シーン 81
翌日、早朝から取り掛かろうと思った作業がある。
昨日から考えていた水を便利に使うための給水システムだ。
主な利用目的は浴槽への給水だが工夫すれば二階のキッチンにも引き込めるかもしれない。
朝食を終えたらまずは庭に出て頭の中の構想を膨らませることにした。
イメージは昔ながらのアパートやマンションの屋上にある給水タンクだ。
落差を利用して各部屋に水を行き渡らせるものだが、これに似たものが作れないかと考えている
ただ、家の屋上に設置するとタンクへの給水方法が問題だ。
そのため出来れば極力労力を使わず手軽に利用できるシステムがいい。
現実的なのは僅かでも落差を出すために浴槽より高い位置にタンクを設置するプランだ。
櫓を組んでその上にタンクを置き直接家の中に引き込むのが無難だろう。
そうなるとこのプランでは二階へ水を運ぶ方法はこれまで通り手作業となる。
どちらにしても今は構想段階なのでいろいろ考えて後から修正しようと思う。
貯水タンクと送水パイプについては鍛冶師に頼んで特注する予定だ。
相手もプロなのでおおよそのデザインと機能を説明すれば形になると思う。
これは生活を便利にする知恵なので予算が掛かろうと投資しても損にはならないだろう。
おおよそのイメージが膨らんだところで鍛冶屋を目指した。
「鍛冶屋に何の用?」
「風呂に水を引き込むためのシステム作りさ。出来上がったら便利になるぞ」
「昨日言っていたのかな?」
「そうそう。説明はあとでするからな」
サフラと一緒にたどり着いたのは町の北部にある鍛冶屋だ。
見つけたのは主に鉄製の武具から生活小物まで製造する工房だった。
店の中に入ると異様な熱気が充満していた。
鉄の火入れをする炉が高温になり室内の温度を上げているようだ。
炉が設置してある一画に近付くだけで汗が吹き出してくる。
店内には三人の男性が汗まみれになりながら作業をしていた。
「すみません」
「あ、いらっしゃい。どのようなご用件ですか?」
応対してくれた店員に事情を伝えると少し困った顔をされた。
隣で話を聞いていたサフラも想像がつかないのかこちらも困り顔だ。
応対した店員ではわからないということで、急遽店長を呼びに行くと言って奥へ引っ込んでしまった。
しばらくするとよく日に焼けた色黒の男が現れた。
他の店員たちとは違い仕立てのいい服を着ているため彼が店長で間違いなさそうだ。
「お待たせしました。えぇ…ウチのヤツから簡単に説明は聞いたんですが、詳しくお話を聞かせてもらえませんか?」
しきりに僕の表情を伺っている。
どうやら胸の勲章から爵位持ちと判断したのだろう。
見た目がいかにも職人と言う店長だが権力者には弱いらしい。
こんなところでも爵位と言う地位が役に立つのだとしみじみと思った。
僕は頭に思い描いたイメージをそのまま口頭で伝えると店長は意外そうな顔をした。
ただ、先ほどの店員とは違い落ち着きがある。
「なるほど…落差で水の管理…ですか。私どもでは思い付きもしませんでした」
「実際話を聞いてみてどうです?不可能なら別の手段を考えなければいけないので、判断を伺えますか?」
「率直に申し上げれば可能でしょう。ただ、なにぶん携わったことのない仕事ですから、お時間をいただければ何とかと言ったところでしょうか」
「そうですか。ちなみにアナタの見立てではどれくらい掛かりそうですか?」
「一度現場を拝見して、それから図面をひいて、それから作業に取り掛かりますので、早ければ二週間、遅ければ数ヶ月単位と言ったところでしょう」
納期に開きがあるのは言葉の通り経験のない仕事だからだろう。
普段手がける一般的な武具一式の製作では二人の職人が同時に作業して一週間ほど掛かると言う。
高価な武具になれば細かな細工が増えるためそれくらいは必要になるらしい。
ただ、今回製作を依頼しようとしているのは巨大な水槽と送水用の配管だ。
「納期については出来るだけ早いほうがいいですが、特にいつまでと言うことはありません。可能ならお願いしたいんですが、どうでしょう?」
「わかりました。最終的な判断は現場を拝見してから決めようと思います」
思い立ったが吉日と言う言葉の通り僕らはそのまま店長を連れ出して自宅へ案内した。
店長は工房の二階で寝泊りしているため東の居住区画へ足を運ぶ機会はほとんどないと言う。
元々貴族や富裕層が生活する地域なのでよほどの用事がない限り僕でも立ち入ろうと思わないので彼の気持ちはよくわかった。
「わ、私みたいな者がこんなところへ来るのは恐れ多いですな」
「身構えなくて結構ですよ。少し居心地が悪いかもしれませんがすぐに慣れると思います」
店長を伴って三人で歩く姿は住人から多くの視線を集めた。
僕は気にしていないが店長は気になって仕方がないらしい。
確かに煌びやかな服を着たセレブが多い路地では店長のような職人は浮いてしまう。
ただ、店長も仕事と割り切って途中から堂々としていた。
自宅へたどり着くと店長は驚いた様子だ。
それを証拠に感嘆の声を口にした。
家とだけ伝えていたのでもう少し小さな建物を想像していたらしい。
下手をすれば田舎の宿ほどある佇まいのため驚くのも仕方がないと思う。
その足で店長を裏庭まで案内した。
「ここです」
「なるほど。それで井戸から建物の浴槽を繋ぐ…と。これはなかなかの仕事になりそうですな」
「出来そうですか?」
「出来なくはない、と言ったところでしょう。ちなみに貯水タンクというのはどれほどの規模を想定でしょう?」
