シーン 65
宿への帰り道。
露店が並ぶ通りの中にミスリル製品を扱う店を見つけた。
店の主人は丈の長いローブを羽織りジッと道行く人を観察している。
外見から受ける印象はどちらかと言えばインドア派。
悪く言えば陰湿と言うべきだろうか。
並んでいる商品はどれも使い方がわからないモノばがりでどれほど価値があるのかまったく想像がつかない。
「おや、お客さん。何をお探しで?」
店主は僕を客と判断したのか気さくに声を掛けてきた。
真剣な眼差しで商品を覗き込んでいたので冷やかしには見えなかったのだろう。
「身代わりのコインを探しています。ここにはありませんか?」
「身代わりのコインですか。それでしたら一枚だけございます。明日は武術大会がございますので、こちらは人気商品となっております」
「…このコイン、本物ですか?」
偽物を掴まされても困るので代金を支払う前に一度疑いをかけておいた。
店主は一瞬だけ少し口をへの字に曲げた気分を悪くしたもののすぐに営業用の笑顔に戻った。
「当店では偽物は一切ございません。必要であればご確認ください」
「ではそうおさせてもらいます」
違いを判断するポイントを思い出しながらコインの表面を凝視した。
偽物であれば塗料を使って文字が描いているはずだ。
試しに指で表面を擦ってみたが塗料が剥がれるようなことはなかった。
続けてコインを同じミスリル銀製の鞭に当てて音を確認する。
鋼鉄とは違い甲高い音がした。
「どうですかい?」
「どうやら本物のようですね。では、これを貰います」
「そちらは金貨四枚になります」
「よ、四枚?さすがにそれは足元を見過ぎではないですか?記憶が確かなら金貨二枚が相場のはずです」
以前同じモノを買った時は金貨二枚だった。
この店以外で価格を見比べたわけではないが倍の値段となれば疑いたくもなる。
「明日は大会が行われますのでこちらの商品は価格が高騰しております」
「高騰って…」
「今ごろでしたら他で同じモノを探しても見つかるかどうか…。見つかったとしても価格はこの程度が相場でしょう。行商人の中にはこちらを買い占めて相場を吊り上げる輩もいるほどです」
半分脅されている気分だ。
今このチャンスを逃せば次はないと言う意味にも取れる。
店主にしてみればこのまま商品が売れなくても次の買い手が現れる可能性は高い。
だとすれば無理に僕が買わなくとも困りはしないはずだ。
この場合、不利な立場にいるのは買い手である僕の方だった。
しかし、幸いなことに資金はまだ潤沢にある。
金貨四枚支払ったところで生活が逼迫することはない。
思案した結果、命には変えられないと判断して購入を決めた。
「…わかりました。金貨四枚です」
「毎度ありがとうございます。今後ともご贔屓に」
宿への帰り道、サフラは少し浮かない顔をしていた。
微かに思いつめているような雰囲気を感じる。
サフラはあまり不満を口にしないタイプだ。
それだけに僕が気遣ってやらないとストレスを溜め込んでしまう。
少しでも話せば気が楽になるのでこんな時こそコミュニケーションの大切さを実感する。
あまり不安を煽るのもよくないので当たり障りのない話題で気を引いてみることにした。
「どうした?腹でも減ったか」
「えっと…そうじゃなくてね。いよいよ明日なんだなって思ったら、少し不安になっちゃって」
「心配するなって。それにほら、さっき買ったコインもある。少なくとも死ぬことはないさ」
身代わりのコインは一度その効果を体験している。
致命傷だった一撃をまるで何事もなかったように修復してくれた。
想像はしたくないがきっと心臓を抉られても死ぬことはないだろう。
四肢が切断された場合まではわからないが何らかの形で生き残っていると期待したい。
そう考えれば金貨四枚と言う出費は負担にはならないだろう。
