シーン 68
勝負がついたところで我に返った。
手にはまだ鞭から伝わってきた余韻が残っている。
僕はまだめまいがする頭に喝を入れて会場を後にした。
「勝者、レイジ!」
試合が終わったところで動かなくなったガウエスの元に救護班が駆け寄っていく。
気絶はしているが命に別状はないらしい。
しかし、ガウエスにしてみれば死ぬよりも惨めな結果になってしまった。
本当ならすぐに気絶させて終わらせるつもりだったが、つい熱くなってしまったところは、少し反省して今後の課題としておきたい。
試合の一部始終を見届けた観客たちは微妙な反応だった。
結果だけ見れば一方的な展開だったのに加え相手に同情するような倒し方をしたのだから当然と言えば当然だ。
しかし、気にしても仕方がないため口から泡を吐いて倒れているガウエスに同情心は沸かなかった。
会場を出るとニーナが口を開けて唖然とした顔で僕を眺めている。
マヌケな顔になっているため美人が台無しだ。
「ニーナ、口、開いてるぞ?」
「あ…あぁ、レイジ…キミはいつの間にあんなことが出来るようになったんだ?」
「さあな。それよりまだ少しめまいがする…」
先ほどよりいくらか症状は改善されたものの少し二日酔いのような状態が残っている。
あまり激しく動けばめまいが酷くなりそうだ。
「めまい?そう言えば試合中突然頭を抱えていたが何があった?」
「毒を盛られた…いや、散布された毒を吸ったみたいだ。少し頭痛もした」
「めまいと頭痛…まさか麻痺性の毒か?」
「あぁ、ヤツの話だと南の毒蜂から作った毒らしい」
「…信じられん。その蜂は一刺しで大人数人分の致死量にもなる毒をもった危険な虫だ。直接刺されたワケではないにしろ少量でも並みの人間なら昏睡状態になってもおかしくないぞ。急いで解毒した方がいい」
ニーナは解毒薬作用がある薬草を手渡してくれた。
普段から各地を一人で歩き回る彼女にとってこうした薬草は欠かせない。
ありがたく受け取り水と一緒に喉の奥へ流し込んだ。
「…うん。助かった」
「まったく…キミと言うヤツは無茶をするな。本当に人間なのか疑いたくなるぞ?」
「さすがに今回ばかりは命の危険は感じたよ。まあ、アイツの詰めが甘かったから助かったんだけどな」
完璧ではないがこの身体は毒物への抵抗力が高いらしい。
もちろん耐えられる量まではわからないため過信は禁物なのだ。
これも転生時に受けたボーナスらしい。
「見ろ、次の試合が始まるぞ」
ニーナに言われて会場に視線を移した。
三戦目はクオルが出場する試合だ。
相手は巨漢のバウンティーハンターで見るからに威圧感のある巨大な斧を手にしている。
一目で重量感を感じる斧は直撃すれば鎧を着ていても致命傷になるだろう。
大きさは全長二メートルほどあるだろうか。
対するクオルは冷静に相手を見つめつつ薄ら笑みを浮かべている。
根っからの戦闘狂なのは知っているが観衆に囲まれても普段と変わらないらしい。
もはや彼の目には目の前の男しか見えていないようだ。
「それでは三回戦を開始する。…始めッ!」
合図と共に試合が始まった。
先に仕掛けたのはクオルだ。
解き放った矢のように低い姿勢のまま間合いを詰めていく。
それに対しバリージェイも斧を構えた。
超重量級の斧は振った直後の初速こそ遅いものの勢いがつけば想像以上の威力を発揮する。
バリージェイは振り上げた斧を迫ってくるクオルに向け放った。
「食らえッ!」
「遅いな」
クオルは表情一つ変えず斧をかわした。
彼ほどの実力なら斧の軌道さえ把握すれば避けるのは難しくない。
目標を見失った斧は地面に激突すると地形が大きく抉るほどの亀裂を作った。
あんなものが直撃すれば身体が真っ二つになるだろう。
それを見てクオルは笑みを浮かべると斧の届かない間合いにまで下がった。
どうやら相手の実力を見るためにわざと間合を取ったようだ。
攻撃を避けた直後に反撃しなかったところを見ると単純に戦いを楽しんでいるようにも見える。
「さすが噂通りの怪力だ。そこらのトロールなんかとは比べモノにならないな」
「ほざけ若造。貴様はこの斧の錆びになる運命。さもなくば大人しく降参するんだな」
