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シーン 84

 「レイジ、アレ!」


 馬車が急停車して御者台のサフラが声を上げた。

 急いで御者台に行くと進行方向に先ほど話していた亜人フォーモルの姿が見える。

 山羊の目を思わせる真一文字の瞳孔と馬の蹄を思わせる足をもった亜人だ。

 顔付きはゴブリンと変わらず醜悪だが目や口、鼻先を覗いて三センチほどの毛に覆われそれが全身に及んでいる。

 手には巨木の枝から作った棍棒を持ち口からは醜く涎を垂らしていた。


 「…間違いない、フォーモルだ」


 遅れて御者台に移動してきたニーナが眉をひそめた。


 「思ったより早かったな。まあ、攻撃さえ受けなければ平気なんだろう?」

 「そうだな。だが、出来るだけ一撃で仕留めたい。下手に生かせば鳴いて仲間を呼ぶぞ」


 今回現れたフォーモルは一体だけだが鳴き声を上げれば近くにいる仲間を呼ぶことができるらしい。

 一体ならCランクの相手でも複数集まればそれ以上の難易度に跳ね上がる。

 僕は外に飛び出して対峙した。

 改めて見るとその巨大さに驚く。

 身長は二メートル以上あり巨漢のアルマハウドより大きい。

 腕も見てもこれまで対峙してきたゴブリンやオークよりも太かった。

 オークと対峙した時にも思ったが確かにこんな怪物に殴られればひとたまりもないだろう。

 相手との距離は十数メートルほど。

 この距離なら頭を撃ち抜いて終わりだ。

 僕はホルダーから銃を抜き銃口を向けた。


 「相手が悪かったな」


 無慈悲に引金を引くと額に当たった弾は頭を貫通していった。

 フォーモルは悲鳴をあげることなく仰向けに倒れた。


 「ふむ…さすがに一撃か。改めて見ると銃と言うのは恐ろしい武器だな」

 「いくら強力な亜人とは言え頭を撃たれれば即死だろうさ」

 「まあ、そうだな。この分なら今回の討伐も問題なさそうだ」

 「油断はできないさ。お前の活躍にも期待してるぞ」


 ニーナは小さく笑って馬車に戻っていった。

 道の真ん中で倒れるフォーモルをかわして先を急ぐ。

 敵が現れなければ穏やかな馬車旅だ。

 安全の保障さえあれば春の日差しを受けて昼寝をしたくなる。


 「…レイジ、一つ聞いておきたいことがある」

 「何だ?」

 「サフラちゃんのことだ。彼女、あれから変わりはないか?」

 「あれから?」

 「バレルゴブリンと戦った時からだ」


 ニーナはあれからサフラがどう過ごしていたか気になるようだ。


 「そうだな、特に変わりはないと思うぞ。あぁ、そう言えばオークを一人で仕留めたこともあったな」

 「一人で?それは凄いな」

 「全く相手にしていなかったぞ。一応、相手は手負いだったけどな」

 「ほう…それは興味深いな」


 ニーナの目が怪しく光った。

 その様子は何か企んでいるいたずらっ子の雰囲気がある。


 「…お前、よからぬことを考えてないか?」

 「な、何のことだ?」


 明らかに動揺をしているのがわかる。

 目が泳ぎ焦点が定まっていない。

 あまり嘘や隠し事が出来ないタイプのようだ。

 むしろポーカーフェイスで何を考えているのかわからない相手よりは助かる。


 「レイジ、またさっきの亜人が!」


 御者台からサフラの声が聞こえた。

 急いで移動して敵を確認する。

 今度は二体のフォーモルが行く手を阻んでいた。

 先ほどと同じように棍棒を手に持っている。


 「今度は二体だ。私も出よう」


 ニーナは剣を取って外へ飛び出した。

 僕は先ほどと同じように一体を銃で撃ち倒す。

 この程度の相手なら何体集まろが問題ではない。

 ニーナは素早く距離を詰めてフォーモルの胸に剣を突き立てた。

 しかし、致命傷になったとは言えまだ息絶えずフォーモルは悲鳴を上げる。


 「ニーナ!」

 「いいんだ、これでいい」

 「お前、何を言って…」


 普通に考えればニーナが仕損じるはずはない。

 だとすれば言葉通り思惑があってのことだろう。

 近くの林から仲間の叫び声を聞きつけた別のフォーモルが現れた。

 他に姿はなくこの一体だけのようだ。


 「ほら、お出ましだ!」

 「チッ」


 僕が慌てて銃口を向けるとニーナがそれを遮った。


 「何のつもりだ!」

 「私に考えがある。サフラちゃん、こっちに来るんだ!」

 「えッえッ!?」


 突然呼ばれてサフラは動揺している。

 今まで馬車の運行だけが彼女の仕事だったのだから仕方がない。

 むしろ、サフラにはニーナの意図が汲み取れていないようだ。

 それでも彼女は馬をその場に留まらせスティレットを手に持ってこちらへやってきた。


 「よしよし。サフラちゃん、あの化け物を倒すんだ。出来るかい?」

 「え?」

 「できないのか?」

 「えっと…出来ると思います」


 サフラは思っても見ないことを口にした。

 聞き間違いでなければサフラは一人でもフォーモルを相手に出来ると自信を覗かせている。

 サフラの目は透き通っていた。

 迷いを感じさせない目だ。


 「ま、待て!」


 サフラはすでにスイッチが入っていて僕の声が聞こえていなかった。

 気付いた時には駆け出しフォーモルとの距離を詰めていく。

 普通の女の子に比べて身軽な体捌きは本当に十四歳の少女なのかと不思議に思う。

 姿勢を低くしたまま矢のように素早く距離を詰めると反応の遅れたフォーモルの脇腹に短剣を突き立てる。

