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シーン 61

 帝都への帰り道はすこぶる順調だった。

 目的地だった岩山はトロールの生息域の近くにあったため襲撃に備えて準備をしておいたが襲われることはなかった。

 帰りしな岩山の近くあったトロールのコロニーらしき跡を見つけたが気配はなく変わりに数体の死体を見つけた。

 一様に首を掻き切られ絶命している。

 それを見て犯人の目星はおおよそついた。

 おそらくトロールに襲われたビルが返り討ちにしたのだろう。

 彼にしてみればトロール程度では相手にならないらしい。


 「…レ、レイジはさ、不思議なところがあるよね」


 不意にサフラが声を上げた。

 帰り道は単調な移動が続いていたので会話がないと退屈な時間が続くだけだ。

 待っていましたと言わんばかりに彼女の横顔を見た。


 「どうしたんだよ、急に」

 「私、改めてレイジのことを考えてみたの。そしたら、やっぱり普通じゃない、不思議なところがあるって、そう思ったの」

 「普通じゃない…か」

 「ち、違うの。変って意味じゃなくて何て言うか神様みたいで、捉えどころないって言うか…言葉にするのは難しいね」

 「捉えどころ…ね」


 言われた言葉を噛み砕いて反芻した。

 捉えどころがないと言う言葉はポジティブにもネガティブにも解釈できる。

 ただ、この場合はおそらく後者だろう。

 これは持論なのだが多くの人間は理解を超えたモノを敬遠する傾向にあると思っている。


 「言ったよな。俺はこの国の人間じゃないんだ。だから本質的にはサフラたちと違うのかもしれない」

 「ニホン…だよね。レイジがみんなと違うって言うのはわかるよ。考え方や価値観がどれも私たちの常識とは違うから。でもね、レイジが考えたり思ったりすることって私は凄いことだと思うの。だって、誰も考えないことをするのってとっても難しいから」

