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シーン 67

 会場にはまだ余韻が残っている。

 それだけニーナとピュレーの戦いは見ごたえのあるものだ。

 ちなみに氷漬けになったピュレーの身体はニーナが会場を後にすると同時に解かれた。

 ニーナは事前に命まで取らないと宣言していたため最初からこうするつもりだったらしい。

 氷漬けにされていた時間も短かったこともあり一時的に仮死状態になっていたものの命に別状はないらしい。

 それでも大事を取って救護班付き添いで救護所へ運ばれていった。


 「続けて二回戦を行います。両者、前へ!」


 ついに僕の出番がやってきた。

 相手は奇術師を自称する剣の使い手で気になるのは奇術と言う通名だ。

 前世の言葉に直すなら奇術は手品やマジックと言う意味を持っている。

 どんな攻撃を仕掛けてくるのかわからないため最初は相手の出方を伺う必要があった。

 僕とガウエスはお互いに視線を合わさず無言のまま会場へと向かいそれぞれ指定された位置に立ち開始の合図を待つ。


 「これより二回戦を執り行う。それでは…両者、始めッ!」


 運営委員長の合図と共に試合が始まった。

 まだ先ほどの試合の余韻が残る会場は次にどんな戦いが繰り広げられるのか興味津々と言った様子だ。

 会場の雰囲気に呑まれれば調子が狂ってしまうため努めて冷静さを失わないよう心がけた。

 まずは相手の出方を見る。

 ガウエスはいきなり腰に下げていた四本のうち二本を地面に突き立て残りの二本を手にした。

 剣は何の変哲もないサーベルだ。

 この行動を見る限りどうやら四本の剣は同時に使わないらしい。


 「キミ、運がいいよ。この僕に負けるんだからね」

 「悪いがそのつもりはない。奇術だか何だか知らないがお前にはここで退場してもらうぞ」

 「退場か。ふッ、虚勢を張るのも今のうちだ!」


 言葉遣いや仕草からナルシストな一面を感じる。

 こう言うタイプは自尊心を逆撫でして冷静さを失わせればいい。

 ちょうどニーナがピュレーにやったことと同じ方法だ。

 腕にはかなりの自信があり僕を見下しているので付け入る隙も多いと思われる。


 「死ねッ!」


 ガウエスは二本のサーベルを手に型通りの剣を振るった。

 片手で降られる剣は速さもなく少し身体を捻る程度でも十分かわすことができる。

 続けてもう一本のサーベルはマインゴーシュで受け止めた。

 マインゴーシュには柄から数センチのところに「返し」と呼ばれる特殊な鍔が付いている。

 この返しは主にサーベルやレイピアなど細身の剣を破壊するためのモノで挟み込むようにして手首を捻って使う。


 「まずは一本」


 左手に意識を集中して思いきり力を込めた。

 握力は生前の数倍に強化されているため少し力を込めれば左手でも化け物じみた力を発揮してしまう。

 ガウエスのサーベルは返しについた櫛状の突起に挟まり身動きが取れないまま真っ二つになった。

 僕の筋力が規格外と言う理由もあるがその気になれば鉄製のサーベルくらいなら破壊することは可能らしい。

 他人が真似できる芸当ではないだろう。


 「き、貴様!」

 「これで四刀流は使えなくなったな」

 「よくも僕の美しい剣を…許さない。貴様は八つ裂きだ!」


 ガウエスは頭に血がのぼったのか残った一本で襲いかかってきた。

 しかし、怒りに我を忘れているため太刀筋はムチャクチャで闇雲に振られる剣は軌道を読みやすい。

 速さも目で追える程度なのでマインゴーシュで捌く必要もなかった。


 「醜いな。美しさの欠片もない。そんな剣ではいつまで経っても当たらないぞ?」

 「バカにしやがって…いいだろう。遊びは終わりだ!貴様に本当の奇術を見せてやる」


 ガウエスは一旦距離を置き地面に突き刺していたサーベルの一本を手にした。

 これでまた二刀流だ。

 ガウエスの行動を見る限り一度に使える剣は二本までらしい。

 剣を地面に突き立てているのは直ぐに交換できる工夫のようだ。

 そもそも同時に使わない剣を腰に差しておくのは効率が悪いため彼なりに考えた結果だろう。

 ただ、鉄製のサーベルではないくテイタン製であれば軽くて強度もあるため四本も剣を所持する必要はない。

 効率の面を考えれば決して利口な作戦ではなかった。

 おそらく予算的な理由で買えないのだろうが今のところこれは推測の域を出ない。


 「今から貴様の動きを封じてやる!ほら、貴様の手足は鉛のように重くなっていくぞ」


 ガウエスは二本のサーベルを頭上に掲げ奇妙なことを言い始めた。

 しかし、何を言われたところで身体に変調が起こるはずはない。

 ただのハッタリだ。

