シーン 86
翌朝。
朝日が昇りきる前に行動を開始した。
出発前に地図で目的地を確認するとこの場所から半日ほどの距離らしい。
亜人や魔物の邪魔がなければ昼前には着けるだろう。
「レイジ、そう言えば使っていた鞭はどうした?」
馬車の中で僕の装備を見てニーナが疑問の声を上げた。
昨日から一緒だったが今朝になって気が付いたらしい。
「あぁ、あれはサフラが使うことになってる。大会では借りていたんだ」
「ほぉ…サフラちゃんがねぇ。それはきっと彼女、化けるぞ?」
「だろうな。俺よりも扱いに長けているよ。銃なしで戦ったら負けるかもな」
「かもな、じゃないだろ。きっと、サフラちゃんの勝ちだ」
言われても否定はできない。
それだけサフラの持つ潜在能力は未知な部分が多いからだ。
特に短剣だけで戦うスタイルから防御にも使える鞭を使いこなせば鬼に金棒だろう。
攻守が揃った相手ほど戦い難い者はいない。
それが味方であれば心強くなる。
しばらく進むとオークの一団が現われた。
ニーナによればこの近くに小規模のコミュニティーがあるらしく定期的に移動しては通行人を襲っていると言う。
人間に害をなす相手なのだから躊躇うことなく蹴散らすことにした。
オークの数は全部で六体。
その中に集団を統括するリーダーが居るのは一目でわかった。
「レイジ、真ん中のデカいヤツだ!」
「任せろ」
僕は素早く拳銃でリーダーの頭を撃ち抜く。
ニーナとサフラはそれぞれ各個撃破でオークを屠っていった。
実際にかかった時間は対象を確認したところから数えても数分。
並みのハンターで組んだチームなら倒すのには何倍もの時間がかかるらしい。
「我々にはオークも赤子同然か」
「その中にお前も含まれているからな?」
「そうだったな。こんなヤツらが町に現われれば大騒ぎなんだろうが…キミたちと一緒に居ると常識外れと言うか何と言うか…」
「これでも一応、大会の優勝者、それと準決勝まで進出したお前、それに天才少女のサフラだからな。オークに手間取っているようではこの先に待つ化け物は倒せないだろうさ」
ニーナの実力も十分に人並みを外れている。
僕が人間離れしているのは転生者だからだがそれを差し引いてもニーナは強い。
それに劣らない働きをするサフラも戦況を優位に運べる要因だった。
サフラの実力はきっと並みのハンターを軽く超えているだろう。
太陽が真上に差し掛かった頃になって僕らは目的地へたどり着いた。
地図で見ると帝都よりも広大な森林が広がっている。
元々この森は良質の薬草が採れる場所として有名だった。
ところが依頼のあった化け物の目撃情報で出入りする人が少なくなり最近では物好きで近付く猟師の隠れた穴場になっていたようだ。
襲われたのもちょうど猟師だと言う。
注意しながら森の中をゆっくりと進んでいく。
昼間なのに薄暗いのは高い木々が日差しを遮っているからだ。
途中、森の中を移動する気配を感じた。
ニーナもその気配には気付いていたがどうやら人間に危害を加えない野生動物らしい。
森の中は食料が豊富なため草食動物とそれを襲う肉食動物が集まりやすい環境のようだ。
それとは別に亜人や魔物もここを棲みかにしているらしくあまり油断は出来ないと付け加えられた。
森を進むと木々が伐採されて広場になった場所にたどり着いた。
地図によるとここが森の中心地らしい。
これまで化け物の気配は感じなかったため目的の亀はもっと奥にいるようだ。
「気配を探ったが近くに敵はいないらしい。馬車を置いて奥へ進もう」
「賛成だ。念のために亜人避けの香炉を焚いておこう」
ニーナのアドバイスで亜人避けの香炉を設置した。
これで不意な亜人の襲撃から馬車を守ることができる。
魔物や野生動物の対処には焚き火が有効らしい。
動物は炎を嫌う習性があるため香炉を使うよりも効果的だ。
移動に準備が整うと森の奥へ分け入った。
広場を出てすぐ鼻を突く異臭を感じ取る。
酢のような匂いは森の奥から風に乗って運ばれているようだ。