 「なるほどな。俺はそれが普通だと思って生きてきたけど、この国って環境も文化も何もかも違うんだよ。きっと、それが原因だな」


 サフラに僕が転生者だと告げたらどう思うだろうか。

 きっと理解するのは難しいだろう。

 何より以前の世界を証明するものは何もない。

 あるのは僕と言う存在だけが唯一の証明と言ったところだ。


 「そう言えばニホンの話って聞いたことがなかったよね。詳しく聞かせてほしいな」

 「いいけど、聞いても面白い話じゃないと思うぞ?」

 「そんなことないよ。ね、ダメかな?」

 「わかった。じゃあ…どこから話そうかな」


 説明には順序立てが大切だ。

 出来れば簡潔に伝えたいところだが常識が違い過ぎているため丁寧に説明しなければならない。

 仮に目の前に現れた人物が「未来からやって来た!」や「宇宙人だ」と言ったとして、よほど感性が柔軟でもなければ納得できないだろう。

 いろいろ思案した結果まずは僕の家族構成から話すことにした。


 「じゃあ、まず俺の家族の話をしよう。ウチは父親と母親、それと俺の三人家族だった。両親は共働きで俺は鍵っ子だったんだよ」

 「鍵っ子?」

 「学校から家に帰っても両親が仕事で居なかったんだ。だから、家の鍵を持たされている子どもを鍵っ子って言うんだよ」

 「学校、行ってたんだね」


 急にサフラの声のトーンが落ちた。

 見ると少し俯きながら歩いている。


 「どうしたんだよ?」

 「うん…ちょっとね、羨ましいなって。ほら、学校に通えるのは貴族と一部の子どもたちだけだから」

 「お前、学校に行きたかったのか?」

 「うん。いっぱいお勉強したかったの。そしたらもっとお父さんやお母さんを助けてあげられたから…」


 サフラの瞳に光るものを浮かんでいる。

 亡くなった両親のことを思い出してしまったらしい。

 ただ、この話題を持ち出した時点でこうなることはわかっていた。

 それでもこの話をしなければ僕と言う本質を伝えるのは難しいと思っている。

 もちろん、サフラが悲しい思いをするのは見ていて辛いが本当の自分を伝えるには必要なことだ。

 僕は何も言わないで彼女の手を取ると言葉は交わさず握った手を握り返してくれた。


 「悲しい思いをさせてごめんな…」

 「大丈夫…本当なら私もあの時死んでるはずだったから…。レイジのおかげで今の私は居るんだよ」

 「そう…だよな」

 「うん…大丈夫。もう平気だから」


 サフラは涙を拭って前を向いた。

 気持ちの整理がついたのか心なしか足取りも軽く見える。


 「まあ、続きだ。両親はいつも家に居なくてさ、俺は極力迷惑にならないようにって思って生きてきた。学校の成績も悪くなかったし、そう言う意味では親孝行だった気がする。だけど、自分らしく生きてきたかと言われれば微妙だ。親の顔色を伺って生きてきたのは事実だからさ」

 「それ…いけないこと?」

 「どうだろうな。親にしたら楽だったと思うぞ?一人で飯作って家事もある程度こなして。とにかく邪魔者になりたくない一心だった。だけど、それが俺の本当の姿だと言われればどうだろうって話さ」

