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シーン 78

 商談はすぐに終わった。

 契約の内容も一つ一つ確認したが不備はないようだ。

 書類の中には物件の「ワケあり」な部分を口外してはいけないと言う文言もあったがたいした問題ではない。

 大丈夫だと伝えるとマルスも納得してくれた。

 ちなみにワケありの部分を口外すると違約金として金貨五百枚を支払わなければならない。

 これは通常この物件を手にした場合に発生する適正な金額から今回支払った差額だ。

 つまりワケありの部分の契約が反故になった場合通常の契約で購入することになる。

 この辺りもしっかり契約書に明記されていたので注意しなければならない。

 最後にお金を手渡し書類にサインをした。


 「ありがとうございます。これにて売買契約は成立いたしました」

 「こちらこそ礼を言うよ。それと契約内容によれば今日から生活できるんでしたよね」

 「さようです。何か必要な物はございますか?」

 「それは生活を始めてからかな。今日のところは食材があれば大丈夫だと思いますよ」

 「さようですか。それと、作り付けの家具は設置してありますが、ご覧になった通り布団や調理器具などの生活に必要な小物はございませんのでご注意ください」


 簡単な注意事項を受け最後に鍵を手渡され外へ出た。


 「いよいよだな」

 「うん。楽しみだね」

 「まずは宿をチェックアウトして荷物を運び込もうか」


 人波を縫って町の中を移動する。

 今回の買い物で財布の中身が大半なくなってしまった。

 それでも出費に見合う買い物だったため問題はない。

 宿から荷物を運び込んで引っ越し作業が終わった。


 「サフラ、家の中を探検しないか?」

 「うん」


 嬉しそうなところを見ると楽しみにしていたようだ。

 初めてのモノは知的好奇心をくすぐる。

 僕らは一階から順に見て回った。


 「まずは一階だが…確か、店舗にしてもよかったんだよな?」

 「そう言ってたね」


 一階の広さは十二畳ほどある。

 仮に前世なら車を駐車するガレージと言ったところか。

 マルスが説明した通り店舗として利用するにしても設備を揃えなければならない。

 ここを飲食店とした場合厨房を増設しなくてはいけないため一度に入れる客は十名程度と言ったところだろうか。

 また、物販の店であれば商品棚を設置するだけなので飲食店よりも出店コストは低い。

 どのように利用するのかについては今後の課題としておこう。

 店舗として利用しなければ物置に使ってもいい。


 「そう言えば一階にお風呂があったよね」


 浴室は一階の建物の北側にある。

 上水設備はないが地下に下水管が埋設されているようだ。

 そのため入浴後の残り湯は浴槽の栓を開けて流せばいい。

 問題は水の管理だ。

 利用できる水は中庭にある井戸から使用するため桶で一杯ずつ汲み上げて運ぶしかない。

 満水になるまで何度も運ぶのは骨が折れる作業だ。


 「水の管理がイマイチだな…。蛇口があればいいんだが」

 「…ジャグチ?」

 「ん?あぁ、サフラは知らないのか。捻ると水が出る栓だ。日本にはそんな設備があったんだよ」

 「それ…魔法?」

 「いや、魔法じゃないが…」


 この世界に来て水の有り難さを実感している。

 水を手に入れるためには桶を使って井戸から汲むか川の水を使かわなければならない。

 現代社会の常識が抜けない僕の場合は川の水を直接飲むのは勇気がいる。

 よほど源流に近い清水なら話は別だが町の中を流れる川では衛生状態が気になって仕方がない。

 また、井戸についても毎年の飲み水検査をしているわけではないため転生当初は食中りにならないかとヒヤヒヤしていた。

 しかし、これまで腹を下すような腹痛に襲われたことは一度もない。

 毒にも耐える身体に生まれ変わったのが理由の一つかもしれないが、サフラも平気なところを見ると本当に安全な水だった可能性もある。


 「少し工夫が必要だな。まあ、アイデアは浮かんでから楽しみにしてな」


 続いて裏庭に出た。

 ここには井戸とトイレがありこれまでに利用した宿と同じ作りだ。

 サフラによれば水周りの設備は裏庭に隠すのが常識だと教えてくれた。

