シーン 63
サフラの方が鞭の適性が高いとは言え大会で使わない手はない。
むしろコツを掴んでいる彼女から教えてもらえば上達の近道になるだろう。
それに実際の試合で不利だとわかれば躊躇わず銃を使えばいい。
相手がよほど分厚いプレートアーマー着込んでいなければ銃が無力化される心配もないだろう。
指折り数えたところ大会の当日まで残りは一週間ほどだった。
ただし、会場となる町へは馬車での移動になるため準備と移動の時間を差し引いて考えなければならない。
つまり残った時間が鞭を訓練する時間だ。
クオルはどうしても僕と戦いたいと思っているため勝ち進めばいずれ戦うことになる。
バレルゴブリンとの戦いでクオルの実力を目の当たりにしているが彼の実力は侮れない。
特にゴブリンを一瞬で灰にした炎は脅威だ。
炎に巻かれれば無事では済まないだろう。
思い立ったが吉日とはよく言ったものだ。
時間があまりないため今日から本格的な訓練を開始した。
鞭を手足のように使うには集中力と想像力が必要だ。
ちなみに命令は言葉で伝える必要はない。
烈火石で炎を灯すイメージと同じなので鞭が動く様子を頭に思い浮かべればいい。
念じれば応えてくれるため相手にこちらの意図を悟られることもない。
「さっきよりぎこちなさが無くなってきたね」
練習を始めて半日は経った。
どうやら途中で食事を済ませリフレッシュをしたのが良かったらしい。
まだ、サフラのようにはいかないがようやく思い通りに動くようになってきた。
あとは反復練習を繰り返して覚えた感覚を身体になじませていくだけだ。
「コレ、集中力が大事だよな」
「それと肩の力を抜くイメージかな。そうすれば思った通りに動いてくれるはずだよ」
「改めて思うけど、こんな鞭を平気な顔して使いこなす何てお前凄いよ」
涼しい顔で扱うサフラに比べれば僕はまだまだ修行不足だ。
ある程度コントロール出きるとは言えこれではまだ実戦で役に立たないレベルだった。
戦闘中は咄嗟の判断力がものを言うため何が起こっても動じない精神力が必要になる。
それに比べ彼女の場合は初めから飛び抜けたセンスを持っていた。
隣の芝は青いではないが彼女の才能をうらやましく思う。
「焦らないでね。きっと上手になるから」
「あぁ、頑張ってみるよ。それとさ、コッチの訓練も平行して行おうと思うんだ」
腰からマインゴーシュを抜いた。
これまであまり出番のなかった短剣だが鞭と同様に実戦で使えば心強い武器になる。
基本的には防御用に作られた短剣だが刃が付いているので直接攻撃をしてはいけないと言うことはない。
むしろ防御をすると見せかけて攻撃に転じれば相手の虚を突けるだろう。
「レイジは剣の扱いってどの程度できるの?」
「ほとんど素人だな。昔、授業で剣道を習ったくらいだ」
「ケンドウ?」
「あぁ、俺の国で盛んだった剣術さ。長剣じゃなくて湾曲した刀って刃物を使うんだ」
習ったと言っても中学の頃に体育の授業で基本的な動きを学んだ程度だ。
そのため実戦向きの技術はほとんど学んでいない。
それに今からもう何年も前のことなのでほとんど覚えていないと言うのが正直なところだ。
「じゃあ、短剣の使い方、教えてあげようか?」
「あぁ、よろしく頼む」
ここで一つ問題が浮上した。
マインゴーシュは左手用に設計されているため右手で使うとグリップが逆になり扱い難い。
具体的には鍔の部分が手首に当たってしまうので、どうしても左手で使わなければならない設計だった。
つまり剣術を学ぶにしても左手で練習しなければならない。
右利きの僕にはまず左手に慣れるところから始める必要がある。
「うーん、右手にも短剣を持ってみたらどうかな?」
「二刀流ってことか?」
「うん。両手だと攻撃と防御が両方できるからね」
「確かに二刀流は憧れるな。宮本武蔵みたいでカッコイイし」
「ミヤ…モト?」
「あぁ、昔、日本にいた剣の達人だよ」
頭の中で二刀流の姿を思い描いてみた。
両手に短剣を持ち左手で攻撃を捌きながら右手で攻撃に転ずる姿が浮かぶ。
問題は短剣と言う武器の特性だ。
武器のリーチが極端に短いためどうしても相手に接近しなければならない。
素早さに自身のあるサフラやニーナならば話は別だが僕は彼女らほど上手に立ち回る自信はなかった。
何より遠距離攻撃を主体とした銃を扱うため自分から間合いを詰めるのは得策ではない。
マインゴーシュの使い方としてはあくまで間合いを詰められた時に活躍するのが望ましい姿だ。
「うーん、二刀流は憧れるけど、俺の戦い方には不向きだな。基本的には銃を使うし自ら間合いを詰めるのは利点がなくなるだろ?」