「この匂い…化け物が吐くと言う酸なのか?」
「わからない。とりあえずこの匂いの先に化け物がいるって言うことなんだろうな。気を引き締めていくしかない」
少し進むと前方に小高い岩山が見えた。
森の中ということを考えれば明らかに不自然だ。
よく見ると少しずつ移動をしているように見えた。
「…ヤツか!」
「デカイ!想像以上だ」
距離は十数メートルほど離れているが一目でこれまで遭遇した亜人や魔物と比べても巨大だとわかる。
一見すれば情報の通り岩山だった。
「気付かれるぞ!気をつけろ」
二人に注意を飛ばすと素早く銃を構えた。
巨大な身体を考えれば拳銃で相手をするには無理がある。
相手に気付かれる前に念じて「M500」に持ち替えた。
化け物は二つの首を別々に動かして獲物を探しているようだ。
腹を空かせているのか機嫌が悪そうに見える。
木の陰に隠れながら相手の様子を伺った。
頭が二つあるという特徴を除けば見たところ巨大な陸亀だ。
見た目はちょうどガラパゴスゾウガメに似て足は太く甲羅は装甲車の外装のように分厚い。
「レイジ、このままヤツが進めば馬車が危ない。ここで食い止めるしかないぞ」
「仕方ない、ここから気付かれないよう頭を狙う。二人は戦える準備をしておくんだ。周りへの注意も怠るなよ」
戦うと言っても相手が巨大過ぎてまともに戦うことは難しい。
どちらかと言えば不意に現われる亜人や魔物に対する対処だ。
これから相手にする化け物は地上から甲羅の頂点までの高さは実に四メートルほど。
頭から尻尾の先までは六メートル近くになるだろうか。
頭はしきりに獲物を探して動き回るため照準が定め難い。
気付かれずに攻撃するチャンスは一度が限界だろう。
精神を統一して照準を頭に合わせた。
発砲音と同時に左側の頭に命中する。
弾は貫通して後方へと消えて行った。
「やったか!」
「いや…まだだ!止まらない!!」
頭を撃たれたのに亀は歩みを止めなかった。
むしろ、今の攻撃でこちらの位置がバレてしまい残ったもう一方の頭が僕らを見つけてきた。
化け物は頭を大きく振ると胃の内容物を吐き出すように勢いよく酸を噴く。
「避けろ!」
咄嗟に酸がかからない場所に二人を抱え移動した。
振り向くと先ほど僕らが居た場所は強酸を浴びた草木がドロドロに溶けている。
直撃すれば骨まで溶かされていただろう。
「す、すまない…助かった」
「あの酸は有機物なら何でも溶かすらしい。浴びればひとたまりもないぞ」
「レイジ、どうする?」
「作戦通りやる。手伝ってくれ」
昨晩二人で確認した作戦を実行することにした。
まずは僕がヤツを引き付けその間にニーナが冷気を操って動きを封じる。
特に危険な口さえ塞いでしまえば脅威はかなり減るだろう。
あとは踏み潰されない距離を保ちながら頭を撃ちぬいて終わりだ。
僕は二人から離れて亀の注意を逸らした。
その間に何発か弾を放ったが甲羅を貫通するほどのダメージは与えられなかった。
やはり残った頭を潰すほかに倒す術はないだろう。
亀はまた頭を振って酸を吐く姿勢を取った。
この間は身体の動きが止まるらしい。
動きが止まったところへ何度か銃撃を試みたがやはり致命傷には至らなかった。
「ニーナ、まだか!」
「焦らないで。ニーナさんも一生懸命やってるから」
二人に視線を送るとニーナは精神統一をして剣に念を込めていた。
巨大な相手の動きを封じるのだから大会で見せた技よりも長いタメが必要らしい。
その間に酸をかわし再び注意を引き付ける。
するとニーナの剣が輝いて亀の頭が凍りついた。
どうやら作戦が成功したらしい。
動きが鈍くなった頭に向け銃口を向ける。
「終わりだ!」
発砲音が鳴り響くと凍った頭を弾が貫通していった。
同時に巨体は制御を失って崩れ落ちていく。
残ったのは酢のように鼻を突く刺激臭と強酸を浴びてドロドロに溶けた木々。
僕は怪物が動かなくなったのを確認して「M500」を「M1911」に戻しホルダーに収めた。