「そうですね、できれば浴槽より大きなものを希望します。無理なら可能な限り大きいものを」
「浴槽ですか。そちらも一度見せていただけませんか?言葉ではなかなかイメージが沸きませんので」
風呂を見るとまた驚かれてしまった。
浴槽は大人が足を伸ばして浸かれる程度の大きさがある。
普通、この世界の風呂と言うのは水が貴重と言うこともあり膝を抱えて入る程度のものがほとんどだ。
僕らがこれまで目にしてきた風呂はすべてその程度の大きさだったので間違いではない。
「なるほど…これほどとは思いませんでした」
「どうでしょう?」
「工夫をすれば…と言ったところでしょう。それでも最初に頭の中で想定していたものより少し小さくはなると思いますが」
「そうですか。配管の方はどうです?結構距離があると思うんですが」
「そちらについては問題ないでしょう。我々も手がけるからには手を抜きたくはありません。配管は庭から落差を保ったまま建物を這わせるようにすればよいでしょう。その方が見た目も良いと思いますので」
「そうですね。では、お願いできますか?」
「わかりました。それではこれから工房に戻って図面をひきます。そこで工事完了までのおおよその経費が計算できるでしょう。契約はその後と言うことにいたしましょうか」
店長は後日契約書を作成して持ってくると説明して帰っていった。
その後姿にはやる気に満ちたオーラのようなものが見える。
どうやら職人魂に火をつけたらしい。
時間にすればわずかの間ではあったが前向きな彼の言葉に希望を持つことができた。
「ちゃんと伝わったのかな?」
「たぶん大丈夫だろ。図面を作るらしいから、そこで一度イメージを確認できさ。問題があればこちらから指摘すればいい」
「そっか。でも、レイジはどうしてこんなことを思いついたの?」
「生活を便利にするための工夫だからな。必要に迫られたってことだよ」
実際、毎日井戸から水を汲んで運ぶとなれば浴槽と井戸を何往復もしなければならない。
ただ、このシステムが完成すれば時間があるときにタンクへ水を溜め必要なときに水を引き込むことが出来る。
今回の計画では二階まで水を引き込むことはできないがそちらの問題については何か解決策が見つかれば対応したいと思う。
気が付くと時刻は正午を過ぎていた。
僕らは昼食を済ませ今晩の食材を探しに町へ出かけた。
「今晩は何を作るの?」
「サフラの好きな料理って何だ?できればそれを作ろうと思うんだが」
「私の好きなもの?うーん…ポトフかな」
「ポトフか。作ったことはないけど食べたことはあるし中に入っている物は知っているな」
「作れるの?」
「やってやれないことはないと思うぞ」
実際に食べたことはあっても作った経験はない。
ただ、中に入っているものから調理法を想像すれば出来なくないだろう。
それでも出来上がったのもが「よく似たもの」になる可能性は否定できないのだが。
まずは材料を買うために露店を回ることにした。
具材にはジャガイモや玉ねぎ、人参や大根などの野菜が入っていたはずだ。
味付けは塩とコショウ、それにコンソメと具材から出る出汁で足りるだろう。
スープから微かにオリーブオイルの香りがしていたので材料の一つとして必要だ。
肉はベーコンかウインナーが入っていたと思う。
見つからなければ干し肉を入れても代用できそうだ。
まずは野菜を売る店で目的のものを仕入れる。
さすが帝都と唸るほどの品揃えなので目的の野菜を見つけることは簡単だった。
幸先のいいスタートを切ったところで次の店に向かう。
次に訪れた店は食用油を専門に扱う店だ。
専門店はすぐに見つかりオリーブオイルを一瓶買った。
残るは肉だ。
この世界には冷蔵庫と言うものが存在しない。
そのため常温で肉を保存することが難しく、肉製品は燻製や乾燥させて手を加えた食品がほとんどだ。
「燻製屋さんだよね。スモークの匂いがするからすぐに見つかるよ」
サフラの言葉通りウインナーを象った特徴的な看板の店を見つけた。
店内からは微かにスモークの香りがしている。
「ここか」
「あ、ウインナーもあるよ」
店に入ってすぐに目的のものを見つけた。
ついでなので干し肉のストックも購入しておく。
これで当分サンドイッチの具材にも困らないだろう。
さっそく家に帰って調理を開始する。
まずは昨日使った土鍋に水を張り沸騰させるところからだ。
沸騰したところで野菜を入れ火が通ったところでウインナーとベーコンを投入する。
煮立ったところで塩とコショウそれにコンソメを入れて味の調節をした。
途中で味見をしてみたが何か何かが足りていない。
結局最初に想定していた「よく似たもの」が出来上がってしまった。
ただ、これはこれで食べられなくはないため、何事もなかったようにそのまま食卓の中心に据え淡々と夕食の準備を進める。
今日は土鍋を使ってしまったため主食はバケットだ。
サフラはご飯を希望していたがこれでは調理できないため仕方がないと納得してくれた。
煮込み料理をする時は土鍋が足りなくなってしまうためもう一つくらい買い足しておいた方がいいかもしれない。
これも生活していく上で徐々にわかっていくことの一つだ。
「うん、美味しいね」
「それはよかった。おかわりするんだぞ」
気付くと鍋は空になっていた。
料理を作った身からすれば全て食べてもらえると作った甲斐があると言うものだ。
また作ってやろうと言う気にもなる。
次は何を作ろうか、そんなことを思いながら夜が更けていった。