命を金で買うことができないのだから。
「無理しちゃダメだからね」
「わかってるよ。俺だって死にたくはないからな」
明日の目標は死なないことだ。
それと当初の目的である身分証を獲得できれば言うことはない。
ちなみに大会参加者は専用の寄宿舎が用意されている。
遠方からの参加者や観覧者が多く押し寄せるため参加者だけは休めるようにとの配慮らしい。
ただし強制ではないので希望しなければ普段通り宿に泊まればいい。
僕としては目が血走った連中でごった返す寄宿舎では身体が休まらないため元から利用するつもりはなかった。
宿も町に着いてすぐに部屋を手配できたて運がよかったと助かっている。
この晩、サフラは僕に寄り添うように眠った。
彼女は不安で眠れなかったのか夜遅くまで僕の手を握り続けゆっくり眠りついた。
翌朝。
空を見上げると目の覚めるような快晴だった。
雲一つない青空で小鳥が囀りながら優雅に遊んでいる。
ピクニックに行くのであれば絶好の天気だ。
しかし、僕はこれから戦場に赴かなければならない。
下手をすれば無事では済まないだけに浮かれた気持ちはこの場に捨て置くことにした。
顔を両手で叩き気合を入れる。
「準備はいいか?」
「うん」
「よし、行くか!」
会場に着くと参加者の列が出来ていた。
その先にはコロッセオ内へ案内する係員が点呼確認を始めている。
事前に登録は済ませているので中へ入るには係員に名乗るだけでいいらしい。
サフラとはここで別れて列に並んだ。
この場所にいる参加者の数は軽く目で追っただけでも三十名近くいる。
僕が並んだ後ろにもすでに数人集まっているため、実際にどれだけの参加者がいるのか把握しきれない。
「参加者の皆様、こちらでハチマキをお渡ししますので、今しばらくお待ち下さい」
係員が参加者に向けて声を掛けた。
配られているのは青色の布でできたハチマキだ。
これは予選で使うものらしい。
「前室に入られたら必ずハチマキを身に着けてください。兜を着用の方は腕などに巻いても結構です」
言われるままにハチマキを巻いて会場へ続く前室に入った。
ここで最終確認が行われるらしい。
また予選の方法についても注意があった。
「本日お集まりの皆様、こちらで本大会のルールを説明いたします。一度しか申し上げませんので、お聞き逃しのないよう静粛に願います」
説明に立ったのは運営委員長を名乗る若い男だった。
纏っている雰囲気は優男のそれだが言葉使いや振る舞いはしっかりしている。
身分までは明かされていないが皇族の関係者か貴族と言ったところか。
皇帝が主催する大会なのだからおそらく皇族の線が濃厚だろう。
運営委員長の説明はこうだ。
予選は集団戦で行われる。
本選へ勝ち進むには他の参加者からハチマキを五本奪わなければならない。
奪う手段は問わないので持てる力を発揮して奮闘するようにと付け加えられたら。
なお、ハチマキを五本獲得した参加者は会場脇の運営本部へ申請するように告げられた。
「以上がルールになります。なお、本選からは一対一の対戦になります。本選の制限時間は特に設けられておりませんが、膠着状態が続く試合はこちらの判断で両者敗退といたします」
説明が終わるのと会場へ続くゲートが開け放たれた。
大会の開始が告げられると観衆たちは一気に湧き上がりコロッセオは異様な雰囲気に変えていく。
予想はしていたが自らが見世物の対象になるのは気分がいいものではない。
安っぽいプライドが邪魔をして人前で無様な姿は晒したくはないと考えてしまう。
参加者が各々の場所に陣取ったところで銅鑼の音が鳴り響いた。
試合開始の合図だ。
参加者はまるで解き放たれた矢のように近くにいた相手に襲いかかっていく。
その光景は亜人が人間を襲う姿とさほど変わりはない。