「ほう…ただの筋肉バカかと思えば降参なんて難しい言葉も知ってるんだな。一応使える頭はついているらしい」
「貴様…俺を侮辱するとはいい度胸だ。生きて帰れると思うなよ!」
「お喋りいいからさっさと打ち込んで来いよ、この腰抜けが」
どうやらクオルも相手を逆上させて隙を突く戦法らしい。
この戦法は相手が言葉の通じる人間だからできる芸当だ。
つまり言葉が通じない亜人や魔物相手には通用しない。
人間心理を突いた頭脳的な作戦だ。
バリージェイは逆上して顔を赤くしたがすぐに深呼吸をして冷静になり斧を右の肩に担いだ。
自分でも熱くなっている気が付いたらしい。
相手のペースに呑まれれば実力を発揮するのは難しくなる。
バリージェイは肩に担いだ斧を両手で持ちハンマー投げの要領で回転を始めた。
遠心力で加速した斧は先ほど振り下ろした時よりも遥かに早く回っている。
生半可に攻撃を受けようものなら剣を折れるか身体がバラバラになることだろう。
どちらにしても無事では済まない大技だ。
「回転して威力を高めたか。面白い、乗ってやろうじゃないか」
クオルは笑みを浮かべつつ剣を構えて目を閉じた。
すると炎が刀身を包んだ。
しかし、以前のゴブリンを灰にした炎とは違い熱量が小さい。
彼は炎を纏った剣で真正面から斧に向かっていった。
その行動は誰が見ても自殺行為にしか見えない。
しかし、隣で戦況を見守っていたニーナだけは至って冷静でどちらかと言えば安心した様子でいる。
「バカ正直なのは変わらないな」
ニーナは少しほくそ笑んだ。
一度戦ったことがあるだけにクオルのことは手に取るようにわかるらしい。
「アイツ、大丈夫なのか?」
「キミは一体誰の心配をしているのかわかっているのか?あんな男に負けるはずはないだろう。しかし、あの男本当に運がないな」
どうやらニーナには試合の結末が見えているらしい。
試合を続けるクオルからも無理をしている様子は感じられなかった。
どちらかと言えばこの状況を楽しんでいるように見える。
次の瞬間、会場では剣と斧が激しく交錯し火花が飛び散った。
同時に激しく回転していた斧が炎を帯びた剣に止められている。
驚いたのは攻撃を止めた本人とニーナを除いた全員だ。
特に驚いていたのは斧を振っていたバリージェイで、開いた口が塞がらず呆然としている。
「何だ、大したことないな。この程度か?」
「き、貴様…俺の斧を止めた…だと?」
「何の勝算もなく飛び込むバカは居ないだろう?この程度の攻撃なら止めることは容易い。どうした?動きが止まってるぞ」
「ぐぬぬぬ…う…動かぬ…」
バリージェイは交錯したままの剣を力で押し切ろうとしている。
しかし、クオルは涼しい顔をして微動だにしない。
そんな様子を見てバリージェイは顔を青くした。
おそらくクオルの底知れない力の片鱗を知ってしまったのだろう。
実力がある者こそ相手の力量が自分より上だと知れば萎縮してしまう。
逆を言えば無知な者ほどそれに気が付かない。
その点において彼は優秀な戦士と言える。
ただ、ここで試合が終わってしまえば観客以上に落胆するのはクオルの方だ。
相手を斬り伏せていないのに戦いが終わっては不完全燃焼になってしまう。
そのことは本人が一番よく知っているためバリージェイを焚き付けるように言葉責めを始めた。
「お前、バウンティーハンターやめた方がいいぜ。あと、怪力自慢の肩書きも下ろした方がいいな。この先の人生は負け犬として暮らすのをオススメするぜ」
「…俺が、負け犬…だと!貴様に何がわかる!!」
「何もわからないさ。負け犬の気持ちなら尚更だ。そう呼ばれたくないなら、どうにかして俺を斬り伏せるんだな。まあ、できればの話だが」
「やってやる…やってやるやってやるやってやる…」
バリージェイは自らを鼓舞するようにブツブツと呟くと斧を握る手に力をこめた。
それを見てクオルも満足したのかニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
どうやら何か秘策があるらしい。
「あの男、可哀想に…」
「ん?」
「見ていればすぐにわかる。見ろ、出るぞ」
ニーナはバリージェイのことを哀れそうに眺めている。
その言葉の意味はこの直後に理解した。
