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シーン 72

 遠くで声が聞こえる。

 聞き慣れた声だ。

 その声は僕の名前を何度も呼んでいる。

 何も考えられなかった僕はようやく自分を取り戻し声のする方に身体を向け、観客席の中から自分の位置がわかるよう大きく手を振るサフラを見つけた。

 やはりいつも僕を気に掛けてくれるのはサフラだ。

 彼女が居たから今の僕がある。

 サフラに手を振り両手で頬を強く叩いて気合いを入れ直した。


 会場にはまだわずかに動揺が残っているものの先ほどまでの混乱はない。

 この様子を見る限り皇帝が持つ威厳は思った以上に大きいようだ。

 国民の中には皇帝を神格化している者もいる。

 皇帝は間違ったことをしないと言う安心感のようなものがあるらしい。

 会場は次の試合に向けて準備が続けられている。

 試合の開始が遅れているのはドラゴンが着地して陥没した地面の修復に手間取っていたからだ。

 作業員たちが集ってスコップを使いドラゴンの足跡を埋めていた。


 僕はこの間に本部へ戻らなければならない。

 身体の疲れはないが無性に喉が渇いている。

 おそらく戦う前から緊張していたのが原因だろう。

 冷たい水を飲んで気持ちを落ち着けたかった。

 本部へ向かう途中、近くを通りかかった運営委員の若い男が声をかけてきた。

 顔には笑みを浮かべている。


 「アンタ、凄いな。あんな化け物相手に一歩も引かないなんて。個人的に応援しているから頑張ってくれよ」


 それだけ言うと爽やかな笑みを浮かべて去っていった。

 応援すると言われれば素直に嬉しい気持ちになる。

 誰かが見てくれていると思えばそれだけで前向きな気持ちへと変わっていくのは不思議だ。

 会場を後にして本部へ戻った。


 「レイジ、大丈夫か!」


 真っ先に声をかけてきたのはニーナだ。

 血相を変えてこちらへ駆け寄ってきた。


 「あぁ、何とかな。さすがに生きた心地がしなかったけどな…」

 「当たり前だ!さすがの私も少し肝を冷やした…」

 「何だ?心配してくれたのか悪かったな」

 「か、勘違いするな…キミが負けたら戦えないじゃないか。そ、それだけだ」


 明らかに動揺しているのがわかる。

 普段の凛とした姿とは違い素直になれない女らしさを感じた。

 このギャップは精神的に毒だ。

 意識をするなと言う方が難しい。

 年齢的な違いからニーナとの関係は姉と弟のような気持ちでいたがこんなところでツンデレに遭遇するとは思わなかった。

 もちろんモデルのようにスタイルのいいニーナに魅力を感じないわけはない。

 下手に露天風呂で裸を見ていることもあり余計と気になってしまう。

 個人的には従順で純朴な性格も捨てがたいがツンデレな彼女と言うのも悪くはない。

 むしろ、彼女のような美人からアプローチしてくるのであれば拒む理由などありはしなかった。


 「…テメェ、なに考えてやがる」

 「べ、別に何も?」


 突然クオルに声をかけられ我に返った。

 少し動揺したが僕らのやり取りについては気にしていないようだ。


 「まあいい。次に俺が勝てば二人のどちらかとは戦える。お前ら、覚悟して待ってろ!」


 それだけ言うと会場へ向かっていった。

 普段と変わりない足取りは自信に満ち溢れている。

 勝つのが当たり前と思っているのだろう。

 取り残された僕らは黙ってその背中を見送った。


 「皆様、大変長らくお待たせいたしました。会場の準備が整いましたので、大会を再開いたします」


 すでにクオルは位置に着き剣を手にしている。

 対戦相手のアルマハウドは少し遅れて位置に着いた。


 「始めッ!」


 観客のほとんどはアルマハウドに注目している。

 先ほどの試合でグラウンドを圧倒したこともあり次に彼がどんな戦いを見せるのかと期待しているようだ。

 また、アルマハウドは先ほどと違う装備を身に纏っていた。

 何かの鱗を利用して作った鎧の上に丈の長い真っ赤なマントを羽織っている。

 どうやら対戦相手のクオルに合わせて装備を変更したらしい。

 真っ赤なマントは何かの革をなめして作られているようだ。

 ちなみに試合の合間に装備を変更するのは認められている。

 先に仕掛けたのはクオルだった。

 彼はお構いなしに剣を振り上げアルマハウドに襲い掛かった。

 長期戦では分が悪いと思ったのか刀身は最初から炎に包まれている。


 「アイツ、いきなり勝負を決めにいくつもりか!?」

 「ヤツ自身、アルマハウドの恐ろしさを知っているのさ。長引けばクオルに勝ち目はない」


 ニーナは冷静に戦況を分析した。

 体格差や武器のリーチを見てもクオルの方が明らかに不利だとわかる。

 それに加えアルマハウドは巨漢ならが素早さにも長けている。

 腕力も凄まじくまともに剣戟を受ければ無事では済まないだろう。


 「…炎を纏った剣か。だが私には通じぬ」

 「何ッ!?」


 剣から走った炎はアルマハウドを包み込んだ 。

 普通なら消し炭になるほどの高熱だがアルマハウドは慌てることなくマントを翻すと身体を包んでいた炎を払った。


 「そのマント…まさか…」

 「ほう、これを知っているとは、なかなか勉強熱心だな。しかし、先ほどの試合で手の内を見せたのが貴様の敗因だ」


 クオルは明らかに動揺している。

 本人にとって炎は切り札であり絶対の自信がある技だ。

 それを簡単に退けられたのだから動揺するのも無理はなかった。


 「な、何だ、あのマントは!?」

 「おそらく火竜のマントだろう。全身を炎に包まれた「ファイアードレイク」の外皮をなめして作ったものだ。大方、先ほどの試合を見て装備を取り替えたんだろうな」

 「火竜の…じゃあ、炎は効かないっていうことか?」

 「いや、効かないとまでは言えないな。いくらあのマントでも炎に巻かれれば無事では済まないはすだ。だが、男爵はマントの特性をよく理解しているらしい。炎が直撃する瞬間、マントで風を起こして空気の層を作って熱から身体を守ったんだ」


 ニーナにも不安の色が浮かんでいる。

 瞬時に対応したところを見るとさすがはこの大会で二度も優勝した実力者といったところか。

 彼が優勝候補筆頭と呼ばれるのも頷けた。


 「あとはマントに下に着ている鎧だな。詳しくはわからないが、あれも何らかのドラゴンの鱗を使って作ったものだろう。ドラゴンの外皮は並みの剣では貫くことが難しいと聞く」