「あ、そっか。うーん…じゃあ、左手に鞭を持って右手に銃を持つスタイルは?」
「そうなるな。でも、出来れば銃に頼らない戦い方がベストだ。またオルトロスみたいなヤツらに襲われても損だろう?それと、大会が終わればコイツはお前が使えばいい。俺よりも適正が高いみたいだから戦いの幅も広がるだろう」
「いいの?」
「あぁ、好きに使ってくれ」
大会までの残り時間はあまり多く残されていない。
それまでに銃に頼らない戦い方を確立したいと思っている。
実際には鞭を主体にした戦い方だ。
鞭は打撃武器なので殺傷能力は刃物に劣るものの変則的な攻撃が出来るのは強みだろう。
何より命を奪わず相手を制圧することも可能になる。
僕にとっては刃物を使うよりいくらか気が楽だ。
結局のところ短剣を使った戦い方については今後の課題と言うことになった。
幾日か過ぎていよいよ大会の日が近付いてきた。
大会に向けて準備を進めつつ鞭の訓練も欠かすことはなく腕もそれなりに上達したように思う。
不安があるとすればいきなり実戦に投入することだろうか。
すでにイメージは掴めているものの実戦となれば冷静さを欠く場面も出てくる。
そんな時は鞭に固執せず銃を使うつもりだ。
「いよいよだね」
「あぁ、やるべきことはやってきたつもりだ。あとは全力を出すだけだな」
「レイジならきっと大丈夫だよ。遅くまで一人で練習してたもんね」
徹夜とまでは言わないが深夜遅くまで練習をしていたのは事実だ。
サフラに迷惑が掛からないようシャドーボクシングの要領で仮想の相手を想定したイメージトレーニングも欠かさなかった。
鞭の扱いもサフラには及ばないが人並み以上に扱える程度に上達している。
エキドナの見せた攻撃を弾く技術も冷静さを保っていれば可能だろう。
この世界には僕のほかに銃を使う者がいないためかなりのアドバンテージになる。
また、練習の中で気付いたこともあった。
それは攻撃を弾く技術の応用だ。
エキドナが見せた銃弾を弾く技術はかなり高度なもので集中力さえ続けば弓矢を何発でも防ぐことができる。
剣戟についても受けきれる程度の圧力であれば跳ね返すことが可能だ。
問題は僕が想定する以上の攻撃を受けた場合だろうか。
バレルゴブリンを例に挙げればわかりやすいが、物理的に防ぐことが不可能な攻撃は避けるしかない。
それに鞭そのものを破壊するような攻撃にも注意が必要だ。
ミスリル銀の強度はテイタンとほぼ同等と言われている。
硬度も鋼鉄より上だが過信は禁物だ。
ハンターギルドへは練習の合間を見て登録を済ませておいたため大会へのエントリーは済んでいる。
あとは準備を済ませて会場のある交易都市に移動を開始するだけだ。
順調に行けば大会が終わったと同時に身分証を取得することができる。
期待と不安に胸を膨らませながら宿をチェックアウトした。
荷馬車には数日間生活できるよう食料などの必要な物資を積み込み荷馬が食べる干草も積んでおいた。
干草は布を掛ければそのままベッドになるため野宿をする時にも快適に過ごせるだろう。
大会が迫っていると言うこともあり会場となる交易都市へ向かう街道には多くの荷馬車や人が行き交っている。
一年に一度のイベントなので参加しない者にとってはお祭りと言う認識が強い。
しかし、参加する側の僕にしてみれば命が掛かっているため身の引き締まる思いだ。
サフラは帝都より先のイーストランドへ行ったことがないらしく初めて見る風景を御者台の上から楽しんでいる。
時より鼻歌も聞こえるので気分も上々のようだ。
人通りが多い街道とは言え亜人の襲撃がないと言うわけではない。
そのためあまり旅行気分でいると不意の襲撃に対処が遅れてしまう。
街道を外れたところには亜人のコロニーもあり常に周囲に注意を払う必要があった。
「あの人たちも大会を見に行くのかな?」
「どうだろうな。見たところただの荷馬車だから行商じゃないか?」
「そっか。レイジは普段と変わらず落ち着いているね。なんだか自信があるように見えるよ」
「別に今から焦っても仕方ないだろう?気持ちを落ち着けて普通にしてるだけさ。それにもう覚悟はできているからな。死なないのはもちろんだけど身分証を得るのが今回の目標だ」
説明をした通り今さら焦っても仕方が無いと言う気持ちがある。
それに少しでも不安を取り除けるよう出来る限りの訓練をしてきたのだからあとはその成果を披露するだけだ。
間違っても命を落とすことがないよう一戦一戦気を引き締めていかなければならない。




