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シーン 82

 翌日。

 昼過ぎに約束通り図面と契約書を持った店長がやってきた。

 昨夜は徹夜で作業をしていたらしく少し疲れた顔をしている。

 それでも目には力があり出来上がった図面にも自信を覗かせていた。


 「できたんですね」

 「はい、こちらをご確認ください」


 テーブルの上に広げられた図面に目を落とす。

 詳しい読み方はわからないが細かく寸法などが記載されている。

 要望した貯水タンクは浴槽より少し小さい印象。

 配管の送水パイプは直径が三センチほどだろうか。

 これでも何とか予定通り運用できそうだ。


 「なるほど。この規模の設備だと予算はいくらくらいですか?」

 「使う鉄の量はおおよその目星がついています。後は納期に向けてどれだけ人員を割くか…それによって異なります」

 「ちなみに最短の納期では?」

 「明日から数えて三週間ほどですね。ウチで働いている職人を全員作業に当たらせればそれくらいでしょう。もちろん取り付けもこちらが行って施工が完了するまでの期間です」


 三週間で完成するのであれば早い方だと思う。

 明日から着手して三週間後なら今の季節はちょうど春頃だから日本で言う梅雨入り前には出来ているだろうか。

 それまで水を使うには手で運ぶしがないが今後のことを見越せば大したことはないだろう。

 契約書と費用を確認してサインをすると店長は満面の笑みを浮かべて帰っていった。

 これで一つやりたいことが片付いたことになる。


 「楽しみだね」

 「あぁ、出来上がったら風呂の用意が楽になるぞ」

 「あッ、でも今日は手で運ばなきゃいけないんだ」

 「力仕事は俺がやるから心配ない。サフラは薪のくべて温度の管理をしてくれればいいさ」


 家事を分業しつつお互いに足りないところを補っていく。

 新生活の滑り出しとしては上々だろう。

 宿暮らしの時より忙しくなるがその分達成感に似た感覚がある。

 自活する苦労を噛み締めつつ時間が流れていった。


 新生活が始まって数日経ったある日ハンターギルドからの使者がやってきた。

 血相を変えているところを見ると大事らしい。

 話によれば数日前から帝都の近くにある森に亀のような怪物の目撃情報が数多く寄せられているとのことだった。

 そして今日初めての犠牲者が出たと言う。

 そのためハンターギルドは僕へ直接依頼に来たらしい。


 「アルマハウドはどうだ?アイツの方が専門家だろう」

 「アルマハウド様は今、ピートの町に現れたジャイアントの討伐に向かっております。仕事を終えて戻られるまでに早くても後三日はかかるでしょう」

 「なるほど…遠征中か。それに、被害を食い止めるには早い方がいい、と。仕方ない、一度ギルドへ顔を出す。そちらで詳しく話を聞かせてくれ」


 身支度を整え二人でギルドへ向かった。

 待っていたのはギルドの統括者、つまりギルドマスターだった。


 「お待ちしておりましたレイジ様。それに、サフラ様…でしたかな。私、ギルドマスターを務めておりますブランチェスと申します」


 この人物がハンターギルドの全権を握る実力者らしい。

 ただ、六十歳を過ぎているだろう老齢の男性であるため今は裏方に徹しているようだ。

 長く伸ばした顎髭は白く染まり短く切りそろえられた白髪スタイルはよく似合っている。


 「わざわざマスター直々とは…よほどの大事とお見受けしますが?」

 「えぇ、この度現れた亀の怪物、つまり今回の討伐対象はギルドとしても初めて遭遇した未知の敵です」

 「未確認の怪物…具体的に特徴を教えてください」


 ブランチェスによると岩山のように巨大な化け物だと言う。

 ちなみに以前コロッセオに現れホリンズが使役していたワイバーンと比べても身体は倍近く大きいようだ。

 今回現れた怪物の特徴は亀のように硬い甲羅と二つの頭を持ち口から酸を吐き出すらしい。

 イメージは中国で神として扱われる玄武とよく似ているが決定的に違うのは頭が二つある点だろう。

 そして酸を吐くと言う特徴も今回の討伐にとって大きな障害になりそうだ。


 「厄介な相手ですね。他に情報はありませんか?」

 「今のところわかっているのはこれだけです。こちらとしましてはアルマハウド様を倒したレイジ様ならと思い依頼した次第です」


 ハンターギルド側の判断としては悪くないと思う。

 何人かのハンターを同時に差し向けるより一人でも十分かそれ以上に渡り合えるだろう戦力を送り込む方が効率的だ。

 ただ、気を付けるべきは怪物の能力だろう。

 酸を浴びたとなればきっと命はない。

 それなりの対策をするかもう一人くらい信頼できる仲間を連れて行く方が無難だろう。

 サフラを入れて三人になるが馬車で移動すればストレスは少ないはずだ。


 「わかりました。ただ、相手がよくわかっていない以上、サフラとは別に後一人実力のある仲間を連れて行こうと思います」

 「構いません。どなたかアテはありますかな?」

 「一名、たぶん大丈夫でしょう。問題は見つかるか…ですが」


 思い付いた相手はニーナだ。

 実力もあり戦闘経験も豊富な彼女なら活躍してくれるだろう。

 それに気の知れた間柄なので下手に見ず知らずの仲間を引き込むより気が楽だ。

 問題はニーナの所在だった。

 バウンティーハンターと言う職業上、依頼を受けて帝都の外にいる可能性がある。

 彼女は単独行動が多いため見つけるのは難しいかもしれない。


 「依頼をお受けしていただけると言うことでよろしいですかな?」

 「はい。もう一人の仲間が見つかり次第討伐に向かいます」


 まずはニーナの捜索だ。

 まだ日が高い時間帯だから酒場には居ないだろう。

 バウンティーハンターはハンターのように組織に加入しているわけではないため、特定の溜まり場があるわけではない。

 また、彼女を見つけにくくしている要因の一つに帝都の広さがある。

 大都市と言う特性上、人の往来が多く仮に近くに居ても気が付かないだろう。

 意識的に探してようやく…と言ったところか。

 