 「…手強いな」


 よく見るとアルマハウドの顔が少し煤けていた。

 ニーナの言う通り炎が全く効かないと言うことはないようだ。

 それでも有効なダメージは与えられていない。


 「どうした、動きが止まっているぞ?」


 アルマハウドは剣を構えたままクオルに迫った。

 剣のリーチが長いため間合いに入るのはそれほど難しくない。

 クオルはすでに戦意を失いつつあるため普段に比べて動きが緩慢になっている。

 その隙を見逃さずアルマハウドは剣を素早く振り上げるとクオルの脳天を目掛け振り下ろした。

 彼は身の危険を感じて回避行動を取ろうとしたが一瞬気付くのが遅れ逃げ切れずに慌てて剣で防いだ。

 その瞬間、甲高い金属音が会場に鳴り響いた。


 「ほう、受け止めたか。やるな若造」

 「何て…馬鹿力だ…!?」


 辛うじて攻撃を受け止めたとは言えクオルの表情には余裕がない。

 仮に受け止めた剣がミスリル銀製でなかったら真っ二つに折れて身体ごと切り裂かれていただろう。


 「骨の軋む音が聞こえるな。さすがに限界か」

 「…舐めるなよッ!」


 クオルが叫ぶと刀身を再び炎が包んだ。


 「ふむ。やはり青いな。苦し紛れで同じ手を繰り返すつもりか」

 「能書きはいい!アンタを剣ごと焼き尽くしてやるよ!!」


 剣から先ほどよりも大きな火柱があがった。

 それはバレルゴブリンとの戦いで見た時よりも激しく炎から発せられた熱でわずかに上昇気流が発生している。


 「無駄だ。武器を溶かすことも私を焼くこともできん!」


 交わった二人の剣が赤く焼けている。

 しかし、ミスリル銀とテイタンの融点は鉄よりも高いため原形を留めていた。

 おそらく鉄製の武器であればすでに溶解している温度だ。


 「…二度と剣を握れなくしてやるぜ」

 「無駄だな。この篭手もマントと同じ素材だ。この程度の熱では焼けたりしない。それにかなり無理をしているようだな。すでに立っているのがやっとと言うところか?」


 よく見るとクオルの握っている剣がカタカタと震えている。

 それを見てニーナは唇を噛んだ。


 「マズいな。剣に精神力を吸われすぎたらしい」

 「バレルゴブリンの時のアレか?」

 「そうだ。エルフの使う武器は人が使えば精神力を食われてしまう。精神力を食われ過ぎると無気力になりしばらく動けなくなるんだ」


 拮抗した力比べが続いていたがここで動きがあった。

 剣の圧力に負けたクオルが後ろへ退き膝をついて息苦しそうにしている。

 精神は限界に近くまで磨り減りこれ以上戦える状態ではなかった。

 それを見てアルマハウドは攻撃の手を止め、剣を地面に突き立てて目を細めた。

 これ以上戦っても無駄だと悟ったのだろう。


 「精神力を使い切ったか。若造にしてはよくやった方だがこれで終わりだな」

 「だ…誰が…終わり…だって?」

 「戦えないのは自分がよくわかっているだろう。私は無駄な戦いが好かん」


 アルマハウドは背を向けて会場を後にしようとしていた。

 運営委員長もこれ以上の試合続行が不可能と判断してアルマハウドの勝利を宣言しようとした。

 そんな時だった。

 僕にはその様子がハッキリと見え、隣に居たニーナも見逃しはしなかった。

 クオルは苦悶の表情で立ち上がりアルマハウドの背中に切っ先を突きつけた。


 「…アンタ、油断したな」

 「あの状態から立ち上がり私に剣を突き立てたか。演技と言うわけではなさそうだったが…ただの若造ではなかったようだな。努力は認めよう。お前は強い」


 確かに剣は背中に突き立てられている。

 それなのにアルマハウドは眉一つ動かさなかった。

 その理由はすぐにわかった。


