはすごく疲れちゃってるみたい。早く休ませてあげないと」
「すまない…この技を使ったあとはいつもこうなんだ…」
「気にするな。お前の援護があったからあの化け物を倒せたんだ。感謝してるよ」
「そうか…そうだったな…。すまない、少し弱気になってしまった。精神をすり減らすといつもこうなんだ」
精神的な疲労は気持ちをネガティブにするらしい。
僕はニーナに肩を貸して馬車へ戻った。
馬車を離れていたのは僅かの間だったが馬は平気な顔をして僕らを迎えてくれた。
どうやら香炉と焚き火の効果があったようだ。
身体を引きずるニーナを馬車に乗せ水の入った水筒を手渡してやる。
「水だ、飲めば少し落ち着くだろ」
「ありがとう。私はこのまま少し休ませてもらうよ。眠ればすぐによくなるはずだ」
「わかった。あとのことは俺たちに任せておけ」
「キミはいつでも頼りになるな」
ニーナはそのまま眠ってしまった。
よほど疲れていたのだろう。
すぐに規則正しい寝息が聞こえた。
僕は御者台で出発の準備をするサフラの様子を確認に行く。
サフラは馬に飼葉と水を与えていた。
「サフラ、出発できそうか?」
「うん。こっちはもう少ししたら大丈夫。レイジは?」
「あぁ、そういえばグリプトンから証拠になるものを持ち帰らないとな」
「あ、そうだね。ニーナさんが心配だから私は待ってる」
サフラに留守番を任せてグリプトンの遺骸の場所へ戻った。
グリプトンからは酸の匂いが漂っている。
あまり長居はしたくない。
鼻を押さえながらグリプトンの蹄を切り取りとった。
「これで何とかなるか?」
誰かに同意を求めたわけではない。
たまに一人で居るときに出る独り言だ。
家で両親を待っていた頃はよく一人遊びで中二病患者のような独り言を呟いていた。
今思うと赤面したくなってしまうが、それも含めていい思いでだ。




