シーン 62
思わぬところで欲しかった物が手に入り意気揚々と宿へ戻った。
これで各地への移動が楽になる。
何より嬉しいのは野宿をする際に外で眠るより遥かに安全と言う点だ。
宿に戻ると店主が笑顔で出迎えてくれた。
戻ってくることは前提だったがこうして「お帰りなさい」を言われると肩の荷が降りた気持ちになる。
帰る場所があると言うことはこれほどまでに気持ちを穏やかにしてくれるらしい。
当たり前のことを改めて実感しながら部屋に戻った。
「そうだ、さっき貰った鞭はどうするの?」
ルームサービスで頼んだ夕食を食べながらサフラが話題を振ってきた。
ちなみに今晩のメニューはミディアムレアで焼いた厚切りのステーキ、スープ、サラダ、それにバゲットの食べ放題が付いている。
バゲットは宿の厨房で焼いたものらしい。
真ん中から二つに割ってみると微かに湯気が立った。
温かい料理が嬉しいのはもちろんだが肉料理は食べるだけで幸せな気持ちになる。
大きく切り分けた肉を頬張りながら彼女の質問の答えを考えた。
「そうだな、何でもエルフが使っていた物を奪ったものだって聞いたな」
「じゃあ、凄い武器なの?」
「そっか、サフラは見てなかったんだよな。コイツ、生き物みたいに動くんだよ。どんな仕組みかわからないけど、同時じゃなかったら銃弾を一発ずつ弾く能力を持ってる。多分、剣撃でも防いでくれると思うぞ」
丸くして腰のベルトに掛けておいた鞭を手に取った。
鞭はミスリル銀で出来ているため表面には光沢があり輝いている。
よく見ると一センチ角ほどの部品を一つ一つ繋ぎ合わせて作られていた。
部品を繋ぐ芯の部分には銀色のワイヤーがグリップから先端まで続いている。
長さは二メートル近くあり革が巻かれたグリップは三十センチほどあった。
どういった仕組みで生き物のように操るかはわからないが使い方次第では強力な武器になることは間違いない。
ミスリル銀はテイタンと同様に強靭で比較的軽い金属になる。
つまり鋼鉄を使った武器よりもアドバンテージがあると言うわけだ。
鞭は使い方次第では不規則な攻撃が可能になるため使い手によっては手に負えない強さを発揮するだろう。
「そうなの?」
「あぁ、実際に戦って苦戦したからな」
目を閉じればエキドナとの死闘が呼び起こされた。
そもそもこの鞭があったおかげで苦戦をしたのだ。
正直、エキドナの部下たちはそれぞれの能力がゴブリン並みの実力だった。
それなのにこの鞭を手にしていたエキドナは別格に強く真正面から銃が通用しない相手はこれが始めてのことだ。
これまでまともに銃が通じない相手と戦ったことがなかったため少なからず動揺もあった。
サフラに当時の状況を説明すると驚いた様子だった。
彼女自身僕のことを神様か何かと勘違いしている節があるため苦戦を強いられる状況は想像できないらしい。
思えばこれまでで一番悩まされた相手でもある。
これまでの戦いは引金を引くだけの簡単な仕事だったの対し、この鞭に関してはその常識が通じなかった。
しかし、戦ってわかったのは一度に複数の攻撃を防げないと言う弱点で、それが苦境を打開する糸口にもなった。
この弱点は偶然発見したものだがそれでも一対一の戦闘ではかなり脅威になる性能だ。
「まあ、これを使うにしてもいきなり実戦は厳しいだろうな。まずは使い方を覚えるのが先だ」
「それと馬車も手には入ったよね。どうするの?」
「前から欲しいと思っていたから売らずに引き取るつもりだ。ただ、馬を管理する場所が必要だし。家を買うにしても馬を管理できる納屋付いている方がいいよな」
荷馬はハンターギルドの管理下の元、一般の事業主が経営する厩舎に預けられている。
現時点では僕へ正式に譲渡が完了したわけではないので引き渡しが終わるまでのわずかな間はハンターギルド側が費用を負担してくれる仕組みだ。
それでも一度引き取れば所有権が僕に移るため餌代や体調管理など生き物相手の飼育が待っている。
貴族や豪商にでもなれば世話を金で解決できるため信頼できる預け先を見つけて管理するようだ。