 「あまり時間がない。ニーナの行きそうな場所を探さないと」

 「その前に町に居るのか確認しないと。依頼を受けて外に出てるかもしれないから、やっぱりギルドで聞いた方が早いんじゃないかな?」


 一度外へ出たハンターギルドに戻り受付で聞いてみることにした。

 しかし、ニーナがここへ来たという情報は得られず捜索は再び振り出しにもどってしまった。


 「ここには来てないか。一人でどこかの町に行くっていうことも考えられるが…依頼を効率よくこなすなら情報が集まりやすい帝都から出るとは考え難いな」

 「うーん、ニーナさんについて知っていそうな人を探すところだからだね。そうなると…ハンターの人たちかな?」

 「もしくは同業者だな。まあ、ここで張っていれば誰か来るだろ」


 ハンターギルドの入口で待っていると何人か横を通り過ぎていった。

 その一人一人に声を掛けニーナについての情報を知らないかと質問したものの結局誰も知らないという結果しか得られなかった。


 「思ったより難しいんだな、人探しって」

 「ギルドでも人探しの依頼ってあるみたいだから思ったより簡単じゃないんだね」

 「仕方ない、歩いて探そう」

 「…ん?何やってんだ、お前ら?」


 歩き出そうとして背後から声がした。

 声の主は目つきの悪いあの男だ。


 「クオルか」

 「クオルか、じゃないだろ。何だ、誰か探しているのか?」

 「あぁ、ニーナを探している。お前、アイツがどこにいるか知らないか?」

 「知っているぞ。今なら南の商業区画、そこの広場に居るはずだ。まあ、何の用事か知らないが、わからなければ聞きに来るといい。俺は大体ここに居るからな」


 大会が終わってから僕に対するクオルの対応が少し柔らかくなったは気のせいではない。

 クオルが全力を出しても敵わなかったアルマハウドを倒したという事実は彼にとって衝撃だったようだ。

 元々、自分より強い者を倒すことが彼の生き甲斐だが、まったく太刀打ちできないような強大な相手はその対象から外れるらしい。

 すっかり毒の抜けたクオルに礼を言うと意外そうな顔をされた。

 ただ、気分を悪くしたわけではなくどこか嬉しそうに見える。


 クオルに教えられた通り南の商業区画へ移動した。

 ここは帝都の中でも特に人通りが多い場所だ。

 この中で見つけるのははっきり言って難しい。

 朝の通勤ラッシュで賑わう大都市の駅と同じくらい人口密度が多いからだ。

 帝都で暮らす総人口は東京に遠く及ばないがそれでも推定で数十万人単位だろう。

 外から行商や旅行などで訪れる人の数を合わせればその数はさらに多くなる。

 この時代は農業の工業化がまったく進んでおらず食糧生産の能力も乏しいことから現代に比べて人口は少ない。

 それでもこれだけ多くの人が集まるのを見ると帝都が持つ集客力の偉大さを実感せざるを得ないだろう。


 「ここで見つけろってか?さすがに一筋縄じゃないかないだろ」

 「うーん、でも、クオルさんの話だとここに居るって言ってたよね。確か広場だって言ってたような気がするよ」

 「じゃあ、広場に移動してみるか。見つからなければ次の手を考えよう」


 広場に移動すると人だかりが出来ていた。

 人々が集まって何かに熱中しているようだ。

 輪の中心に居たのは見覚えのある女性。

 探していたニーナだった。

 そんなニーナに男が殴りかかっている。

 いつものケンカだと思ったがニーナは一切手を出す様子はなく近くには何故か砂時計が置かれていた。

 そして、砂時計の砂が落ちた頃ニーナが声を上げた。


 「時間だ。お客人、またのご利用を」

 「く、クソ…何で当たらねぇんだ」


 男は愚痴をいいながら人混みに消えて行った。

 よく見るとニーナの横に小さな看板が置いてあった。

 そこには「殴られ屋」とある。


 「ん?レイジじゃないか!」


 人だかりの中から声を掛けられ一斉に注目が集まってしまった。


 「お前、何やってんだ?」

 「見ての通り商売さ。どうだい、キミもやってみるか?」

 「遠慮しておく」


 どうやらニーナは依頼をしていない時は気まぐれでこんな商売をしているらしい。

 砂時計が落ちるまでの時間は約一分ほどだろうか。

 それまでの間彼女は攻撃を避け続けるというものだ。

 そして、決して反撃はしないのだと言う。

 彼女の挑発的な言動もあって挑戦する若者は後を絶たない。

 そのためこうして商売として成り立つらしい。

 彼女自身も日々の鍛錬を兼ねた一環で小銭稼ぎをしているのだとか。

 料金は銀貨一枚と決して安くはないが日頃のストレスを抱えた労働者が鬱憤を晴らそうと躍起になるらしい。

 ただ、実際はまったく殴ることができないため利用者はかえってストレスを溜め込んでしまうのではと思うのだが。

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