シーン 60
作戦通りと言えば聞こえはいいが思っていたより呆気なく終わってしまった。
苦しまないよう頭を撃ち抜いたのが効いたのか即死だったらしい。
動かなくなったグリフォンを眺めながら奪ってしまった命に短い黙祷を捧げた。
「終わったの?」
「みたいだな。あとは倒した証拠になるものを持ち帰るだけか」
ハンター以外の者が討伐に参加する場合は倒した相手を証明する「何か」を持ち帰らなければならない。
そうすることでギルド側が現場を確認すると言う手間を省略することができる。
ただし、中には討伐終了を偽って申告する者もいるためギルドから信頼を得ていない者は審査に時間がかかってしまう。
僕らの場合はすでにバレルゴブリンや傭兵団の一件で顔を売っているためその心配には及ばない。
グリフォンは尾羽に特徴があり金と銀の糸を寄り合わせた美術品のようになっている。
この特徴を持つ鳥類や怪物は他に確認されていないので証拠品としての提出が認められているようだ。
また、尾羽は生まれてから一生抜け落ちることはないのでどこかで偶然拾う可能性は皆無に等しい。
そのため必ずグリフォンを倒さなければ手に入らない物なので証拠品として成り立つ仕組みだ。
貴族の中には尾羽を使った羽根ペンを愛用する者もおり工芸品の素材としての価値も高い。
専門に扱う商人に売ればそれなりの価値があるようだ。
グリフォンから尾羽を切り取りこれにて依頼達成となった。
「そうだ、グリフォンは巣に宝物を隠す習性があるんだって」
「宝物?」
「私も実際に見たわけじゃないからわからないけどね。一度巣を覗いてみる?」
「そうだな。こんな機会はあまりないだろうし、一度見ておこうか」
僕らは岩山を登って巣を目指した。
地上から頂上まではビルの三階分に相当する高さがある。
あくまでも自然に出来た岩山なので昇り降りに便利な階段やロープなどはない。
上まで登るにはロッククライミングの要領でよじ登るしかなかった。
「…ふう。登ってみると結構高いな」
「辺りが一望できるね。きっと餌を見つけるのも簡単だったんだろうね」
「他にも外敵から狙われ難くする工夫だったんだろうな。それより、巣ってこんなにデカイのか?」
巣の大きさは四畳ほどもある巨大なもので木の枝や動物の骨を組み合わせて作られている。
よく見ると人骨のようなモノもありグリフォンの犠牲者なのだろうと容易に察しがついた。
他にも犠牲者が見につけていたと思われる鎧や武器などもある。
しかし、宝石のような一目で価値がある代物は見つからなかった。
「…たくさん人を殺してきたんだね」
「グリフォンにしてみれば人間はただの餌みたいなものなんだろ。だから討伐の依頼があった、わかりやすいじゃないか」
「うん…この人たちの供養、ちゃんとしてあげようね」
二人で黙祷をして死者の魂を弔った。
「ん?何だこれ?」
「なんだろう?」
犠牲者たちの装備品に紛れて光る物を見つけた。
手にとって見ると赤い宝石のついたペンダントでチェーンの部分は金で出来ている。
「ペンダントだね」
「誰か犠牲になった人の者だろう。この場合ギルドへ提出するのか?」
「うーん、提出しちゃうと基本的にはギルドの所有物になっちゃうと思うよ。よほどのことがない限り自分のものにしてもイイと思う」
「まあ、この場所に置いておくより持ち帰った方がいいか。提出するかは帰りながら考えよう」
用事を済ませ岩山から降りようとした時だった。
遠くの空に巨大な飛行物体を見つけた。
それがグリフォンと言うことに気が付いた瞬間、武器を手に取り戦闘態勢に入っていた。
「くッ、もう一体いたのか」