クオルは先ほどよりも激しい炎を刀身に宿しバリージェイに斬りかかった。
それを受け止めた斧は真っ赤に発熱して白煙を上げている。
煙の正体は斧を握っていた手から蒸発した水蒸気だ。
鋼鉄が真っ赤になるほどの高温になっている。
「ぐあああぁッ、手、手があああぁ」
よく見ると斧は高熱で変形して握っていた手は焼けただれている。
ちょうど高温の炉の中に鉄を放り込み焼き入れを行ったような状態だ。
それを素手で触れば火傷どころでは済むはずがない。
下手をすれば二度と斧は握れない、そう思った。
「相手が悪かったな。それではもう武器は握れないだろう?」
「…こ、降参だ。こ、殺さないでくれ…」
「ふん、まあ、楽しかったぜ」
バリージェイは両手を挙げて降伏するとクオルは剣を鞘に収めた。
「勝者、クオル!」
バリージェイはすぐさま救護所に駆け込んでいった。
処置が早ければ火傷の進行も抑えられる。
ニーナの言った通りバリージェイは相手が悪かった。
実力に差がありすぎたためまるで勝負になっていない。
今回はニーナとピュレーが戦った一回戦以上に一方的な展開で幕を閉じた。
会場は怪力自慢のバリージェイを圧倒したクオルに賞賛の声が上がっている。
「お疲れさん。あの大男を瞬殺とは、さすが私の見込んだ男だよ」
「ふん…今日こそはお前を倒し、俺が上だと群衆の前で証明してやる。そんな態度でいられるのも今のうちだ」
「今日こそは…か。相変わらず血の気の多い男だ。少しはレイジを見習うんだな」
「うるさい、首を洗って待ってろ!」
クオルは不機嫌そうな顔をして隅の方へはけていった。
「なあ、今日こそはって何なんだ?」
「気になるか?」
特に気になると言うこともないが今後のために聞いておいて損はないだろう。
今の言葉で二人の間に横たわる因縁は根深いもののように感じた。
そのため話すつもりがあるのなら聞いてみたい気持ちが強かった。
「まあな。言いたくないなら別に構わないけどさ」
「いや、取り立てて隠す必要もないさ。ただ、私たちの業界ではよくある、さして珍しくもない話さ」
ニーナは思い出話を始めた。
それは彼女とクオルの出会いについてだ。
彼女とクオルの出会いは今から二年ほど前になる。
ちょうどこの大会で対戦したのがきっかけだ。
当時はまだ二人とも駆け出しの新米でお互いに無名のハンターとバウンティーハンターだった。
そんな二人が本気で戦い勝ったのがニーナと言うわけだ。
以来、二人は大会での再戦を誓いそれまで別々の場所で活動をしていた。
しかし、ニーナはその次の年に行われた大会へは出場しなかった。
彼女はハンターギルドの依頼が原因で遠くに遠征していたため大会の当日に間に合わなかったらしい。
それから音信不通だった二人は今から半年ほど前に偶然再会を果たした。
クオルは再戦を申し込んだがニーナから大会で戦おうと約束を交わしたことを引き合いに出しその場では戦わず今日までお互いに戦わずにいた。
ちなみにバレルゴブリン討伐の際は強力な仲間を求めていたニーナが彼を脅して強引に誘っていたらしい。
「協力しなければ再戦はなしだ!」と言われたクオルは断りきれなかったようだ。
当時のギクシャクとした雰囲気はこのためだった。
「まあ、これが私たちの因縁さ。特に面白くはなかったろう?」
「それで以前とは態度が違ったわけか。あの様子だと他にも何か約束があるんじゃないのか?」
再び戦うだけならあそこまで感情的には話さないだろう。
だとすれば何かあると考えるのが普通だ。
「キミはなかなか勘が鋭いようだな。その通りだよ。この大会で主従関係をハッキリさせようと言う話になっている。つまり、負けた方が子分になるってわけさ」
「そう言うことか。それだとプライドの高いクオルにしてみれば死活問題だろうな。腹を立てたくなる気持ちもわかるよ」
「仕方ないさ、これが再戦の条件でもある。私としては今のままの関係で構わないんだがね。勝負となれば何か条件を付けた方が面白いと思ったのさ」
話ぶりから察するに提案者はニーナのようだ。
回りくどい話が嫌いなクオルでは考えにも及ばないだろう。
そんな想像をして一人妙に納得してしまった。