反対に金銭的に余裕がなければ自分で世話をするしかない。
「問題は管理に必要な経費だよな。自分でやるにしても時間を取られるし出来ればどこかに預けたい」
「一度、今預けている所で聞いてみる必要があるね。そうすれば預けた時の費用もわかるんじゃないかな」
「そうだな。ダメなら別の方法を探すって言う手もあるさ」
翌朝。
宿の追加料金を支払い馬の様子を見に出かけた。
厩舎のある施設は想像していたよりも広く馬場も含めるとサッカーグラウンドで二つ分ほどの面積がある。
預かる馬も貴族や豪商の所有物がほとんどでどれも毛艶がよく馬体も大きい。
それでも競馬に出場するサラブレッドのように全身が筋肉質と言うわけではなく、あくまでも荷台を引くのに必要な筋肉しかついていなかった。
「すみません、受付はどちらですか?」
「受付ですね。ご案内しましょう」
近くを歩いていた職員の男性に声を掛け受付に向かった。
貴族や豪商を相手にしているだけあり職員の対応もなかなかのものだ。
「ここです。では、私はこれにて」
去っていく職員と代わるように受付に座る中年の女性が声を掛けてきた。
歳は僕の母親と同じくらいだろうか。
年齢を隠すメイクが上手で実年齢よりいくらか若い印象を受けた。
首に巻いた水色のスカーフはフライトアテンダントのようだ。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
「馬を預けたいのですが、費用について教えていただけませんか?」
「失礼ですが、お客様の所有される馬は「騎馬」と「荷馬」どちらでしょうか」
「荷馬です」
話によれば騎馬と荷馬では料金体系が違うようだ。
ちなみに騎馬の管理は荷馬に比べて倍近くの費用がかかる。
特別な施設が必要なるだけでなく専門に管理する厩務員を付ける必要があるからだ。
騎馬は直接人を乗せるため体調管理がシビアで長距離の移動を可能にするために体力維持にも神経を使う。
競馬の競走馬とまではいかないが早く長く走るためのトレーニングも行われる。
「さようですか。でしたらお預かりする期間により費用は異なりますが、十日間で銀貨二枚程度です」
「預ける期間は最長どれくらいまで可能ですか?」
「基本的に期間はございません。ただ、あえて期間を設けるとすれば預かっている馬の寿命までです」
「なるほど」
「ご用命でしたら是非当方にお任せください」
簡単に説明を聞いただけだが概ね納得した。
僕としては選ぶならこの厩舎だろうと決めている。
ハンターギルドも御用達だし何より働いている人たちが生き生きとしていた。
探せば他にもいい場所が見つかるかもしれないが現時点で不満が見つからないので敢えて苦労をする必要はない。
「説明は今のでよかったの?」
宿に戻りながらサフラが心配そうにしていた。
後ろで黙って話を聞いていただけだったので状況がうまく飲み込めなかったようだ。
「一応な。他のところも探せばあるんだろうけど、第一印象も良かったしあそこに決めようと思う」
「お金は大丈夫?」
「確か、十日で銀貨二枚だったよな。一年預けると金貨七枚くらい必要みたいだけど、ずっと預け続けるわけじゃないし、思ったより出費にはならないと思うぞ」
実際、丸々一年預けているわけではない。
馬を引き取っている間はカウントされないためその分は費用の負担も軽くなる。
帝都を拠点にするとは言っても世界を見て回りたい僕としてはずっと町に引きこもっているつもりはない。
何より念願の馬車を手放したくはないため多少の費用は覚悟の上だ。
宿に戻り今後のことを話し合うことにした。
まずは当面の目標である家を買うことを確認する。
それにはハンターギルドの依頼をこなして貢献度を稼ぐしかない。
それでもグリフォンの討伐でわかったように膨大な時間が掛かると言う問題が浮上してきた。
これについては説明を受けた時点でわかっていたことだが実際に始めてみると思っていたより大変だ。