 しかし、浅かったため致命傷にはならなかった。

 フォーモルは痛みを堪えながら思い切り棍棒を横に薙ぐとサフラはそれを涼しい顔をして避けた。

 メジャーリーグのホームラン打者よりも素早く振りぬかれた棍棒は並みの人間が避けられる速さではない。

 まともに当たれば身体中の骨がバラバラに砕けるだろう。

 それを見てニーナも驚きながらも手を叩いてサフラを称えた。

 余裕のあるニーナに比べ僕にはそんな余裕はない。

 いつ加勢しようかと銃を握る手に力が入っている。


 「レイジ、止めておけ。サフラちゃんを信じるんだ」

 「お前…自分がしてることがわかってるのか!」

 「わかっているさ。これはサフラちゃんのためなんだよ。見ろ、彼女楽しそうに戦っているだろう?」


 よく見るとサフラは笑っていた。

 決して余裕がなく闇雲に戦っている様子はない。

 どちらかと言えば次に来る攻撃を予測しつつ隙を突いて攻撃を加えている。


 「アイツ…あんなに動けたのか?」

 「レイジ、サフラちゃんはキミが思うほど弱くはないよ。オークの一件、あれを聞いた時に気が付いたんだ。サフラちゃんは本当の実力を隠しているんじゃないかって」

 「実力を隠す?」

 「まあ、最初に感じた違和感は宿の裏庭で手合わせをした時だったよ。彼女の本気があの程度ではないと感じたのは間違いではなかったらしい」


 僕らが話している間に勝負が決まった。

 サフラはフォーモルの視界から消えると一瞬で背後を取り心臓に向けてスティレットを深く突き立てていた。


 「バックスタブか。それも恐ろしく精確な突きだ…」


 ニーナが驚くのも無理はない。

 あの技はオークを屠ったのと同じ技だった。

 これで見るのは二度目だが以前よりも精度が上がっているようにも見える。

 サフラはニーナが傷を負わせて動けなくなっていたフォーモルにも短剣を突きたてた。

 これで敵勢力は完全に沈黙したことになる。


 「ふう…」

 「サフラちゃん、お疲れ様」

 「ニーナさん、今の戦いどうでした?」

 「素晴らしい。ただ、まだ本気というわけではなかったね。あれはどういうことだい?」

 「えっと…倒すのに必要な力を使っただけ…ですよ?」


 謙遜しているが僕の目にもサフラが本気でないことは明らかだった。

 特に以前戦ったオークよりも強敵で手負いでもないフォーモルを屠れるほどの実力を目の当たりにすれば驚かずには居られない。

 サフラは返り血の付いた短剣を素早く振って払うと静かに鞘に収めた。


 「サフラ…お前…」

 「隠しててごめんなさい。でもね、私も戦えるって言うところだけはレイジに知ってて欲しかったから」

 「いや…正直驚いたぞ。その動き…本当に父親から教えてもらったのか?」


 サフラの父親は短剣の扱いに長けていたと聞いたことがある。

 クローラー程度の魔物なら相手にならなかったと言うことも。

 ただ、今回のフォーモルはクローラーとは比べ物にならないほど強敵だ。

 それにサフラの父親はゴブリンの襲撃で命を落としている。

 つまり、複数現れたゴブリンには敵わない実力だったはずだ。

 だから、その父親を超える実力を幼くして身に付けたとなればどのようにして得た力なのかと知りたくなった。


 「えっと…基本を教えてもらったのはお父さんだよ。でもね、こうして強くなれたのはもっと別の理由。何て言うのかな、身体が勝手に動くの。さっきの亜人もね、まるで止まっているようだったから…」

 「止まって見える…?」

 「なるほど…サフラちゃんから感じた違和感はコレか。合点がいったよ」


 一人で納得するニーナとは対照的に僕はワケがわからなかった。


 「ニーナ、俺にわかるよう説明してくれ」


 わからなければ聞く、これが疑問を解決する近道だ。

 ニーナは大きく頷いて説明を始めた。

 ニーナによればサフラは人並みはずれた動体視力を持っているらしい。

 だからサフラの身体能力を超える攻撃でなければかわすことも可能で、視覚から得られた情報の分析と処理をする能力にも長けていることから戦闘を有利に進められるようだ。

 先ほども棍棒を空振りしたフォーモルに対して無駄のない動きで攻撃を加えていた。


 「動体視力か」

 「私の見立てでは動体視力だけなら私以上だな。体捌きはこれから身体の成長が止まった時がスタートラインだと思っていいだろう。きっと数年後には私を超える戦士になっているよ」

 「数年後って…ニーナさん、それは言い過ぎですよ」

 「いや、お世辞でもなんでもないさ。サフラちゃん、キミはちゃんとした師匠の元で修行をした方がいい。それがキミのためだ」


 ニーナの言うことはもっともだ。

 基本的な短剣の扱い方を理解している彼女が本格的な戦闘術を学べば化けるかもしれない。

 そうなればニーナを超える日もそう遠くはないだろう。

 ただ、疑問なのはサフラの持つ身体能力の高さだ。

 まだ十四歳の女の子がこれほど動けると言うことは何か秘密があるのだろう。

 もしかすれば転生者と言う線も疑わないわけではない。

 ただ、それを隠している理由があるとすればこれもまた疑問が残るところだ。

 仮に前世の記憶を引き継いでいないとすれば一応説明はつくだろうが、そうなれば転生者と確認する術はどこにもない。

 結局、サフラはサフラだと理解しておく他に今の僕を納得させる方法はなかった。

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