「繁殖期はツガイでいるから…きっとさっきのグリフォンのパートナーだよ」
「ここに居たら殺られる。急いで下に降りるんだ」
猛スピードで向かってくるグリフォンに銃で牽制しながら退路を確保する。
しかし、飛んでいる相手に拳銃で狙いを定めるのはなかなか難しい。
それでも身体が大きいため弾を外すことはほとんどない代わりにどれも致命傷にはほど遠い程度の傷しか与えられなかった。
むしろ攻撃を受けて逆上したグリフォンは口を大きく開けながら激しく威嚇している。
その気になれば全力で突進して僕らを岩山から突き落とすことも可能だろう。
「サフラ、俺が援護する。お前は急いで下に降りろ」
「う、うん!」
岩山から地上までは約十数メートルある。
飛び降りるにしても半分くらいは自力で降りなければ無事では済まない。
その間にもグリフォンは上空を旋回して攻撃のチャンスを伺っている。
先ほどの戦いでグリフォンの攻撃パターンは経験済みだが今回は逃げ場がない高所だ。
下手をすればこのまま二人とも…と言う最悪のケースも想定される。
状況が状況だけに落ち着いていられる時間はなかった。
サフラは岩場を半分程度降りたところで意を決して下へと飛び降りた。
心配になって着地点を見たがうまくいったらしく怪我もなさそうだ。
次は僕が降りる番だ。
しかし、グリフォンを牽制しながらでは簡単にはいかない。
出来ることならグリフォンの機動力を奪い安全を確保するべきだろう。
問題はどうやって動きを封じるかだ。
旋回を繰り返すグリフォンの翼を狙うには集中力が必要になる。
「レイジ、煙り袋!」
不意に下から声が聞こえた。
煙幕を張ってグリフォンの注意を引けばこの場から逃げられる可能性もある。
物は試しにとポシェットから煙り袋を取り出し着火して上空に放り投げた。
火の付いた煙り袋は猛烈な煙を上げ視界は見る間にホワイトアウトしていく。
僕はその隙に岩山を降りた。
そんな時だった。
急に猛烈な風が吹き荒れ視界を遮っていた煙が晴れてしまった。
グリフォンが羽ばたいて起こした突風が煙を吹き飛ばしてしまったらしい。
強風によって僕もバランスを崩しそうになる。
「クソッ、ここまでとは想定外だ」
「レイジ、危ないッ!」
サフラの注意に気が付いた頃にはグリフォンの鍵爪が目の前に迫っていた。
僕は咄嗟に岩肌から手を離しそのまま下へ飛び降りた。
ほとんど自力で降りていなかったため地上までの高さは十メートル近くある。
並みの人間なら生きていたとしても大怪我を負う高さだ。
「うおおおぉぉぉぉぉッ」
雄叫びと共に目の前に迫ってきた地面に向けて受身の姿勢を取った。
身体を小さく畳んだおかげで着地と同時に地面を転がり大部分の衝撃を逃す事に成功する。
打ち身や擦り傷はあるものの大事には至っていない。
まさに不幸中の幸いだ。
僕はすぐに起き上がり上空のグリフォンを睨み付けた。
「レイジ、大丈夫?」
「あぁ、問題ない」
慌てて駆け寄ってきたサフラに無事だと告げてすぐに武器を構える。
グリフォンはすぐに僕らの位置を発見すると次の攻撃を仕掛けてきた。
今度は嘴を使った突進攻撃だ。
これは先ほど倒したグリフォンと同じ攻撃なので見切るのは難しくない。
ただ、嘴の先端が鋭くなっているので正面から受ければ身体はズタズタになるだろう。
それでも真っ直ぐに突進してくるため行動は予測しやすい。
直線的な攻撃はよく見れば避けるのはさほど難しくはなかった。
グリフォンは攻撃が外れると再び空に舞い上がった。
しかし、背中を見せたのが運の尽きだ。
飛び去って行く背中に向け弾を浴びせかけた。
弾の大部分は致命傷には至らなかったがその中の一発が運よく翼の付け根にある急所に命中してグリフォンは体勢を崩して地面に落下した。