そうなれば導き出す答えは一つしかない。
「サフラ、俺…武術大会に出場してみようと思うんだ」
「え?どうしたの、急に」
サフラが驚くのはもっともだ。
これは彼女に相談をせず決めたことなので当然と言えば当然だった。
彼女の不安を取り除くためにもちゃんと説明しなければならない。
「今回のグリフォン討伐をやってみて思ったんだ。やっぱり時間が掛かりすぎるんだよ。だったら一か八かでもいいから大会に出場して、身分証が受けられるところまで勝ち進めればと思ってる」
幸い大会へは武器の持ち込み制限は無い。
そうなれば予選で負けると言う可能性は低いだろう。
相手が人間なので殺さないよう工夫するには神経を使うがそれは相手も同じなので考えても仕方がない。
極力急所を外して降伏させればいいだろう。
それでもこの世界に存在しない銃が世間の目に触れることはあまり好ましくない。
オルトロスの一件でも経験済みだが銃を狙って怖いお兄さんやお姉さんが近寄ってこないとも限らないのだから。
リスクを挙げれば切はないが一年に一度しかないチャンスを逃せば来年まで参加することができない。
「レイジの覚悟が本物なら私が止める理由は無いよ。でも、本当に大丈夫なの?」
「俺もバカじゃないよ。それなりに作戦を立てて挑むつもりさ。そのためにはまずコイツの使い方をマスターしないとな」
腰に掛けてあった鞭に手をやった。
エキドナが使えていたのだから僕も同じように使えるはずだ。
必死に練習をすれば大会が始まる前までには使いこなせるようにならないだろうか。
万が一使いこなせないとわかれば別の方法を考えなければならない。
早速鞭と向き合った。
エルフが作った道具は使用者の意思に呼応する仕組みだ。
ちょうど烈火石を使うのと同じ感覚なのでこの鞭もそのように使う可能性が高い。
「サフラ、危ないから少し離れてろよ」
狭い室内なので危険があってはいけない。
サフラは僕の後ろに移動してことの成り行きを見守った。
「動けッ!」
命令するように鞭に呼びかけると先端がわずかに動いた。
しかし、これでは文字通り動いただけなので武器としての用途は果たせない。
「今少し動いたね!」
「あぁ、だけどこれじゃダメだ。エキドナはコイツを手足のように使っていたからな」
「そうなの?呼びかけて動くのはわかったけど、具体的にどんな風に動くのか指示してあげたらいいんじゃないかな?」
「なるほど、指示か」
鞭に指示をすると言う発想はなかったため試してみる価値はある。
動きを指示するには想像力が必要になるのでイメージするところから始めた。
まずは手足のように動かすところからだ。
「机の上のグラスを取れ!」
イメージを言葉にしながら鞭に命令した。
すると鞭はゆっくりと伸びてグラスに巻き付きそのまま僕のほうへ運んできた。
しかし、力が入りすぎていたのかグラスを途中で砕いてしまった。
「割れちゃったね…」
「あぁ…こりゃ弁償だな…」
グラスは宿の備品なのであとで弁償するしかない。
しかし、驚くところはそこではなかった。
鞭が意思を持って動き出し机の上のグラスを持ち上げた事実には間違い。
だとすればサフラの言った仮定が正しいと言うことになる。
あとは細かな制御ができるように練習が必要だ。
「レイジ、それ私にも貸して」
「ん?あぁ、気をつけるんだぞ」
「えっと、呼びかけるように使うんだよね。じゃあ試してみるね」
サフラは鞭のグリップを片手で持って前に差し出した。
次の瞬間、鞭が新体操のリボンのようにしなやかに動きグルグルと螺旋状を描いて回転を始める。
まるで鞭に意思があるような動きだ。
「なッ!?」
「すご~い、この子、思ったように動くよ!」
「お、俺が扱うよりお前の方が向いているみたいだな…」
一説によれば女性は想像力が豊かだと聞いたことがある。
今回のことだけを見ればその可能性は大きそうだ。
オルトロスでリーダー格だったテューポンではなくエキドナが使っていたのでこの仮説は間違っていないようにも思う。




