シーン 80
ご飯が炊き上がったところで本題のチャーハン作りに移る。
サフラもこれからどうやって料理するのか気になるようだ。
それを証拠に目を輝かせて僕の顔を見ている。
「えっと、これからチャーハンを作るんだよね?」
「そうだな。準備するから隣で見てな」
チャーハンの作り方はオリジナルだ。
誰かに習ったと言うよりいろいろ作り方を参考にしていいとこ取りをしている。
しかし、この世界では欲しい食材が必ずしも手には入るとは限らないためなければ似たもので代用するしかない。
その辺りも考慮して出来上がりを想像しながら調理を開始する。
まずはフライパンを熱して油を敷く。
次にフライパンに卵を入れて大きくひと混ぜする。
卵が半熟より柔らかい状態になったらご飯を投入。
ご飯は事前に器に移して冷ましておいたものを使う。
混ぜながら米の一粒一粒に卵の膜ができるよう手早く炒める。
本来ならここでネギを入れたいところだが店には売っていなかったため、薬味の代わりにバジルを細かく刻んで代用した。
ただし、バジルは入れすぎると香りを主張しすぎるため少量にしておく。
どちらかと言えば香り付けと言うより彩を添える要素が強い。
少し香りが出てきたら塩を振り豚肉代わりに用意した干し肉、人参、ピーマンを細かく切って入れ炒める。
野菜に火が通ったところで塩とコショウを入れアクセントにカレー粉をひとつまみ投入した。
本当は隠し味に醤油を入れたいところだが代用できそうな調味料が見つからなかったため今回はカレー粉を選んだ。
出来上がったのはカレー風味のチャーハンで、試食をしてみたが我ながらウマくできたと思う。
もちろん現時点の味の評価は自画自賛の域を出ていない。
「完成だ。あとは皿に盛り付けるぞ」
「お皿の準備だね。任せて!」
結局サフラの出番は食器を並べるだけで終わった。
本格的な料理の勉強はこれからだ。
彼女に盛り付けを任せつつ後片付けをしながら慌しい調理の時間を終えた。
「よし、さっそく食べよう!」
「いただきま~す」
「…どうだ?」
思えば他人のために作った料理を食べさせるのはこれが始めてだ。
いつもは自分勝手に好きな料理を作り、時には奇抜な創作料理にも挑戦していた。
だから味覚が他人とズレているのではと少し心配にもなる。
「美味しい!?こんなの初めて」
「それは良かった。おかわりもあるからな」
「は~い」
どうやら美味しかったようだ。
嘘を言っていないのは嬉しそうな表情が物語っている。
二人ともお腹が空いていたこともあり皿はすぐに空になった。
久しぶりのチャーハンの出来きにも満足だった。
食後の心地よい満腹感と嬉しそうなサフラを見て幸せな時間が過ぎていった。
食事を終えて一息ついた。
そう言えば何か忘れているような気がする。
何だろうと考えるとようやく思い出した。
そう、風呂のことだ。
まだ浴槽には水も入っていない。
今から準備すれば入れるまでに一時間以上かかるだろう。
「サフラ、風呂はどうする?」
とりあえずサフラに確認をしてみる。
彼女が乗り気なら今から準備をしようと思うが、そうでなければ近くの共同浴場を使うのも手だろう。
まだ引越をしたばかりなので不慣れなところもあるのも事実だ。
落ち着いて生活ができるのはしばらく先だろう。
「外、もう暗いよね」
「だな」
「井戸から水を汲むのも大変だし…」
時間が掛かるのを考えれば悩んで当然だ。
僕も出来る限りサフラの望みを叶えてやりたいと思っている。
なので、ギリギリのところでアドバイスをすることに決めた。
彼女は黙り込んだまま何かを考えているようだ。
おそらく心の中ではいろいろな感情が渦巻いているのだろう。
彼女は何事にも真剣に取り組むタイプなので最善の方法は何かと考えているようだ。