こうなってしまえば命を奪うのはさほど難しくない。
「マテ」
不意に背後で声がした。
振り向くとウェアウルフのビルが昨日の子犬たちを従えて立っていた。
「ビル!」
「ソイツノ「トドメ」ハワタシガサス」
「え?」
「オマエハダマッテソコデミテイロ」
「ま、待て!」
咄嗟に声を掛けたがビルは制止を振り切ってグリフォンに向かっていた。
その動きは昨晩対峙した時と違わぬ素早い動きで僕とサフラの横を駆け駆け抜けていく。
次の瞬間、ビルはグリフォンの首筋に自慢の爪を突き立てまるで包丁を引く要領で肉を切り裂いた。
鮮血が飛び散り現場は凄惨な状況だ。
素早く正確な一撃は一瞬にしてグリフォンの首と胴体を二つに分けてしまった。
「な…一撃だと?」
「動きが見えなかった…。あのウェアウルフ…味方なの?」
「見方かどうかはわからないけどな。アイツの名前はビルって言うんだ」
「ビル…。ねえ、知ってる?ウェアウルフって討伐難易度がトロールより上なの。ハンターでも一対一だったら上位の限られた人しか太刀打ちできないんだって…」
その言葉を裏付けるようにビルは涼しい顔をしてこちらへ戻ってきた。
「カタキガウテテヨカッタ」
「敵討ち?」
「アァ、ヤツニオソワレテナクナッタ、ワタシノコドモタチ。ソノトムライダ」
「そうか…お前の子どもが殺されたのか」
「ソウイウコトダ。レイジ、レイヲイウ」
ビルは頭を下げた。
亜人種に分類されるウェアウルフだが心は人に近い存在のようだ。
人を好んで襲うゴブリンやオークと同列に見るのは間違っているように思う。
通じ合える心を持っているのならその誠意に答えるのも当然のことだ。
「レイジ…この人、何て?」
「グリフォンに子どもを殺されたそうだ。敵討ちが出来たことを感謝されたよ」
「そっか…。だから、この人から恐怖は感じないんだね」
「ソノムスメ、ワタシノコトバガワカラナイノカ?」
「あぁ、言葉がわかるのは俺だけだ。たぶん、他の人間にも伝わってない可能性がある」
「ナルホド…」
「とりあえず、俺たちも助かった。相手が魔物でも止めを刺すのは気が重くてな」
「キガオモイ、カ。ヤハリカワッタニンゲンダ」
「お前、このあとどうするんだ?」
「「サト」ヘカエル。ココデノヨウハスンダカラナ」
「そうか。それなら気をつけて帰れよ。人間たちに見つからないようにな」
それを聞いてビルは声を上げて笑った。
思えば僕もその人間だ。
この場合、ビルの言う通り僕は人間であって人間でないのかもしれない。
元々この世界の人間ではない時点で本質的にはこの世界の人間とは違うモノという見方も出来る。
この自問自答は昨晩からずっと続いているが未だに答えは出ていなかった
「サラバダ」
「おう、気をつけてな」
ビルは一度だけ振り向くと右手を軽く上げて原野に消えて行った。
「行っちゃった…」
「あぁ、故郷へ帰るそうだ」
「そうなんだ…。じゃあ、南へ帰るんだね」
「南?」
「うん。ウェアウルフの生息地は南の森林地帯だから」
「じゃあ、アイツはわざわざここまでやって来たのか…」
「そうなるね。でも、戦わずに済んでよかったよ。まともに戦ったら無事じゃ済まなかったはずだし」
ビルの消えて行った方向を見ながらサフラは胸をなで下ろした。
彼の言葉を理解できないサフラにすれば僕が一方的に喋っていたように見えただろう。
ウェアウルフの恐ろしさを知っているサフラだからこそ緊張をしていたに違いない。
確かにあれだけの動きをするビルと戦えば無事では済まなかっただろう。
無用な戦いを避けられたのはありがたかった。