 「じゃあレイジの本当って何?」


 サフラに言われてハッとした。

 昔の自分が偽りなら本当の自分とは何だろうか。

 そう問われて混乱している僕がいる。

 しかし、今の僕には「それ」が見えていない。

 正確には見えているがモヤが掛かってハッキリしないと言うのが適当だろうか。


 「本当の自分…か。正直、俺にもよくわからないんだ」

 「わからない?どうして?」

 「何でだろうな。きっと今まで自分を抑えて生きてきたから本当の姿を見失ったんだろうな。だから今もそれを探してるんだと思う」

 「それが旅をしてる理由?」

 「いや、旅をしてるのはもっと別な理由だ。これについては説明が難しいけどさ」


 旅の理由は僕がこの世界に転生した根幹に関わることだ。

 それこそ神の存在や前に暮らしていた世界を詳しく説明する必要がある。

 ただ、それらに触れない形で説明するのであれば「自分探し」と言い切ってしまえばいい。

 しかし、そうやって割り切ってしまえるほど簡単な理由ではないのは事実だ。


 「でも、レイジが旅に出たおかげで私は助かったんだよ。こうして生きていられるのはレイジが居てくれたおかげだから」

 「そうだな。あの時は無我夢中だったし、あの晩までまさかこんなことになるとは思ってもいなかったよ」

 「私も。不思議だよね。でも、そんなところも含めてレイジはレイジなんじゃないか?もちろん、私が知ってる範囲で、だけれど」

 「そうか、そうだよな。きっと、今の自分が本当の自分に近いんだと思う。何て言うか昔より自然体だし、世の中のしがらみから開放されてる気分だ」


 前の自分と今の自分、両者の違いは気持ちの在り方にある。

 当時の僕は親の為、周りの為、将来の自分の為、いろいろな期待を背負って生きていた。

 だけど今の僕はそういったモノから開放されている。

 守るモノと言えば自分とサフラの命だけだ。

 これだけを守り抜けば後は何をしていてもいいため、以前に比べて心が安らかでいられると気が付いたのはごく最近のことだった。


 この他にも気が付いたことがある。

 それは戦いの中でたまに顔を出す「もう一人の僕」と言う存在だ。

 言葉にするのは難しいが人の中にある根源的な悪を象った僕であって僕でないモノ。

 現時点では感覚的に「そこに在る」と言うことくらいで他のことは何もわかっていない。

 それでもいつかは正面から向き合わなければいけないような気がしている。


 「レイジはよく笑うし楽しそうだもん。戦っている時の顔はちょっと怖いけどね。でも、それを含めて全部レイジだから」

 「そうかもな。俺もそう思う。おッ、よくやく帝都が見えてきたぞ」


 前方には一日ぶりの帝都が見えた。

 今日も大勢の人たちが帝都を目指してやってくる。

 人、物、金、情報など様々なモノが行き交って経済が成り立ち、帝都も絶えず変化し続けていく。

 きっと、昨日の今日とでは町の雰囲気も少しずつ違うのだろう。

 さすがは人間界最大の都市と言うだけのことはある。


 帝都に着いてまず初めに行うのはギルドに討伐の達成を報告することだ。

 戦利品として持ち帰ったグリフォンの尾羽は二匹分ある。

 時刻は夜へと移り変わる時間帯に差し掛かっているもののハンターギルドは深夜まで開いているのでこの時間から顔を出しても問題はない。

 確認したわけではないが昨日の朝も夜明け前からギルドが開いていたのを見ると、おそらく二十四時間体勢なのだろう。

 特に帝都のギルドは本部の機能も兼ねている。

 その甲斐もあって帝都は国中で一番安全だと言う見方が一般的だ。


 受付にはすでに顔見知りになった男性が座っていた。

 いつも同じ人が担当しているため代わりの人員はいないのかもしれない。

 だとすればこの男性はいつ休んでいるのだろうか。

 疑問は尽きないが質問するだけ野暮なのであえて触れないでおく。


 「おや、アンタら無事だったのかい」

 「おかげさまで。グリフォン討伐の報告に来ました。これがヤツから切り取った尾羽です」


 カウンターに尾羽を差し出した。


 「おぉ、確かに。ん?二つあるが…もしや?」

 「えぇ、ツガイだったので、両方討伐したんですよ」

 「二体同時にか…?」

 「いえ、一体ずつ倒したんです。別々に巣へ戻ってきたところを仕留めました」

 「なるほど。コイツらが二体同時となればアンタらでも命はなかっただろうな」

 「まあ、そうでしょうね。とりあえずこれで討伐達成ですか?」

 「あぁ、尾羽の模様も違うし、アンタの言った通り二体分だ。確かに確認させてもらった」

 「そうですか。では俺たちはこれで」

 「ちょっと待ちな」


 立ち去ろうとしたところで再び声が掛かった。

 男性の手元には何やら見覚えのあるモノがおかれている。

 よく見るとエキドナが使っていた鞭だった。

 身柄を拘束した三人と共にギルドへ引き渡したものだったが何故ここにあるのだろうか。


 「ウチの(オサ)から特例だそうだ。これをアンタらに渡してくれと託っている」

 「渡す?」

 「そうだ。アンタらの働きを評価して特例措置と言うヤツだ。ギルドを管轄するラグズ公爵からも許可が下りている。なかなか無い措置だから、心して受け取るように」


 基本的に討伐対象が持っていた装備品は可能な限りギルドへ提出する義務がある。

 しかし、相手が人間の場合は特別で生け捕りにした場合は本人が証明となるため持ち物の提出義務はない。

 その場合、持ち物を自分の物にしてもいいため通常は報告者の所有物となる。

 今回、僕はその事をよく理解していなかったため馬車の中に置いたままだった鞭もそのまま証拠品として提出していた。

 それが今回の特例処置と言う名目で報告者である僕に返還されたと言うわけだ。


 「つまり自分のモノにしていいと?」

 「あぁ、後は使うなり売るなりするんだな。それと、裏手に馬車がある。あれも引き取れとのことだ」

 「え…?馬車もですか?それはありがたい」

 「アンタ、何かと入用だろう?遠征するなら馬車を持っていたほうが便利だ」

 「確かに。馬車は以前から欲しいと思っていたんで助かります」


 建物の裏手に回ると馬が取り外された状態の荷台が置かれていた。

 馬は近くの厩舎に預けられているようだ。

 必要があれば厩舎へ迎えに行けばいい。

 ただし、一度受け取ると次回から預かりが有料になるため自分で管理できる場所を見つけるようにとも説明を受けた。

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