 奇術と言うのは相手を虚言で惑わすものなのだろうか。

 それでも警戒するに越したことはない。

 距離を取ったままチャンスを伺った。


 「ついに頭までおかしくなったのか?救えないな」

 「直にわかる。私の恐ろしさがね!」


 減らず口を叩きながらもガウエスは距離を取ったままだ。

 見たところ向こうから仕掛けてくる気配はない。

 このまま無駄に時間を過ごせば両者敗退の可能性も出てくる。

 ここはひと思いに気絶させて試合を終わらせる方がいいだろう。

 僕は鞭を構えたまま体勢を低くして間合いを詰めた。

 たった二歩の移動でマインゴーシュが届く範囲にまで詰めより鞭を持つ右手に力を込める。

 しかしその直後、急に身体から力が抜けめまいがした。

 ちょうど貧血を起こして立ちくらみがしたような感覚だ。

 めまいの後に襲ってきたのは車酔いをしたような吐き気だった。


 「ちッ…驚かせやがって」

 「何を…した…」


 僕の視界はグルグルと回って方向感覚が完全に狂っている。

 気持ちでは負けていないつもりだがまともに立っているのも辛い状況だ。

 しかし、ガウエスが何かをした様子はなかった。

 それでもめまいがする直前に「手足が鉛…」などと言っていたため彼によるものとしか考えられない。


 「ようやく薬が効いたらしい。馬を一瞬で麻痺させる強力な薬だがまだ立っているとは…。さすがの私も少し驚いたよ」

 「薬…だと?」

 「あぁ、冥土の土産に教えてやるよ。南に棲む毒蜂から採った神経性の麻痺毒だ。普通の人間ならもはや致死量を越えているはずだが…貴様は化け物か?」


 方向感覚が掴めなくなりガウエスの声が四方八方から聞こえてくる。

 今は何とか立っているものの反撃できる状況ではなく言葉を返すのがやっとだった。


 「…これが奇術の正体か。なるほど…雑魚が考えそうな実に卑怯な戦法だな」

 「減らず口を…。まあいい、何とほざこうと貴様はここで死ぬのだから。私の素晴らしい奇術でね!」


 頬に当たる風の感覚からガウエスのいるおおよその場所がわかった。

 そして、彼は風上に立っていることがわかる。

 どうやら気体か粉末状にした毒が散布され、それを吸引してしまったらしい。

 毒は即効性があるようだがめまいと吐き気がする以外に目立った症状は見られなかった。

 しかし、この状況ではまともに動き回ることができない。

 攻撃を仕掛けるにも相手をこちらへ接近させる必要があった。

 幸いガウエスから隠しようのない殺気が漏れているため目が見えなくても気配で位置を掴むことができる。


 「死ねッ!」


 叫び声と共に剣が振り下ろされるのがわかった。

 空気を切り裂きながら凶刃が僕に迫っている。

 僕は咄嗟に鞭に命令を下した。

 鞭は目が見えない僕に代わり頭に思い描いた命令を忠実に守って振り下ろされた剣を払い落とした。

 ガウエスはそれに驚いて思わず立ち止まり身を強張らせながら僕を見ている。

 鞭は勢いを殺さずすぐさまガウエスの首に巻き付き動きを封じ込めた。

 グリップを引くとしっかりとした手応えがある。


 「き…貴様…!」

 「残念だったな。後少しだった。いや、実に惜しい。雑魚にしてはよくやった方だ。まあ、所詮はこんなものか」

 「こ…こんなもの…」


 彼は苦し紛れに巻き付いている鞭をサーベルで斬り落とそうとした。

 しかし、鉄製の武器ではミスリル銀に傷一つ付くことはない。

 またグリップを引けば引くほど引き締まっていくためこのまま酸欠になるのも時間の問題だろう。

 普段は温和な僕でも今回ばかりはドS心に火がついた。

 毒でここまで苦しめられたのもあって少し気が立っている。

 今後、僕に反抗的な態度を取らせないためにもここで完膚なきまでに痛めつけておいて損はないだろう。

 もちろん途中で降参されても許す気は無い。


 「奇術師、最後に言い残すことはあるか?」

 「た…すけ…て…くれ…」

 「そうか。では大人しく気絶でもしてろ」

 「!?」


 もはや言葉も出なくなったガウエスの身体を首に巻き付いた鞭で無理やり吊し上げた。

 同時に口からは泡を吐き顔色が悪くなっている。

 鞭を通して身体の震えを感じ取った。

 どうやら痙攣がはじまったらしい。

 ちょうどこちらも状況が改善しつつある。

 先ほどよりめまいも晴れ視力も回復してきた。

 少し見えるようになった目でガウエスを見るとズボンにシミができていた。

 身体が弛緩して我慢できなかったらしい。

 見るに耐えない状況だとわかりそのまま身体を投げ捨てて試合を終わらせた。

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