むしろ、明確な敵意と目的があるだけにこちらの方が厄介だ。
近くではすでにハチマキを何本か獲得して雄叫びをあげる者もいる。
長引けはハチマキを獲得できなくなってしまうため覚悟を決めて鞭と短剣を構えた。
「死ねぇ!」
周りの状況を確認している僕の元へハンター風の男が駆け寄って来た。
サーベルを振りかざす姿には隙が多くどう見ても素人の立ち振る舞いだ。
また、勢いはあるものの迫力はない
おまけに足もあまり早くはなかった。
僕はマインゴーシュでサーベルを受け流し、鞭を振るって脇腹に一撃を入れた。
手首のスナップを利かせているので思った以上に威力があったらしい。
男は声もあげずにその場にうずくまり意識を失った。
下手をすれば肋骨の一、二本は折れているかもしれない。
ただ、絶命するほどではないのでこのまま捨て置いても平気だろう。
動けなくなった参加者は救護班が救出する手はずになっている。
それに、これはあくまでも予選通過が目標なので相手のハチマキを素早く奪い取って次の獲物を探した。
ルールでは倒した相手が獲得したハチマキも数に入れて構わない。
よく見ると実力者と思われる数名は積極的に動き回らず相手のハチマキを横取りしようとしている。
その方が効率的で体力の温存にもなることを知っているようだ。
特に何度も参加している者は経験から様子を伺う者が多かった。
気が付けば半数ほどの参加者がリタイアしていた。
負傷者は実行委員の腕章をつけた救護班が担架を使って順に場外へ運び出している。
救護所は凄惨な状況だ。
僕もあの中へ混じるわけにはいかないので気を引き締めて周囲へ注意を払った。
運営本部にはすでに五本のハチマキを獲得て本選への進出を決めた参加者もいる。
そして、僕の手元にはハチマキが三本ある。
残り二本集めれば予選通過だ。
残っている参加者は互いに牽制しあってなかなか攻撃を仕掛けてこない。
どうやら交戦中に横取りされるのを警戒しているのだろう。
ただ、このまま膠着状態が続くのはあまり好ましくない。
長引けば体力を消耗するだけでなく精神的にも疲弊してしまう。
相手が受け身の姿勢ならこちらから動く他はない。
ターゲットを絞ると軽く地面を蹴って一番近くにいた参加者に飛びかかった。
僕の身体は神様のボーナスで強化されているため月面を飛び跳ねるように動き回ることができる。
その気になればオリンピックで世界新記録を量産できるほどに。
もちろん素早さに定評のあるウェアウルフほどではないがそれに迫る運動能力はあるだろう。
「は、早い!?」
瞬きをするわずかな時間で間合いに入り込みすれ違い様に鞭で一閃する。
決して虚を突いたわけではないが男が認識した頃にはすでに意識を失っていた。
「ふう…これであと一本か」
ハチマキを奪い取り次の獲物を探した。
中にはすでに乱戦中のグループもあり横取りの機会を伺う参加者もいる。
横取りをするには戦闘に意識を集中してタイミングを計る必要があるためどうしても背後への注意力が散漫になってしまう。
その中でも特に油断している参加者を見つけ乱戦をかいくぐって距離を詰めた。
「き、貴様いつの間に!」
「大人しくハチマキをよこせば命までは取らないよ」
男の背中にマインゴーシュを押し当て降伏を促した。
この状況なら逃げようとした瞬間に心臓を一突だ。
その気になれば鞭で首筋に打撃を入れて意識を奪うこともできる。
「わ、わかった。殺さないでくれ…」
「利口だな。アンタ、長生きするぜ」
震える手でハチマキを手渡された男は両手をあげて会場からはけていった。
これで五本目が揃った。
あとはハチマキを奪われないように運営本部へ向かい申請を済ませればいい。
僕の攻勢をきっかけに周りでは新たな乱戦が始まっている。
おかげで本部へ向かうのは思ったよりも簡単だった。




