シーン 77
居住区画の中でも南に位置する立地で比較的人の出入りが多い地域でもある。
建物は昨年できたばかりと言う事で、真っ白の外壁は清潔感があった。
「こちらです」
「確か、一番小さな物件でしたね」
「はい。ご覧の通り二階建てとなっております。室内もご案内いたします」
建物の中に入ると総石造りの内装はひんやりとして空気が冷たい。
概観と同様、室内は白で統一されていて清潔感があった。
日本家屋のように木をふんだんに使った建物とは違いどちらかと言えば病院のような印象だ。
二階に案内してもらうとウォークインクローゼットと寝室があった。
寝室にはキングサイズのベッドが置かれ他にも二人掛けソファーが備え付けられている。
部屋の間取りは八畳ほどだろうか。
「なかなか大きな部屋ですね」
「いえいえ、こちらの物件はこれからご案内するもののなかで一番小さなものになります。こちらの寝室も残りの三軒と比べれば小さい方ですよ」
「そうなんですか?」
説明によればこれでも小さい方だと言う。
しかし、これまでに宿泊してきた宿の部屋と比べても遜色のない広さで生活するには不便はないだろう。
あまりに部屋が広いと落ち着かないと言うこともある。
何事もほどほどが肝心だ。
「なるほど。そういえば、浴室が見当たりませんね」
「浴室でごさいますか。さようですね。こちらの物件にはついておりません。浴室のある物件をご希望でしょうか?」
「そうですね。できればお湯に浸かれる風呂がいいです。そんな物件はありませんか?」
マルスの話によれば風呂のついた物件は数が少ないらしい。
特に、家具付きの物件で風呂がついているタイプは人気がありすぐに買い手が決まってしまうようだ。
そのため、家具は付いていても風呂を我慢と言うのはよくあるらしい。
また、温かい風呂に入りたければ居住区画の東にある公共浴場を利用するのが一般的のようだ。
「えぇ…端的申しまして、これから案内する物件の中でレイジさんのご希望する物件は一軒だけございます。こちらは湯船の備えた本格的な浴室がご利用できますよ」
「そうなんですか。では、そちらを見せてもらって構いませんか?」
「かしこまりました。では、ご案内いたします」
再び移動して居住区画を北へ向かう。
たどり着いたのは先ほど案内された物件の倍ほどある建物だった。
四階建てでちょっとした田舎の宿よりも立派な造りになっている。
一階は大通りに面しており店を構えて商売ができるような造りのため店舗兼住宅としても利用できるらしい。
もちろん一階を誰かに貸して家賃収入を得ることも可能だ。
「こちらでございます」
「大きい建物ですね。さすがに想像以上でした」
「うん、こんな建物、私の住んでた村にはなかったよ」
サフラも驚いているようだ。
総石造りの建物は重厚感があり外敵から身を守る要塞のようにも見える。
二階から上が住居になり希望していた浴室は一階の裏庭に面した場所にバスルームが設けてあった。
中庭に面しているのは水を引き入れる井戸の位置が関係しているためで風呂に水を張る際は桶で水を一杯ずつ運ばなくてはならない。
また、お湯を沸かす際は、専用の釜戸があるため薪をくべて適温にするそうだ。
「思ったよりデカイですね」
「こちらはフマフ様が所有していた建物になります」
「フマフ?確か、居住区画を管轄する貴族の方でしたね。所有していたと言う事は、何か難でもあるんですか?」
「いえ、建物については問題ございません。ただ…」
マルスの様子からあまり大声ではいえない事情があるようだ。
その事情と言うのは上司であるフマフ自身に問題があるらしい。
しかし、このままこの物件を買おうにも理由くらいは聞いておきたい。
買った後で「実は他にも問題があります!」と言われても遅いのだから。
「他に口外はしないので教えてくれませんか?できれば、この物件を買いたいと思っているので、少しでも不安要素があれば教えて欲しいです」
「そうですか…。わかりました、では、陰でお話をしましょう」
マルスによればフマフは女癖の悪い貴族のようだ。
そのため、この屋敷は愛人のために作ったのだがそれが奥さんにバレてしまい泣く泣く手放すことにしたらしい。
ちなみに愛人とは今も関係が続いているようだとマルスは教えてくれた。
このことを知っているのは一部の貴族だけなのでこの地域に住む富裕層の住民たちには伝わっていないようだ。
そのためこの家に決めたとしても住民たちに白い目で見られることもないらしい。
「なるほど…どこの世界でも似たような話はあるんですね」
「どうか口外なさいませんようお願いします」
「わかりました。率直な意見ですが、見たところこの物件はいいですね。気に入りました」
「さようでございますか。さすがはレイジさん、お目が高い」
「さっそくですが、この物件の価格を教えていただきたいのですが、どれくらいするんですか?」
マルスは物件の詳細が書かれた書類を確認しながらそこに書かれていた数字を読み上げた。
「えぇ、こちらの物件は金貨七百枚になります」
「え、七百枚?それは安いんじゃないんですか?」
「そうですね。最初にご案内した建物で金貨六百枚になります。こちらの規模でしたら倍近い金額になるのが普通です」
「普通って…これはいくらなんでも安すぎると思うんですが」
「先ほども申し上げた通りこちらは少々いわくつきになっております。それと、先ほど私が申し上げた問題について口外しないことが条件となっております」
「なるほど…」
黙っているだけで物件が安く手に入るなら悪い話ではない。
むしろ、この町で顔見知りなど居ないため誰かに口外する可能性は今のところ皆無だ。
これから仲が良くなった相手だろうとわざわざ理由について説明することもないだろう。
僕にとっては好条件の商談内容だ。
「サフラはこの家どう思う?」
先ほどから興味深げに家を見るサフラに意見を聞いてみた。
目を輝かせているところ見ると不満があるようには見えない。
どちらかと言えば気に入っている様子だ。
「うん。とっても素敵なお家だよね」
「だよな。ここに決めようと思うんだけど、どうだ?」
「私はレイジがいいと思えば決めてもいいんじゃないかなって。私としてはこんなお家に住めるなんて夢みたいだよ」
サフラは特に不満はないようだ。
頭の中ではすでにこの家に住む自分の姿を勝手に想像して楽しんでいた。
僕としても他にもまだ物件はあるとは言えこれ以上の物件は見つからないだろうと考えている。
今このチャンスを逃せばこれほどの物件には二度とめぐり合えない可能性が高い。
希望している条件や第一印象をしっかり押さえていると言うのも好評価のポイントだ。
問題がないと判断して購入を決めた。
「マルスさん、この家を買いたいんですが、どうすればいいですか?」
「お買い上げと言うことですね。かしこまりました。それでは一度事務所に戻って商談といたしましょう」
事務所に戻ると建物の奥にある商談室へ案内された。
一見すれば小さな会議室だが外から中の様子が伺えないようになっている。
ただ、完全な密室と言うわけではなく高い位置に明り取りの小さな窓があり外からの光が室内に差し込んでいた。
この部屋なら秘密の会話をしていても周りに気を使う必要はない。
また、白を貴重にした室内はわずかな外光でも十分に明るかった。