見かねて助け舟を出した。
「じゃあ、共同浴場にでも行ってみるか?」
「あッ、それがいいかも。大きなお風呂でゆっくりしたいし」
「決まりだな」
意見がまとまったところで僕らは家を出て共同浴場に向かった。
路地には松明が設置され足元を照らしている。
家々から漏れる光もあって迷わず目的地にたどり着いた。
共同浴場は国が管理する公的な場所だ。
利用客のほとんどが居住区画の住人のためいかにもブルジョアと言った雰囲気の客が多い。
しかし、裸になってしまえば身分を気にする必要はないだろう。
受付を済ませサフラと別れて脱衣場に入った。
まず目についたのは天井のシャンデリアだ。
さすが金持ちが利用するだけあり内装が豪華な作りになっている。
浴室には円形の浴槽があり同時に二十人近くが入れるほど巨大な物が設置してあった。
ちょっとした子供用プールのようだ。
浴室を見渡すと現在利用中の客は僕を除いて六人ほど。
その中で一際大きな背中を見つけた。
背中にはいくつもの切り傷があり他の客らと比べても異様な印象だ。
その正体はすぐにわかった。
「やはりアンタだったか、男爵」
「ん?お前は…レイジか。珍しいところで会ったな」
振り向いた男は数日前に死闘を演じたアルマハウドだった。
「あぁ、近くに家を買ったんだ。元々、大会に参加したのは身分証が欲しかったからだしな」
「なるほどな」
アルマハウドは強面の外見をしているものの意外と人当たりのいい性格をしている。
一見面倒くさそうに応対しているがこうしたやり取りが嫌いというわけではなさそうだ。
もし本当に苦手なら無視をするか立ち去るなど行動で示すだろう。
戦った時よりも言葉使いに変化があるのは戦いの直後にお互いを認め合い握手を交わしたのがきっかけだ。
男同士の友情と言ったところか。
近くにあった桶で掛け湯をして彼の隣に浸かった。
「男爵はよくここを利用するのか?」
「町に居る時はな。一年の大半は外に出ているから毎日ではないが」
「やはりドラゴンの討伐か?」
「そればかりではない。一応、これでもまだハンターのライセンスは失っていなくてな。依頼があればどこへでも出向くのさ」
アルマハウドは今も積極的にハンターの活動を行っているらしい。
本人の実力もかなり高いことからギルドも並みのハンターが太刀打ちできないような強敵を専門に紹介しているのだとか。
その中でもドラゴンは別格で年に数回は一人で討伐に赴いているようだ。
「一人でドラゴン退治か…そりゃ凄いな」
「レイジほどの腕があれば一人でも可能だろう。私の鎧に風穴を開けたのだからな」
「あれはたまたまさ。まあ、あの時は無我夢中だったんだけどな」
目を閉じると決勝戦のことが思い起こされた。
あの時は本当に死ぬかと思うほどの緊張の連続で正直生きた心地がしなかったのをよく覚えている。
今でこそアルマハウドとこうして会話ができているものの当時の僕には想像も出来ないことだった。
「そう言えばあのホリンズと言う男…ワイバーンを飼い慣らしていたな」
アルマハウドは思い出したようにホリンズのことを口にした。
僕もヤツのことは気になってはいたが今のところこちらから何か手を講じると言うことは考えていない。
「あぁ、ペットだと言っていたよ」
「ペット…か。ドラゴンは人に懐くようなものではないんだがな…」
「だろうな。あんな巨大な生物だ、普通なら人間を餌くらいにしか思っていないだろうさ」
ドラゴンは全ての生物の頂点に君臨する王者と言っても過言ではない。
あまりに巨大な身体は一撃で木々を薙ぎ倒し並みの人間が相対すれば簡単に命を落とす最強最悪の生物、それがドラゴンだ。
つまり、ホリンズはそれを従えるだけの能力を持っていると言うことになる。