 「け、剣が進まない…だと!?」

 「私を貫くことはできぬよ。この鎧は少々特別なのだ。残念だったな。だが、お前が本調子だったら結果は変わっていたかもしれないな」


 アルマハウドは振り向きもせずにクオルにおもいきり後ろ蹴りを放った。

 足は腕よりも力がある。

 蹴られたクオルはそのまま数メートル吹き飛び壁に激突して意識を失った。


 「勝者、アルマハウド!」


 剣で斬りつけなかったのはアルマハウドの優しさだろう。

 彼にしてみればクオルは後輩になる。

 クオルは意識を失っているが怪我の程度は思ったより軽そうだ。

 問題は精神的な傷の方だろう。

 バレルゴブリンの時と同様しばらく休養が必要だ。

 プライドの高いクオルだから今回のことは堪えただろう。

 目が覚めた時、彼はどう感じるのか。

 それを考えたらいたたまれない気持ちになった。

 担架で運ばれていく彼を見ながらニーナは奥歯を噛んでいた。


 「レイジ、キミはあの化け物相手にどう戦えばいいと思う?」

 「どうした、いつになく弱気じゃないか」


 ニーナの気持ちがわからないわけではない。

 クオルほどの実力者でも太刀打ちできないほどアルマハウドと言う男は底知れない強さを持っている。

 一人でドラゴンを倒せるだけの実力と言うのは本当のようだ。

 おそらく先ほど現われたワイバーンですら一人で倒せるほどの実力を持っているのだろう。


 「すまない…少し弱気になった。もう大丈夫だ。それにアイツと戦うと決まったわけじゃない。次の抽選でキミと戦う可能性もあるからな」

 「そう…だな」


 ニーナに言われて複雑な気持ちになった。

 これまで何度か共闘して仲間だった相手と戦わなければいけない。

 こうして親しく話している相手と本気で戦う必要があるため必ずどちらかが傷ついてしまう。

 しかし、それを理解した上で大会への参加を決めたのだ。

 今さら後戻りはできなかった。


 これで残りは三名に絞られた。

 大会のルール上、奇数の場合は必ず抽選で組み合わせが決められる。

 次の抽選で不戦勝が決まれば自動的に決勝進出となる仕組みだ。

 出来れば戦わずして決勝へ進みたい。

 個人的にはどちらと対戦するのも楽ではないと考えている。

 特にニーナは気を許した相手であり女性と言う点でも戦い辛い。

 アルマハウドの場合は先ほどの試合を見てもこれまで戦った相手の中で類を見ないほどの強さだ。

 実際、彼が本当に人間かと疑いたくなるほどの力を秘めている。


 「それではお三方、最後の抽選を行います。こちらへお集まりください」


 抽選箱の前に集まり僕らはそれぞれ抽選番号の書かれた棒を掴んだ。


 「では、引いて下さい」


 運営委員長のかけ声で棒を引いた。

 今度は棒に何も書かれていない。

 ニーナを見るとこちらも何も書かれていなかった。

 向かい側に立つアルマハウドの棒には赤い塗料で印が付いている。


 「それではアルマハウドさんが不戦勝になります。お二人は準備が整い次第会場に向かってください」


 アルマハウドはすぐに興味をなくして隅の方へ移動していった。

 彼と戦わずに済んだのは助かったがニーナと戦えることが嬉しいわけではない。

 彼女もかなり実力の高い戦士だ。

 決してパワータイプではないが素早さと勝負勘の鋭さには一目を置いている。

 特に相手の急所を的確に突くテクニックは非力を補うのに余りあるため細心の注意が必要だ。

 小さく息を吐いて心を落ち着けると覚悟を決めて会場へ向かった。

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