 庭の周りは高い板塀で囲まれているため外から覗かれる心配はない。

 しかし、隣接する建物の二階以上であれば見下ろせてしまうためまったく見えないと言うことはないため注意が必要だ。

 裏庭と言う場所は敷地内であってもあまりプライベートな空間ではないと言う印象を受けた。


 続いて二階に向かう。

 二階は基本的に日中の多くを過ごす場所だ。

 キッチンとリビングがあり高級そうなソファーも置かれている。

 ちなみに、ここへ越して来て最初に荷物を運び込んだ場所だ。


 「普段はここで過ごすことになるな。一応、最低限の家具は揃ってるから後は小物だな」

 「あとで買いに行かなきゃね」


 続いて三階へと移動する。

 こちらは寝室とウォークインクローゼットの二部屋構成だ。

 寝室は十畳ほどありキングサイズのベッドが置かれている。

 マルスの言っていた通り布団などの寝具がないためこれも買いに行く必要があった。

 ウォークインクローゼットは二畳ほどだが二人で使うには十分だろう。

 最後に四階へ移動する。

 四階は十畳あるワンフロアで自由にレイアウトして使うらしい。

 基本的には倉庫のように使うことになりそうだ。

 普段使わない物を収納すれば二階と三階を広く使うことができる。


 「さすがに二人で暮らすにはデカイな」

 「でも、小さいよりいいよね」


 大は小を兼ねると言うヤツだ。

 広くて苦労をするのは掃除くらいのものだろう。

 日本の家とは違い室内でも靴を履いて生活する。

 掃除にはモップを使い水拭きをすればいいだろう。

 全ての部屋を見終わり二階に移動した。


 「さて…と。残るは買い物だな」

 「そろそろ暗くなるから急がなくちゃね」


 窓の外を見ると風景が微かにオレンジ色の夕焼けだった。

 間もなく夜の帳が降りる頃だ。

 買い物は迅速に必要な物を優先する必要がある。


 「先に寝具だな。次に食材と調理道具だ」

 「そう言えばさっき寝具店の前を通ったよね」


 先ほど宿から新居への移動中に寝具店を見つけた。

 まずはそこへ向かうことにする。


 「主人、すまないが寝具を見せてくれないか?」


 目的の店に入りカウンターにいた店員に声をかけた。

 カウンターに立っていたのは中年の男性で他に従業員は見当たらなかった。


 「いらっしゃいませ。どのようなモノをお探しですか?ん?アナタはもしや、レイジ男爵ではありませんか!?」


 急に名前を呼ばれ思わず驚きが表情に出るところだった。


 「あぁ、そうだが?」

 「やはりそうでしたか。実は私も先日の大会を見に行っておりまして、男爵様の戦いぶりに胸を熱くした一人でございます」

 「そうでしたか。いや、男爵は堅苦しいのでレイジと呼んでいただければ助かります」

 「いえいえ、私など一介の庶民にございます。それでは恐れおおい…」

 「気にする必要はないですよ。呼び捨てが無理なら「さん」を付けて呼んでください」

 「かしこまりました。それではレイジさん、いかがいたしましょうか?」


 店主は改まって営業スマイルを浮かべた。

 こうした切り替えの早さはさすが商人と言ったところか。

 一応、男爵と言う立場にはあるが権力をかざして威張るつもりはない。

 普段通りを心がけて商談を進めた。


 「実は先ほど家を買い、寝具を一式揃えたいと思っています。主人のオススメで揃えていただきたい」

 「一式でございますね。そちらのお嬢さんの分もご用意した方がよろしいでしょうか?」


 店主は僕の後ろに居たサフラを見つけて笑みを浮かべた。

 こうした気遣いが出来るのも商人としては大切なスキルだ。


 「えぇ、よろしく頼みます。あと、ベッドはキングサイズなので注意してください」

 「かしこまりました。では、さっそく準備いたします。それと、よろしければご自宅まで配達いたしましょうか?」

 「そうしてもらえると助かります」


 家の場所を告げて店を後にした。

 店主によれば一時間ほどで準備を済ませて配達してくられるらしい。

 それまでに残りの買い物を済ませようと思う。

 食事は外で食べてもいいが今後はできる限り自分たちで準備できればと思っている。

 サフラも女の子だから料理を手伝ってくれるだろう。

 露店で食材を買い求め生活用品を扱う雑貨店に入った。


 「いらっしゃいませ」


