シーン 71
会場がにわかにざわめきはじめた。
どうやら次の試合の準備が整ったらしい。
僕は気持ちを切り替えて呼吸を整えた。
「長らくお待たせいたしました。それでは次の試合を開始します。両者、前へ!」
呼び出されて会場へと向かった。
僕は先ほどの戦いと同様、鞭と短剣を構えて開始の合図を待った。
対するホリンズは武器も持たずにぼんやりと立っているだけだ。
「始めッ!」
ついに試合が始まった。
まずは相手の出方を伺わなければならない。
ホリンズは相変わらず武器も持たず立ち尽くしたままだ。
マリオンと戦った時と同様、向こうから攻撃を仕掛けてくる気配はない。
そうなればこちらから攻めるしかないだろう。
僕は素早く駆け出してホリンズに鞭を振るった。
「思ったより早いな。さすがだよ」
ホリンズは攻撃をかわして距離を取った。
「逃げてばかりでは勝てないぞ!」
「そうだね。わかった、僕も武器で戦うよ」
ローブの中から取り出したのは何の変哲もないショートソードだ。
刃渡りは六十センチほどで見たところ素材はミスリル銀でもテイタンでもない。
鞭のリーチを考えればそれ自体は脅威ではなく仮に間合に入られたとしてもマインゴーシュで対応可能だ。
「行くよ」
ホリンズは剣を手に駆け出してきた。
ウェアウルフと変わらない速度とは言え見切れない速さではない。
タイミングを合わせてマインゴーシュで受け流しすぐさま鞭を振って反撃を仕掛けた。
しかし、タイミングが合わずホリンズを捉えきれなかった。
「うーん…その短剣、邪魔だね。よし、折っちゃおうか」
そう言ってローブの中から別の武器を取り出した。
見たところ片刃の短剣だが「背」と呼ばれる刃が付いていない部分には特徴的な櫛状の細工が施してある。
ちょうどマインゴーシュのモノに似ているが厳密に言えば別物だろう。
二刀流になったホリンズは俊敏性を生かして駆け寄ってきた。
僕は咄嗟に鞭に命令するとショートソードの動きを封じるように念じた。
鞭は蛇が獲物に巻き付くように剣の動きを止めた。
しかし、彼は気にせず左手に持った短剣で斬りつけてきた。
鞭で受け流そうにもショートソードに絡み付いているためすぐに反応することはできない。
仕方なく左手の短剣で迎え撃つことにした。
「甘い!」
「それはどうかな?」
短剣同士が接触した瞬間、左手に衝撃が走るとマインゴーシュが真ん中から真っ二つに折れてしまった。
よく見るとホリンズの持つ短剣についた櫛状の突起が鈍く光っている。
「驚いたかい?この剣は「ソードブレイカー」。名前の通り剣を破壊する短剣だよ」
「…驚いたな。まさか本当に折られるとは…」
「驚くことはないよ。これはそう言う物だからね。さあ、どうするんだい?」
「どうって…こうするんだよ!」
僕は咄嗟に銃を取り出した。
本当なら銃は切り札なのでできる限り使いたくはない。
ただ、今回ばかりは特別だ。
出し惜しみをすれば本当に殺されるかもしれない。
僕はこんなところで死ぬつもりはないのだから。
いくら化け物じみた能力を隠し持つホリンズとは言えこの距離なら避けられないだろう。
慣れない左手で銃を連射した。
弾は腹部に向けて放ったため撃ち抜かれたローブは穴だらけになっている。
「…酷いなぁ。いきなり銃を使う何て聞いてないよ。あーあ…お気に入りのローブが台無しだ。高かったのに…」
「…お前!?」
「ふふッ、内側に鎧を着ておいて正解だったよ。それにしてもキミは僕の思った通りの男だね。恐ろしく冷静で勘も利く。ますます仲間にしたくなったよ」
「ちッ」
思わず舌打ちが出る。
頼みの綱である銃が通用せず奇襲は失敗に終わった。
この至近距離であれば倒せると思ったがそう簡単に勝たせてはくれないらしい。
同時に背筋に冷たいものが走る。
「よく見ればそれはオリハルコンか。珍しいな。でも、どうやら使い方がわかっていないみたいだね」
「何だと?」
「やっぱりね。あのババアは何も教えなかったらしい。わかった、珍しい物を見せてくれたお礼に教えてあげるよ」
ホリンズはオリハルコンの特性について説明を始めた。
オリハルコンは持ち主の精神に同調する性質を持っている。
そのため持ち主が望んだ形や特性を持たせることが可能らしい。