「ヤツが逃げる時、レイジに何か言っているようだったが、アレは何だったんだ?」
アルマハウドが思い出したのはホリンズが僕に最後に伝えた言葉だった。
会場が騒然となっていたため近くに居た僕にしか伝わらなかったらしい。
「確か…興味があるならフォレストメイズへ来い…そう言っていたな」
「フォレストメイズだと?」
「知っているのか?」
「あぁ、我々ヒューマン族とエルフ族の世界を隔てる巨大な森だ。一度入れば抜け出せないことからメイズ、つまり迷宮と呼ばれる場所だ」
アルマハウドによればフォレストメイズにはウェアウルフや樹木の亜人「エント」が多く生息していると言う。
ウェアウルフはビルのような素早い亜人だが、エントは反対に動きの鈍い亜人のようだ。
アルマハウドによればどちらも集団行動を好み、特にエントに囲まれればドラゴンを相手にするよりも厄介だと言う。
「そのエントってヤツはどう言う姿をしてるんだ?」
「樹木に顔が付いていると思えばいい。ヤツらは根を地面から切り離し、ゆっくりと移動しているんだ。普段はそこらの木々と変わらないからよく見ないと見つけるのが難しい。厄介なのは普通植物は大地から栄養を吸い上げて成長するが、エントは他の生物を捕食して成長する。つまり、我々も捕まれば餌にされてしまうんだよ」
アルマハウドの説明が確かならエントは食人植物と言うことになる。
しかし、捕食対象は人間に限ったことではないためもっと別の呼び方があるかもしれない。
彼によればエントに遭遇した場合無理な戦闘は避け退路の確保を優先するよう教えてくれた。
「ドラゴンより厄介な亜人…か。できれば出遭いたくはないな相手だな」
「私も同感だ。一度ヤツらに襲われ危うく餌になりかけたことがある。ヤツらには痛覚と言う概念がないらしくてな。身体を切られたくらいでは動じないんだ」
「そんなヤツどうやって倒すんだ?」
「ヤツらの弱点は「目」だ。人間と同じように二つ目を持っているが、どちらかを潰せば動かなくなる」
「目か。わかった、覚えておくよ」
他にもウェアウルフの対処法を教えてくれた。
ウェアウルフは以前にビルと戦っているから初めての相手ではない。
しかし、それは一対一の場合であって気を付けなければいけないのは相手が集団の場合だと言う。
「ヤツらは狡猾だ。ただ、それを操っているリーダーが必ずいる。そいつを倒せば集団の統率力が失われて戦いやすくなるんだ」
「なるほどな」
「それよりも…だ。あのホリンズと言う男だが、私の見立てではいずれ我々に害を及ぼす者だと思っている。始末するなら早いほうがいい」
アルマハウドは目を細めて静かに殺気を放った。
彼も僕と同じくらい勘が働くためホリンズが持つ異質さに気付いたようだ。
僕自身もホリンズと言う男は危険だと思っている。
あれだけの実力を有しているのだからその気になれば国家を転覆させるくらいのことは造作もないだろう。
ワイバーンのような強力な魔物を使役して多勢で帝都に攻め込めば被害の規模は想像を絶するものがある。
「あぁ、アイツは普通じゃない。ただ、同時に興味があってな。いずれ決着をつけようと思っている」
「そうか。その時は手を貸してもいいぞ。まあ、お前ほどの実力なら私は必要ないのかもしれないがな」
「いや、助かるよ。その時はお願いする」
すっかり長湯になってしまいお互いに顔が真っ赤になっていた。
危なくのぼせる一歩手前だ。
ただ、貴重な話を聞けてよかったと思っている。
昨日の敵は今日の友と言う言葉が脳裏に浮かび自然と笑みがこぼれた。
アルマハウドは見た目通り頼りになる男だ。
今後、今回のように情報交換をすることもあるだろう。
別れを告げ、最後に冷水を身体に浴びて浴室を後にした。