 応対したのは中年の女性だ。

 家庭の主婦と言った印象があり料理の知識もありそうだった。


 「調理道具を一式揃えたいんですが、オススメのもので揃えてもらえませんか?」

 「一式でございますね。食器はいかがいたしましょう?」

 「そちらもおまかせでお願いします」


 準備にしばらくかかるとのことだったので店の中を見て回りながら帰りを待った。


 「お掃除の道具とかも必要だよね?」

 「そうだな。気になる物とか必要な物があれば一緒に買って帰ろう」


 生活に必要な物を思い浮かべながら商品を見回った。

 タオルや櫛など身だしなみを整える小物を中心に二人で必要な物をカウンターに積み上げた。

 そんなことをしているとカウンターを離れていた先ほどの女性が戻ってきた。


 「お待たせいたしました。商品はこちらの箱に全て用意させていただきました」

 「すまない。それと、こちらの品もお願いします」

 「ありがとうございます」


 無事に買い物が終了した。

 しかし、一度にたくさん買いすぎたため荷物の量が一度に持ち帰れないほどに膨れ上がった。

 雑貨を買う前に食材も買っているため少なくとも二往復くらいは必要だろう。


 「さすがに一度に持ち帰れないな…」

 「それでしたら荷車はいかかでしょうか?」

 「そんな物もあるんですか?」

 「店内にはおいておりませんが、すぐにご用意できますよ」

 「じゃあ、それもついでにください」


 奥から運ばれてきたのは二輪の台車だった。

 フレームから車輪まで全て木製で味のある作りだ。

 見た目は大八車にそっくりだった。

 細部を見ると少し荒削りだが専門の職人が一台一台手作りしている。

 買った物を荷台に載せて新居を目指した。

 帰った頃には注文しておいた寝具も届くはずだ。

 荷物を室内に運び込んでいると寝具店の店主が荷車で商品を運んできた。


 「ご注文の品をお届けにあがりました」

 「ありがとう」


 さっそく荷物の搬入を開始した。

 あまり遅くなっては夜になってしまうため作業は迅速かつ冷静に行わなければならない。

 特に布団は大きくて運ぶのに苦労をする。

 店主に手伝ってもらい何とか三階に運び込むことができた。


 「助かったよ。これはお代とチップです。受け取ってください」


 代金と共に手間賃を手渡した。

 しかし、店主は料金の中にサービスとして含まれているからと素直に受け取ってはくれなかった。

 その代わり礼儀正しい礼の言葉をもらった。

 人柄のいい店主はこちらも付き合っていて気持ちがいい。

 今後も必要があれば店主に頼むことにしよう。


 「ふう…買い物だけでも大変だな」

 「少し疲れちゃったね」

 「それにしては嬉しそうだな?」

 「久しぶりのお買い物だったからね。いろいろ選ぶのは楽しかったよ?」

 「そうか。それは良かった。他にも生活をしていく中で気付く物があれば買いに行こうな」


 女性は男性より買い物好きな人が多い印象だ。

 母親も大の買い物好きで週末には市内のショッピングセンターで気に入った服を買うのが趣味だった。

 幼い頃から荷物持ちで何度か買い物に付き合ったが母が買い物をしている待ち時間は退屈だったのをよく覚えている。

 しかし、その帰りには決まってフードコートで食べたソフトクリームの味は今でも忘れられない。

 もう、あの日々には戻れないのだと思うと少し気持ちが落ち込んでしまった。


 「レイジ…泣いてるの?」

 「ん!?あ、あくびをしたら…つい…って、おい!!」


 弁解しようとしたら突然サフラが抱き付いてきた。

 どうやら彼女なりの優しさらしい。


 「…泣きたい時は、泣いてもいいの」


 サフラは僕の胸の中で小さく呟いた。

 おそらく彼女は人の心の中を見透かす力を持っているのだろう。

 彼女に隠し事は通用しないらしい。

 何も言わずに肩を抱き寄せた。

 思えば彼女も両親を亡くしてまだ日が浅い。

 これまでにいろいろな戦いや出会いあったせいで忘れていたがサフラはまだ十四歳の少女だ。

 まだ親に甘えたい年頃だろう。

 それなのに彼女が頼れるのは僕しかいない。

 こんな時こそ僕がしっかりしなければ、そう思った。

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