やり方は烈火石で火を灯すのと同じだと付け加えた。
つまり、念じるだけでいい、と。
「…そんな話が信じられるとでも?」
「信じる信じないはキミの勝手さ。ただ、僕はキミが気に入ったから教えたまでだよ。何なら今試して見るといい」
言われて銃に願いを込めてみた。
希望するのはもっと強い銃だ。
ホリンズの着ている鎧すら撃ち抜く威力が欲しい。
すると、銃は無数の光の粒になり、再び寄り集まって形を変えていく。
そして現れたのはイメージした通りのショットガンだった。
よく見ると銃身は扱い易いよう短く切り詰められている。
これは「ソードオフショットガン」と言う種類の銃だ。
主に建物へ強行突入する際に扉のカギを破壊したり建物内での近接戦闘で使われることもある。
銃身が短いため発射した直後に弾が広範囲に広がる仕組みだ。
しかし、相手との距離がある場合は目標に到達する散弾が少なく殺傷力は低下してしまう短所もある。
「へえ…キミ、才能あるよ。さすがに少し驚いた」
「後悔しても遅い!」
腹に銃口を向け片手でショットガンを放った。
拳銃の時と同様に撃った直後の反動はない。
重さも拳銃の時と変わらず基本的な仕様は引き継がれているようだ。
何発弾を撃とうと弾は減らないしリロードや面倒なポンプアクションも必要としない。
単純に引金を引けば弾が飛び出すため近接戦闘では恐ろしい兵器に変わる。
「…くッ、さすがに予想外だ。仕方ない…今回は引かせてもらうよ」
ホリンズは口からわずかに血を吐いて距離を取った。
どうやら着ていた鎧を貫通したらしい。
しかし、余裕を見せているところを見ると彼もまた身代わりのコインを持っているのだろう。
少し顔が苦悶に歪んでいるものの傷口はみるみる塞がっていった。
身代わりのコインは致命傷になるような傷を瞬時に回復させる効果がある。
ただ、鎧や衣服などは元に戻ることはない。
彼は突然指笛を高らかに鳴らした。
「何の真似だ!」
「帰るのさ。直に迎えが来る」
ホリンズがそう言うと突然空が暗くなった。
しかし、太陽が雲に覆われたわけではなく地面に巨大な影が映っている。
空を見上げると翼の生えた巨大な爬虫類が急降下しこちらへ迫っていた。
「な、何だアイツは…」
空から現れたのはドラゴンの亜種で「ワイバーン」と呼ばれる怪物だった。
大きさは防災に使われるヘリコプターほどあるだろうか。
尻尾の先には猛毒の針があり種類によっては口から炎を吐くタイプもいる。
同じく空を飛べるグリフォンと比べてもその強さは言うに及ばない。
「カッコイイだろ?僕のペットさ」
「ホリンズ!逃げるのか!!」
「そうだよ。今日は十分楽しめたからね。そうだ、僕に興味が湧いたら南のフォレストメイズへおいで。歓迎するよ。じゃあね」
ホリンズはワイバーンの背に飛び乗ると一気に空へ舞い上がっていった。
残された僕はただ黙って見ていることしかできず思わず唇を噛んだ。
同時に会場はどよめきと悲鳴が広がりパニック状態になっている。
ワイバーンはこの世界に生息する生命の中でも上から数えた方が早いほど強力な魔物だ。
ドラゴンを専門に狩るアルマハウド男爵なら話は別だが並みの実力を持ったハンターが数名集まっても退治することは難しい。
相手が空を飛ぶためこちらもそれに対応できるだけの武器や能力が必要になるからだ。
それだけに人々はドラゴンの恐ろしさをよく知っている。
「…ほ、ホリンズ選手は失格とみなし、レイジ選手の勝利といたします。会場の皆様、どうか慌てませんよう、席で待機してください」
突然現れたワイバーンの影響で会場は完全にパニック状態に陥った。
しかし、この混乱を治めたのは意外な人物だった。
「皆の者、落ち着くのだ!脅威は去った。ここには精鋭の騎士団も駐在している。もはや危険はない!」
皇帝自らが立ち上がり来賓席の一番高いところから大声で呼びかけた。
皇帝がこうした行動を取るのは異例のことだ。
国の中でも一番影響力のある人物が呼びかけたことで会場を覆っていた負の感情はすぐに取り除かれた。
それだけ信頼されていると言う証でもある。
僕は空を見上げたまま少しの間放心状態になり何も考えられなくなった。




